相容れぬ存在・顛末
あの後、セイレイは持っていたロープで男たちを縛り上げていると、そこにいつもは身なりに気を付けていたはずのクレアが髪の毛を振り乱しながらセイレイに駆け寄った。
「セイちゃんっ!」
「クレアおねえちゃん?」
「よかった、よかった……。」
セイレイは自分がしてしまった事は良かれと思った事なのにこんなにも他を傷つけてしまうとは思ってもみなかったので、驚いてしまった。
「本当に、よかった、帰りましょう?」
「うんっ!……あ……これどうしよう?」
クレアの笑みにつられ、セイレイは頷いたのだが、すぐに自分が捕まえた男たちを思い出す。
「これ?」
クレアは不思議そうな顔をしてセイレイの視線を辿って凍り付く
「セイちゃん。これは?」
「みんなをつかまえようとしてたから、つかまえた。」
「ひとりで?」
「ううん、ミュートもてつだってくれたよ。」
「ミュートちゃんっ!」
クレアはセイレイから聞いた名前に悲鳴に似た声を上げた。
「何で、ミュートちゃんがここにいるの、えっ、じゃ、あれは……まさか…。」
「……。」
ミュートはクレアの視線に合わせないように顔を背けている。
「ああ、もう、何なのよ、この状況っ!」
セイレイは拙い事をしてしまったのかと顔を青くさせ、ミュートは自分が水の魔法で作り上げた幻で皆の目を誤魔化して抜け出したことを怒られるのではないかと冷や汗を流している。
「おい、クレア、いたか?ってなんだこれ?」
「バンっ!」
クレアの幼馴染のバンが現れ、クレアは彼の胸ぐらを掴んだ。
「どうしましょうっ!」
「おい、息が詰まる、つーか、何が起こっている、んあ?そこにいるのはセイ坊とミュート坊じゃねぇか、どうなっているんだ?」
「……。」
混乱する年長組にセイレイとミュートは互いに顔を見合わせる。
「クレア、落ち着け。」
「落ち着けると思うっ!」
「思わないが、落ち着かないと話が進まねぇ!」
悲鳴に似た声を上げるバンにセイレイは困ったような顔をして、二人の服を掴み、簡単に先ほどの出来事を話す。
「つまり、セイ坊がこの領域を抜けた時にあいつらを見つけて、そんで、エルフに危害を与えるからって、無謀にも突っかかったと。」
「うん。」
バンは溜息を吐いて、セイレイの頭を殴った。
「いたっ!」
「レイっ!」
「バンっ!」
殴られた頭を涙目で押さえるセイレイに吊り目を更に吊り上げるミュート、そして、殴ったバンを締め上げるクレアの姿がそこにあった。
「おい、何すんだよ。」
「セイちゃんは…小さいんだよっ!」
「男ならこのくらい当然だ。」
「……力馬鹿と一緒にしないで、ただでさえ、普通のエルフとかけ離れた貴方に言われたくないわっ!」
「何だとっ!」
「………すいきゅう、われろっ!」
バンの頭の上に巨大な水の球が出来て、ミュートの言葉と共に割れた。
「うおっ!」
「レイにてをあげないでよね。」
「……クレアおねえちゃんもミュートも、おれがわるいことしたんだから、おこられて、とうぜんだよ。」
「……。」
「……。」
クレアとミュートは互いに顔を見合わせ、頷いた。
「セイレイは悪くないわ。」
「そうだよ。」
「そもそも、あのクソガキどもの教育に失敗したのにも関わらず自分を正当化しようとしたあの阿保が悪いのよ。」
「だから、きみはわるくない。」
「……。」
二人の言葉にセイレイは苦笑を浮かべ、バンはこの二人の恐ろしさと、セイレイの幼いながらも考える頭に感謝する。
もし、セイレイが二人の肯定を素直に受け止めていたのなら間違いなく変に正義を振りかざす子どもになっていただろうが、セイレイは自分の非をしっかりと認めており多分、この年代の子どもにしたらかなり自我を持っている否、持ちすぎているくらいだと思った。
セイレイは自分の事を蔑ろにしている所があり、自分の事は何を言われても笑って許しているのに、他が傷つけられると黙っていられない、そんな危うい一面を持っている。
だからだろうか、ミュートは人一倍セイレイに対して過保護になっている所があるので、ある意味つり合いが取れているのかもしれなかった。
「つーか、ミュート坊は何でここにいるんだ?見張りはどうした?」
「……。」
バンの言葉にミュートはそっぽを向いた。
「ごめんなさい。」
「何で、セイ坊が謝る?」
「おれをしんぱいしてくれて、こうして、ぬけだしたんだから、おれのせい。」
「そんなことはっ!」
「はい、はい、お前らの友情は置いといて、セイレイ。」
「はい。」
「確かにミュートはお前を心配して探しに来たんだろうが、抜け出したのはこいつの意思だから、それはお前の責任じゃなく、こいつの責任になるんだ。」
「はい……。」
「お前の為に怒られてるんじゃない、こいつは、こいつの行動で怒られているんだ、はき違えるんじゃないぞ。」
「うん。」
「分かったんなら、それでいいぞ。」
乱暴な手つきでセイレイの頭を掻き乱しているといつの間にか二つの魔法の渦が生み出されていた。
「な、何なんだ、お前らっ!」
「セイちゃんに乱暴しないで。」
「レイにふれるな。」
「だー、お前らはもっと自制心を持てっ!」
「ふ……はははは。」
セイレイは先ほどの死ぬほどの緊張感が消え失せ、完全にいつもの日常に戻った事で緊張の糸が切れたのか笑い出す。
「レイ?」
「セイちゃん?」
「ありがとう、みんな。」
一粒の涙が零れ落ちるが、セイレイのその表情は確かに笑っていた。
「餓鬼があまり考えなくていいぞ。」
「……?」
「お前ら餓鬼を守るのは大人なんだから、お前らはもっとおれらを頼れ。」
「珍しいわ、明日は雪?」
「おい、シリアスにしてるのに、行き成りぶち壊すのは止めろっ!」
「わたしは本当の事を言ったまでよ。」
「なかがいいね。」
「……ふうふげんかはいぬもくわぬ、だね。」
「ね。」
「「違うっ!」」
二人同時に叫び同時に互いの顔を見合わせるほど仲のいい二人にセイレイはコロコロと笑い、ミュートは呆れた顔をしている。
「レイ、かえろ。」
差し出される小さな手に同じく小さな手が戸惑うようにその手を掴む。
「いいの?」
「レイいがい、いらない、もし、レイがでていくなら、そのときは、ぼくも、いっしょ。」
「……ミュート。」
「だから、かえろ。」
「うんっ!」
ミュートの本気を受け入れたセイレイは満面の笑みを浮かべた。
一方、クレアはバンを睨んだ、と思ったらニッコリと笑い彼の肩を叩き、二人の幼子に近寄った。
「それじゃ、帰ろうね。」
「うん。」
「……ふたりで、かえれる。」
「だーめ、特にミュートちゃんは黙って出て来たんでしょ?」
「……。」
「……それって、おれのせいで、ミュートがおこられるの?」
悲しげに眼を伏せるセイレイにミュートはハッとなり頭を振る。
「ちがうっ!それはぼくのせいだ。」
「そうよ、だから、セイちゃんは別の事でごめんなさいだけどね。」
「かってにいなくなったから?」
「それと、危ないことしたでしょ?」
「……。」
「さあ、戻りましょうか。」
差し出された二つの手にセイレイは嬉しそうに手を繋ぐ。
そして、クレアが言ったようにミュートは彼を見張っていたエルフの女性に怒られ、セイレイは心配かけた事と危ない事を素直に謝った。
因みに、この出来事から女性エルフは特にセイレイにきつく当たるエルフを徹底的に調べ上げ絞り上げるのだが、この事はセイレイの知らない事だった。
未だエルフは人間を嫌っているが、それでも、少しだけど、人間だけどセイレイという個人を受け入れるエルフは増えてきていた。
ただ、ミュートはある一件の所為で人間を憎むようになるのだが、それは別の機会に語るとしよう。