紙綴郷愁
故郷が生まれ育った土地の事とは限らない。
泣き叫ぶほどに焦がれた場所。
魂が焼きつくほどに望む彼方。
たとえ一度も訪れたことがなくても、それこそ故郷。
紙に綴られた郷愁が、「帰りたい」と叫んでる。
* * *
「帰りたい」
「帰りたい」
「帰りたい帰りたい帰りたい」
手に取った本が、泣き叫んでる。
お父さんに頼まれて倉庫に物を仕舞いに来たら、急に一冊の本が落ちてきて、手に取ってみたらこれ。
本はひたすらに、私の頭の中を「帰りたい」という望郷の叫びで塗りつぶす。
その声を無視して、私は本の表紙を開いてみた。
開いてみたけど、私にはほとんど中身がわからない。
洋書で中身が外国語だからという訳じゃなくて、日本語だってことはわかるんだけど字そのものが私には下手なのか達筆なのか判別できない字だから読めない。
ただ、全ページが手書きであることと、唯一ちゃんと読める日付からして、これは出版物ではなく個人の日記かなにかだという事だけはわかった。
それだけを理解して、私はページをめくる。
読めないし読む気もない他人の日記を、ただパラパラとめくって見る。
日記が訴えかける、「帰りたい」という叫び。
それがどこなのかを、私は探す。
脳裏に映し出される、誰かの記憶を私はただ眺めた。
まず初めに見えたのは、鉄格子。
辺りを見渡して、その鉄格子がぐるりと一周回って自分を囲っていることを知って初めて、そこは檻の中だとわかった。
檻の中には清潔な水とおいしそうな食べ物。
檻の中にいたけれど、それは監禁なんかじゃなかった。
それは純粋に「彼」を守るためのもの。
生まれてすぐに怪我をして、体の一部が動かなくった「彼」は家族に見捨てられてた。
そんな「彼」を守り、生かすにはこの中に閉じ込めること以外なかっただけ。
その証拠に、「彼」を保護した人は誰よりも何よりも「彼」を慈しみ、大事にして、愛し続けた。
食べるものには困らせなかった。
一日中、檻の中に入れっぱなしにすることもなく、望めば檻から出して部屋の中なら自由に歩き回らせ、たまには外で日向ぼっこもさせてあげていた。
いくつもの病院を回り、動かなくなった「彼」の一部を何とか回復させようともした。
結局、生まれてすぐに骨を折ったその怪我の後遺症で、本来よりもはるかに短い寿命で「彼」は逝ってしまったけど、「彼」は確かに幸せだった。
自分を檻の中に閉じ込めた人を、恨みなんてしてなかった。その人に対して持っていた感情は、感謝だけだった。
でも、庇護者の愛情や優しさを理解していても、それに感謝をしていても、決して失えないし忘れられない、手放せない思いがあった。
「帰りたい」と「彼」は願い続けていた。
「そこ」は「彼」自身も一度も訪れたことがない未知の場所。
それでも、「彼」にとっては何よりも懐かしくて愛おしい故郷。
帰りたくて帰りたくて堪らない、「彼」の魂があるべき場所だった。
「帰りたい」
「帰りたい」
「帰りたい」
郷愁の泣き声が、望郷の叫びが頭を塗りつぶす。
あぁ、確かにこれが何度も何度も続けば、発狂はしなくても間違いは犯す。
ふらりと、帰りたくなるでしょうね。
決して人の身では帰り着くことなどない故郷に、帰りたくなる。
「れんげ」
私を呼ぶ声と同時に、本は閉じられた。
お父さんが後ろから、日記を閉ざして私に言う。
「れんげがどこを『故郷』にするかは私にも口出しする権利はないけれど、君の『故郷』は少なくともそこじゃない」
どうも、なかなか戻ってこない私を心配してくれたみたい。
私はこれ以上お父さんに心配をかけないように、日記から手を離す。
未練なんてない。
「彼」を故郷に帰してやりたいなんて思っていないと言うように。
「うん。大丈夫。ちゃんとわかってる」
「……そう」
お父さんは私の答えに、悲しげに笑う。
その笑顔で、私の未練は見透かされていることを悟る。
同時に、お父さんも同じ思いをしていると知って、この日記を手に取ったことを後悔した。
この日記は、「彼」は救われない。
「彼」は故郷には帰れない。
人間では彼の望みは叶えられないし、同族ならこの紙に綴られた郷愁を聞き取ることが出来ない。
「れんげ」
お父さんは私を呼びかけて、倉庫から一緒に出るように促す。
日記を再び、倉庫の片隅に置き去りにして。
「彼」の故郷から遠いここに仕舞いこむことを、心の中で謝りながら。
「……うん」
私はお父さんの手を取って、倉庫から一緒に出る。
同じように心の中で謝りながら。
……無力な自分に、嫌気がさす。
* * *
「れんげ、ちょっと寄るところがあるけどいいかい?」
久しぶりにお父さんと出かけた日、買い物も済んでそろそろ帰ろうかというタイミングでお父さんは私に問う。
別に早く帰りたいわけでも、帰らなくっちゃいけない理由があるわけでもなかったから、私は何処に行くのかも訊かずに黙って頷いた。
お父さんは、歩きながら言う。
「この間、れんげが学校に行ってる間なんだけど写真家の人が店に来たんだよ。その人の個展がそこでやってるらしくて」
「……お父さん、写真って好きだっけ?」
何故かやたらと楽しそうに、機嫌よさそうに語るお父さんに疑問を抱いて問う。
何か今日のお父さんは少し変。
写真なんて、好きか嫌いか問われたら好きって答える程度のはず。わざわざ個展を見に行くほどの興味なんてないはずなのに。
私のいぶかしげな視線を見下ろしながら、お父さんは笑う。
「れんげも、見ればわかるよ」
そんなに素敵な写真を撮る写真家さんだったのかな?
私は首を傾げながらも、少しだけ楽しみになった。
街の片隅の小さな画廊で、その個展は開催されていた。
個展の規模といい、中にいるお客の数といい、失礼だけどとくに有名な写真家さんではないらしい。
でも、私はその画廊に入った瞬間、圧倒された。
画廊の壁に、シンプルな額に入れられて飾られた写真が私を別の世界に誘う。
「写真なんてシャッターを押せば誰だって同じものが取れる」なんてバカな考えを一瞬で否定し、これは確かに芸術だと納得させられる一瞬を切り取った名画たちがそこにあった。
あぁ、これは確かに芸術で名画だ。
でも、私を圧倒させたのは、お父さんがあんなに機嫌がよかった理由はそこじゃない。
私はお客さんが写真家だと聞いて、勝手に買ったものはカメラ本体やレンズ、もしくは写真を飾るための額縁だと思い込んでいた。
たぶん買ったもの自体は、それで間違いないと思う。
だから、お父さんはこの写真家さんが何を専門にしている人なのかを知って、譲り渡したんだと思う。
お父さんが写真家の人と話をしている。
写真家の人はお父さんが個展に来てくれたことの礼を言いつつ、前に店に訪れた時のことも話題に上げた。
「そう言えば、あの本……っていうか日記もありがとうございます。
初めは何でこれがサービス? って思ったんですけど、なかなか興味深い内容で最後の方、ちょっと泣いちゃいました。あれ、ノンフィクション小説として出したら、売れそうですよね」
「……気に入られたようで、何よりですよ」
その会話は、私の想像を完全に肯定していた。
――この人に譲渡されたのは、以前私が倉庫で見つけた日記。
悲痛なまでに望郷を訴えかける、燕の観察日記。
鳥類の研究家だった人が書いた、その観察日記。
自分の家の軒先にできた燕の巣から落ちた挙句、猫に襲われて片翼がまったく動かなくなり、足も不自由となった雛を保護し、たったの一年しか生きられなかったけど、その間ずっと慈しんで育て上げた記録。
誰も悪くない、見捨てた親鳥だってそれは自然の理からしたら当然のことで、責められる筋合いはどこにもない。
燕は誰も、何も恨んでいなかったし、今だってそう。
でも、消せない願いが、想いがあった。
空を飛びたかったと、燕は思っていた。
空こそが、燕にとっての故郷だった。
誰も何も悪くない。
ただ燕の郷愁が、その日記に焼き付いた。
そして人は、燕の郷愁を理解して共感して同調は出来ても、飛ぶことはできなかった。
だから何度も悲劇が起こった。
あの日記を書いた、燕を愛し守った鳥類学者がまず最初。
その次はその家族や親類。
さらにその次は、学者の同僚。
あの日記を手にしたもの、読んだものが投身自殺を図るという悲劇は、あまりに悲しい種族の壁。
燕は誰かを殺したかったわけじゃない。
誰も死にたくなったわけじゃない。
ただ、燕の想いに応えたかった。
燕を故郷に帰してあげたいと、純粋に思っただけ。
だからこそ、お父さんは何もできなかった。
その日記は呪われた日記なんかじゃないから。
でも、燕の望みを叶えられる人なんていなかったから。
それゆえの、悲劇。
けれどその悲劇はもうおしまい。
飛べない人間でも、燕の願いをかなえてくれる人は見つかった。
「……? れんげ?」
「!? お、お嬢ちゃん!! どうしたの!? 何かあった!?」
お父さんの呼びかけと、写真家さんの困惑と焦りで気付く。
自分の頬が濡れていることに。
「……大丈夫です」
いきなり泣き出した私を心配してくれている写真家さんには悪いけど、私はただ一番大きなパネルの写真を見ながら、涙も拭わずに答える。
「ただ、嬉しいだけです」
この嬉しさが、喜びが私自身のものなのか、それとも燕のものなのかはわからない。
けど、どっちでもいい。
私は、このまま落ちてしまいそうなぐらい透き通った青空の写真を見ながら、パノラマのように飾られた、目が痛くなるような朝日、真っ黒い雨雲の隙間から除く空、真紅から藍に変わる夕焼け、星が満天に輝く夜空の写真を脳裏に焼きうつしながら、目を閉ざす。
鳥の啼き声が聞こえる。
それはもう、「帰りたい」と泣き叫んだ悲鳴じゃない。
故郷にやっと帰り着いた、感涙の声を確かに聞いた。




