狂言
「もしもし、神崎先輩? 今どこにいるんです? 山口先生心配してましたよ」
夕衣が電話越しの輪花に言った。
『千里山公園のところ。話したいことがある』
「わかりました。でも家に帰らなくていいのですか?」
『あんな家いたくはない』
「しかし……」
輪花の言葉に夕衣が困惑する。
しかし、直接話せるなら直に聞いた方が早いと判断したのか、
「わかりました」
と答えた。
『美里先輩と井上先輩もつれてきて』
「もういるよ」
スマホから聞こえてくる輪花の声に応じて俺が言った。
「わたしもいるよ」
雪姫も答える。
『わかった。待ってるよ』
輪花は俺たちにそう言って電話を切った。
千里山公園のベンチに既に輪花は待っていた。
千里山公園は大きな公園などではなく、団地の小さな公園だ。そのためすぐに輪花の姿を見つけることは出来た。
「家出したって言うから心配したぞ」
開口一番俺は言う。
「それあたしのお母さんが勝手に騒いだけだよ」
「どういうことだ?」
「実際は家出でも何でもないの。まさに話したいことってのにそれが関わってくる。わたしが家出? したことはしっかり父さんには伝えてあるしね」
「どういうこと?」
雪姫もわけがわからず、俺と全く同じ返しをする。
本当に意味が分からない。何故父親が彼女の家出のこと知っているのか?
「この間のうざいババアいたでしょ。あれのことで母さんが切れてね。同じ仲間なんだから、仲良くしなさいだの、なんでそういう態度とるのだのと半ば逆ギレぎみに言われた」
でもあれはかなり他人に接する時の態度ではなかったと思うが。しかし、あのおばさんも意味がわからないこと話していたな。
「あのババアとうちの母親はキリスト教のカルト信者なの」
「なるほどな」
それであんな態度か。納得行った。
「うちの母さんもあのババアも色んな馬鹿げた方法で宗教勧誘してる。勧誘を断れば無理矢理連れてくような感じ」
「もう完全に犯罪だな」
「うん、もうただの犯罪者だよね。それで父さんに相談したら一計案じてくれた。家出をすればいいとね」
おい父親。それでいいのか。
「勿論、狂言だよ。父親公認の家出なんか家出とは言わないしね。まあそれで何日間か家出ということにしといて、落ち着いたら家に帰るというつもり。それに娘が家出して心配しない母はいないでしょ、普通は。」
「つまり母親の反応をみたいから、と」
「うーん、というよりかは娘を心配することで狂信的性格が治ればなと。あとはとっとやめて欲しいし」
「なるほど。それで効果は?」
「あんまり意味がないぽい。父さんに母さんの様子を教えてもらったけど、余計狂信的になってるって」
「マジかい」
しかし、ああゆう宗教勧誘ってほんとうざいんだよな。よく秋葉原のアニメ〇トとか行くと奴らいるんだよな。おちおち買い物もできないくら声かけてくるし、ムカつく。しかもきまって「よかったらこの後ご飯とかどうですか?」って聞いてくるし。お前ら人を誘うときにそれしか言えないのかよ!って感じだ。それなのに余計狂信的になってるなんて聞くと怒りがこみあげてくる。俺も前にしつこい勧誘にあったことがあるから余計に輪花の気持ちがわかる。しかもそれが自分の身内ときた。
「正直父さんも母さんのことが嫌になってるみたい」
もう家庭崩壊寸前じゃん。
そこまでで俺はひとつ気になった点があった。
「家を出てから何日くらいたってるんだ?」
「まだ一日」
「なるほど。寝食はどうしてるんだよ」
親戚の家に厄介になってる。
「なるほど、なら安心だな」
「どういうこと?」
「ネカフェとかに何日も泊まっててそれを親も許してたら、心配だろ。実は輪花は両親に愛されてないんじゃないかってな」
「なるほど。まあ、母親にはどっちみち愛されてないけどね」
皮肉気に輪花が言った。