紅い真綿
私は識っている
夜空に瞬く星の集会を
空を映す静かな湖を
この頁をめくるだけで
巡り行き移り変わる時を思い浮かべられるから
でも私は知らない
肌を刺すような寒さも
透き通るような緑の空気も
この頁をめくるだけでは
目眩く風も水も草も感じられないから
私の手のなかには無限に広がる《本》があり
私の《生きる範囲》は白い真綿
羽毛は軽いが私の胸には荷が重い
そんなセカイに今日もまた紅い花が広がる
一歳一歳と積み重ねる毎に
膨らみ続ける紅い爆弾
この僅かな鼓動も何れ喪うらしい
ならば今日も
大切な人を安心させるために
ただ私は世界を巡る
ー捜査官ディエル=ニルエ=ジークムンドの手記ー
「彼がなぜこのような奇行に走ったのか。私の知り及ぶところではない。ただ、彼が死に際に放った一言は生涯忘れられることはないだろう。「悲惨な時代だ。金はあり、子どもたちは腹を膨らませ、水は腐り果てるほどにある。しかし一人の女の子ですら救うことのできない幸福なのだ。ならば俺はその子のために悪にでもなる」…………彼のいう女の子とは誰なのか。身許のわからない男のいうことだ。一生解ることはないだろう。しかし、その男の死が、私には……何か大切なモノを失ったようにも思えた」
今日もまたセカイが紅く染まる
白に戻すあの人が訪れなくなったから
「君を楽にしてあげる」
その言葉を信じたけど
私の砂時計は一粒しか残っていない
その一粒も
もうじき落ちて消えるだろう
まだ一冬も越せないままで
この爆弾が停止しようと
もう私には光も温度も痛みでさえも感じられないから
だからこそ私は貴方に会いたい
紅い真綿を蹴っ飛ばし
重い木の扉を開け放とう
もうすぐ会いに行くからね
緑の空気を…………確かに私は感じた
あぁ…………こんなにも清々しいものなんだね
「ディラス…………せかいはこんなにも…………うっ………………」