#1-井波 彰良の目線-
夕日に影響されてか綺麗な桜並木はどこかシックに大人っぽく僕を否定するかのように道を彩る。
高校1年生の春。
目障りな校門をくぐりそんな長い桜並木を下がりきったゲージ0のテンションで通り抜け案内に従い教室へと向かう。
校舎の中に入り誰かが使った形跡のある自分の出席番号の書かれた下駄箱に脱いだ靴を入れ用意されていたスリッパに履き替える。そのまま階段を上り2階にある教室に行く。
クラスが書かれているあの木札のようなものには大きく1-Aと書かれてありその下におまけ程度に定時制1年と書かれている。
まるで腫物のような扱い。気分が悪くなる。
「腫れ物にしたのはお前らのくせに」
教室のドアを開けると中には個性が強い人がすでに10人程度いる。
見た目からわかる俗にいう不良やボクと同じ境遇をたどってきたであろう人やどうしてここにいるのだろう? と疑問を持ってしまうような人までも。様々な人がいる。
「お、よろしく!」
金髪のいかにも不良のような人が急に近づいてきて手を差し出してきた。
正直こういったのは僕には慣れていないしどう対応していいかわからない。そして何より急にもほどがある。まだ自分の机にすらついていないんだぞ。
そう思いつつも引きつり笑顔で僕は差し出された手を握る。
「よ、よろしく」
「お、よろしくな」
そう言って金髪の人は元いた仲間らしき人たちのところへともどって行った。
一体何がしたかったのだろうか? こんな僕に声をかけて握手を求めてくるなんて。
「ここ、か」
短い教室の距離でここまで苦労したことはないだろう。いい意味で。
窓側の席の前から4番目の席。男女別の出席番号は1番目の席。
ここが今日から始まる高校生活での1番最初の僕の居場所。
ここだけは何とか死守しなければ。中学の時みたいになってしまう。
そんな居場所である机に何かが書いてある。
「なにこ」
気になってちゃんと見ようとしたとき後ろからトントンと背中を叩かれ振り向いてみると、ニーっと悪戯っぽく笑っている茶髪の美形男子がそこにはいた。
なんだろうか? コイツからは変な感じがする。
「よっ! 俺、小川大智。よろしく」
「あ、えっと井波彰良です。よろしく?」
「なぜに疑問形! お前、面白いな」
「そ、そうかな?」
「そうそう! そしてもっと明るく! 暗くちゃモテないぞ。アッキー」
「あ、アッキー!?」
「そうだ! いなみんとどっちが良いか迷ったんだけどな」
「迷わなくていいよそんなの」
「ははっ! ま、とにかくよろしくな」
そう言うと大智はばんっと一発、強く背中を叩くとにっししとあの悪戯笑顔に戻る。
その後も大智は咳の近くに来る人ほぼ全員に同じように声をかけていく。
こういった奴が中学の時に一人でもいて同じクラスだったらな。そう思いながら席につき机に書かれていた文字を見るとポエムらしい何かだった。
“今日から始まる高校生活。私は胸が高まりこれから来る毎日に淡い期待をしてしまう。けどきっと何も起こらないってわかっている。けどなんでだろう? この胸の高鳴りと予感は。きっと何かが起こるんだと未来の私が知らせてくれているようだ。ねぇ、君はどう思う?”
「なにこれ?」
「お、どうしたん?」
思わず声が漏れてしまい後ろの席の大智がおもちゃを与えられた子供のようなキラキラした目をしながら身を乗り出し見てくる。
僕は大智が見えやすいように机を後ろに下げる。
「これなんだけど」
「お、なんか面白いの書いてんな。まさかアッキーが!」
「なわけあるか。もしこんなの描いてたらあんな反応しないだろ」
「冗談だって。でさそれ最後に君はどう思う? って書いてあるし何より」
大智が何かを言おうとした瞬間ドアがひらきそこから教師と思わしき男性が入ってきた。
「よし、お前ら会場に移動しろ。入学式を始めるぞ」
名前を名乗らずに、にかっと笑い廊下に出るように指図する。しかしなぜか嫌味な感じが全くしない。
「前から順に男女別れて並べ。ほら1番目の女子と男子! えっと、綾部花音に井波彰良」
「は、はい」
「は~い」
ともに名前の呼ばれた綾部花音はどこかけだるそうに返事をしいじっていたスマホをやめしまいながら列の先頭に並ぶ。
「綾部花音だとっ!?」
「知ってるの?大智」
「いや、知らない」
「え、じゃあなんで今それっぽいこと」
「何となくだ!」
あ、コイツ馬鹿だ。と思いながら大智と談笑していると隣から声がした。
「面白いね、アンタたち。何? 同じ中学だったの」
「いや、今日が初めてだけど」
「そうだ! アッキーの初友達はこの俺だ」
綾部花音が話しかけてきた。そしてその時自分のある変化に気付いた。
いつの間にか他人と気軽に話せている。そして軽快に会話が進んでいる。
僕にとっては初めてのことで内心この時驚いた。きっとこれは大智のおかげなのかもしれない。
そう思いつつ大智がなぜか無視られながらも綾部花音と軽快に話している。
「へー、たまたまねぇ。まぁ、君がそんなチャライ奴と仲がいいなんてちょっと不思議に思ったけど結構いい2人じゃね」
「そうかな? 初日にいきなりアッキーって名づけられたりして」
「そう言えばさっきそいつが言ってたね。えっと確か本名は」
「井波彰良」
「そうそう! 井波彰良。じゃあ、私はいなみんって呼ぶことにするわ。そいつと一緒の呼び方はなんか嫌だし」
「はは、そうなんだ」
「あ、私のことはカノンって呼んでいいから」
「ほら、お前らダベってないで静かにしてついて来い」
男の教師がそう言って会場まで先導しそれについていく。
入学式とかはよく体育館とかで行われるのだけれどもこの定時制は違うらしく1階にある少し広めの会議室で行われる。
たった1クラス40人だけの入学式。
全員いるかの点呼も済み入学式が始まる。
「なな、これ長いやつだよな」
「入学式だしそうじゃない?」
大智がぼそぼそと耳打ちしてくる様に話しかけてくる。
確かに入学式は1時間以上もやるイメージが強い。実際に中学の時は創だったし。けどここは定時制の高校。きっと短い。そう思っていたら本当に短かった。
「いやー、短かったな」
「そうだね」
「俺、寝る準備していたのに損だわ―」
入学式は20分程度で終わった。
内容は簡潔で無駄をとことん排除した結果なんだろうがまさかここまで短いとは。
退場し終わり、ひと段落ついた廊下で大智と話していると花音が会話に入ってきた。
「私、閉会の言葉の時に思わず短すぎて笑いそうになっちゃった」
「そのままわらってりゃ面白かったのに」
「ちょっ、アンタね」
「まぁまぁ、こんなダルい式は短いに越したことないだろ?」
「まぁ、そうね」
「確かにそうだな」
大智、花音と僕の3人で楽しく談笑しているとそれに感化されたのか周りもがやがやとし始める。
ここにいる全員が今日初めて会った人だらけだろう。中には同じ中学だったやつが何人かいる人もいるかもしれない。けど大半は違う中学で今日初顔合わせなはずだ。
僕と同じ境遇の人だった人、全く真逆な境遇だった人。そんな人が織り交ざっている中で僕は今日から過ごしていくんだ。
「お前ら、いつまでここにいるんだ。さっさと教室戻れよ」
あの男の教師が廊下に来て教室戻るように言うと全員クラスに戻り始める。
「なぁ、そう言えばさ」
「うん?なんだ」
花音が他の人(主に女子)と話している間、僕は大智にさっきの続きを教えてもらう。
「教室にいたとき最期なんて言おうとしたの?」
「あ、アレか! その返事を書けばこれから何か面白いことが起きそうだなって。アッキーにとっても俺にとっても」
「え? なにそれ」
「男の勘ってやつかな」
大智はにやりと得意げに笑う。
「ま、とにかく書いてみって。これからの高校ライフがきっと楽しくなるぜ!」
大智のその裏表のない素直な笑顔に僕はやれやれと言った感じで笑う。
まだ出会ってそんなにたっていない奴だけど大智はなぜか信じられる。それに花音のことも。こんな感覚は初めてでとても不思議だ。
そしてクラスに戻り席に着くと早速、あのポエムのような何かに返信を書く。
「っと」
「お、書き終ったのか? 見せてー」
「嫌だよ。何でみせなきゃ」
「ま、興味ないからいいんだけど」
「え?」
「ウソ嘘。お前が嫌がってるんだし無理に無る必要がないかなーって」
「お前って見た目に反していい奴だな」
「アッキー、今軽く俺のことディスらなかった」
「よし、そろってるな」
男の教師が相も変わらないナイスタイミングで教室に入ってくる。
大智は渋々と言った様子で乗り出していた身を戻し大人しく座った。
「今日からお前らの担任の喜宇慶一だ。よろしくな」
喜宇と名乗ったその教師は黒板をばんっと強くたたく。この時点で僕の中ではあることが確定した。
この教師は絶対に体育系だ。
そう決めつけた瞬間から若干面倒くさくなってきた。
「早速だけど、これからの高校生活を行う上での注意事項だ。まず、この教室は普段、全日の奴らが使っている。だから4時半までは全日がいる。ので4時半前はここに来るな。来るならその後だ。最期に、明日から平常授業を行う。筆記用具は必ずもってこい。ノートの有無はそれぞれの担当の教師から聞け。以上だ」
この定時制は本当に簡潔に物を進める。
時間が短縮されて実にいい。
「よし、今日はもう帰っていいぞ」
喜宇先生のその言葉を合図に一斉に席を立つクラスメイト。
「あ、そうだ。アッキー、追加していいか?ライン」
「別にいいよ」
「あ、私も。いずみんいい?」
「喜んで」
「おい、俺の時と対応ちがくね」
「女性には優しく。男の基本だろ」
「わかってるじゃん。いずみん」
「く。それを言われたらいいかかえせねぇ」
その後、談笑しつつも大智と花音を友達登録して帰り道の途中まで大智とは一緒に帰り、花音とは駅が一緒だっため一緒に帰る。
まさか自分にこんな話せる人ができるなんて思いもしなかった。
また中学の時の繰り返しだと思っていた高校生活が一気に華々しくなった気がする。
そしてこの時は思いもしなかった。
あの大智の判断でしたポエムらしき文への返信がこの高校生活をさらに華々しく面白くしていくことに。