相容れぬ存在3
時間は少し遡って皆が集会場所に集まってしばらくしてから、セイレイは以前から少しずつ集めていた荷物を引っ張りだし、木刀を腰に佩いた。
「……。」
書置きをして、セイレイは今にも泣きそうな顔で笑っていた。
胸を締め付けられる痛みを押し隠しながらセイレイは黙ってお辞儀をする。
セイレイは出ていきたくはないと思っている、だけど、それよりも怖い事があった、それは自分の所為でエルフの皆が争う事だ。
優しい皆がいがみ合うのは嫌だった。
それならいっその事自分がいなければいいと思った。
唯一心配事があったが、それも自分が居なくたって彼ならしっかりとやっていけるだろう。それを確信していたのでセイレイは自分が出ていく事を自ら選んだ。
セイレイは外へと続く森へと足を向け、そして、そのまま歩き続ける。
しばらくして、静電気みたいな痛みを感じてセイレイはとうとうエルフの領域を抜けたのを悟った。
意外にもあっけない事にセイレイは笑いたくなる。だけど、今表情を変えてしまえば泣いてしまいそうでセイレイは唇を噛んで堪える。
「……ろうな。」
「ああ……ない。」
「…れで……だな。」
ひそひそ声がセイレイの耳に届き、セイレイは気配を消すと近くの茂みに隠れる。
そして、すぐに男が三人やってくる。
「――っ!」
一人の男が結界に触れたのか顔を顰めた。
「大丈夫か?」
「ああ、だが、間違いないな。」
「ははは、これで、おれたちは金持ちだな。」
セイレイはその言葉を聞いて育ての親の言葉を思い出す。
『いいか、お前たち、他の種族にとってエルフは貴重なモノだと認識されていて、捕まえようとする者もいる、だから、ミュート、お前は特に気を付けるのだ。』
セイレイは深呼吸を一つして木刀と荷物を茂みに隠す。
「おじさんたちだれ?」
「――っ!」
「ってガキじゃねぇか。」
「よく見れば可愛い顔つきをしてるじゃねぇか。」
「高く売れるんじゃないか?」
男たちの言葉にセイレイは確信した。
「おじさんたちはエルフをつかまえようとしてるの?」
「へー…。」
一人の男が目を細めてセイレイを品定めするように見る。
「餓鬼、何もんだ?」
「……あたりなんだね。」
セイレイは地面に置いてあった木刀を蹴り上げ、空中でそれを捕まえる。
「そんな棒切れで何が出来る?」
「おまえらなんかに、みんなをあわせないっ!」
セイレイは地面を蹴り、男たちに木刀を走らせる。
子どもだと侮っている一人の出っ歯な男がセイレイの木刀を素手で上止めようとするが、思ったよりもセイレイの力があったのか、彼は顔を顰めた。
「はしれ、でんげきっ!」
セイレイにはエルフの皆にもミュートにも黙っていたが一つだけ魔法が仕えた、その魔法は四属性には当てはまらない「雷」の属性だった。
雷撃の衝撃で油断していた出っ歯を気絶させる。
セイレイは肩で息をしながら残る二人を見る。
「へぇ、珍しい魔法だな。」
「綺麗な状態なら高く売れるな。」
完全に売りもとして見る二人にセイレイは自分の剣術では勝てないのを把握し、同時に残りの気力で電撃を放っても一人を気絶させればいいところだが、先ほどの攻撃で二人はセイレイの電撃に注意を払うだろう。
セイレイは緊張からか額から汗を流し、それを拭う。
ここでセイレイが引いたところで本当なら二人の男が里に入る事が出来ないだろうが、それでも、ここまで来たという事は何らかの術があって入れると確信したからここにいるのではないかとセイレイは考えていた。
「さて、餓鬼死にたくなかったら大人しくしておけよ。」
「やだね。」
「この餓鬼っ!」
「はっ、強がっているが、そんな息が上がっていてどうするんだ?」
「……。」
一人の首にバンダナを巻いている男は間違いなくセイレイを餓鬼だと侮っているが、スキンヘッドの男はセイレイを油断できない敵と認識しているのか隙を見せない。
セイレイが色々考えているとフッと目の端に光が見えた気がした、セイレイは泣きそうになるが、すぐに顔を引き締め、後ろ手で三本指を立てる。
「ねぇ、きいておきたいんだけど。」
「何だ?」
「おじさんたちは、エルフをどうしたいの?」
「金持ちに売りつけたり、味見をしたりするんだよ。」
下品な顔をするバンダナの男にセイレイは顔を顰める。
「そうか、やっぱり、おじさんたちはなかにはいっちゃだめだね。」
「んあ?」
セイレイは急に身を伏せ、そして、セイレイの背後から大量の水が発射される。
「ぐっ!」
「うわっ!」
スキンヘッドは辛うじて耐えるが、バンダナの男は勢いに負けて尻餅をつく。
「びでんりゅうっ!」
水たまりに掌を置き、セイレイは僅かな電流を流す。
男たちはなす術もなく、セイレイの電撃をくらい、気絶する。
「…はぁ…はぁ…はぁ…。」
「レイっ!」
力の使い過ぎかセイレイの目の前がチカチカとなっていると、すぐに先ほどすごい威力の水鉄砲を放ったミュートが駆け寄ってくる。
「…………なんでいるのかな…?」
「レイのバカっ!」
その蒼の瞳に涙を浮かべ、ミュートは怒鳴る。
「ミュート…。」
「なんで、ぼくをおいていくんだよ、いつも、いっしょにいるって、やくそくしたじゃないかっ!」
「……。」
泣きじゃくるミュートにセイレイは本当は体を動かすのも精一杯だったが、それでも、手を伸ばしミュートを抱きしめる。
「ごめん、おれ、にげんだし、じゅみょう、みじかいから……、ずっと、ミュートのそばに、いれない。」
「それをいうなら、ぼくはエルフだ、きみよりも、ずっとながいきする、だけど、きみのじかんを、ぜんぶちょうだいよ。」
「……ミュート?」
「ぼくたち、かぞくでしょ、そばにいるのは、あたりまえじゃないかっ!」
抱き返してくれる小さな腕にセイレイの目から涙があふれ出る。
「いいのか?」
「いいんだよ。」
「にんげんだぞ。」
「レイはレイだ。」
「さきにいなくなる。」
「それなら、またあいにきてよ。」
セイレイは泣きながら気づいた、ミュートの服が汚れている事に、それはつまり、ここに来るまでに何度もこけてしまったのだろう。
いつもなら、それで、涙を浮かべる彼だが、今回は泣かず自分を探しに来てくれたのだと悟った。
「うん、うん、なんどだって、ミュートをさがす。」
「やくそくだから。」
「やくそく。」
互いに小指を出して、絡ませる。
幼い日の幼い約束、たとえ種族が違っても、相容れぬ存在だとしても、今のこの二人には決して越えられない壁ではなかった。
互いに互いを必要とする、唯一無二の存在だった。