授業はちゃんと聞きましょう。
(はぁ…今日もかっこいい…)
水曜の2限目。
自分のクラスが古典の授業をしている中、5組は外で体育の授業だ。
私の席は窓側の列のため、グラウンドが良く見える。
なので案の定私の視線は立花君に釘付けだ。
(体育着から覗くふくらはぎや腕の筋肉が素晴らしいですなぁ…おまけに汗がなんか色っぽい…たまらん。)
にやにやが顔に出ないよう心がけながら心の中で滾る思いを呟く。
授業の内容はリレーらしく、立花君はバトンを受け取ったと同時に素早く走り出し、何人もの人を追い抜いて行く。
(流石だなぁ…)
立花君が走っている最中、周りの歓声も一層際立っていた。
期待通り、という感じだ。
立花君はカーブを曲がり終え、次の走者にバトンを渡す為に手を伸ばす。
(あ……)
次にバトンを受け取ったのは、私の良く知っている彼だ。
走り出した彼をよそ目に、周りの生徒は走り終えた立花君へと駆け寄る。
誰も彼を見ない。
そんな中私の視線は彼の姿を追った。
黒髪を風に揺らされながら、全速力で走っている。
彼は足が速い方ではなかった。
さっき立花君が抜いた人が、もう後ろから距離を詰めてきている。
正確に言うと、速い方ではなくなった、のだけれど。
1人に抜かされた状態で、彼は次の人にバトンを手渡した。
走り終えた彼に駆けつける人は誰もいない。
そんな彼を見て、いつものように複雑な感情を覚える。
(私は……)
ぼーっと彼を目で追ったままでいると、ふと彼がこちらを向いた。
お互いの視線が交わる。
私はそれを反射的に逸らしてしまった。
外した視線をノートへ向ける。
ほとんど授業を聞いていなかったため、それはただの真っ白な紙だった。
そこへ、握っていたシャーペンで小さな男の子の絵を描く。
違うんだ、違う。
さっきのは好きで目を逸らした訳ではなかった。
ただ、私の体がそういう風に覚えてしまっただけだ。
ノートに描いた男の子の横に《樹》と文字を入れた。
その後消しゴムを取り出して、その男の子を消していく。
薄れていくその子を見ながら、また心の中に複雑な感情を宿らせた。
ー キーンコーンカーンコーン
「ここテスト出るから、良く復習しておくように。以上。」
授業を終えた先生が教室から出て行く。
「さて、私も5組へ向かいますか。」
そう呟き、手元のノートを静かに閉じた。