第八器 退屈な時間
刀磨は、夜詩達と別れて空港を後にする。
「お迎えに上がりました」
空港の外には黒いスーツを着た男が刀磨を待っていた。
「迎えは要らないと言ったんだがな」
刀磨は男の側にある車に乗り込み、都心部へと向かう。
しばらくして、大きなビルの前に車が止まる。
「帰りは自分でなんとかするから待たなくていい」
「わかりました」
刀磨は車を降りると、ビルの中へと歩いていく。
エレベーターへと一直線に向かい、中へ乗り込み刀磨は最上階を押す。
最上階に着きドアが開くと、正面には大きなドア、その脇にはデスクがあり、眼鏡をした綺麗な女性が座っていた。
「何か御用でしょうか?」
「社長に用がある」
「すみません。アポイントメントが無い方は…」
その時、大きなドアが開き、中年の男性が顔を出す。
「やあ、そろそろ来る頃だと思っていたよ。
長旅ご苦労様、中へ入ってくれ。あ、しばらく電話は取り次がないでくれ」
「承知しました」
刀磨はドアの中へ入り、大きなソファーに腰を下ろした。
「お疲れ様。日本はどうだった?」
「始祖は居なかった。痕跡らしき物はあったが、何もわからないままだ」
中年の男は、刀磨の向かいに座り、顎に手を当て黙りこむ。
「それよりいいのか?俺をこんな所に呼んで」
「ん?ああ、今大事なプロジェクトがあって、好きに動き回れないんだよ。大丈夫、細心の注意はしているから」
「アメリカを代表する巨大企業の社長が、裏ではフィラルの代表。
政府を簡単によく騙せるな。あんたの能力か?」
「騙すだなんて酷いな。それに私は無能力だよ。
ただ人より相手の心が分かるだけ」
「元心理カウンセラーの名残か。
あいつはどうする?」
「あいつ?…ああ、神塚夜詩君か。
彼には一旦訓練校に入ってもらうよ。報告書通りなら実に興味深い。
成長の早さ、異なる2つの能力…もしかすると、彼は始祖に関わったのかもしれないね」
「それは無いな」
「どうして?」
「あいつが最初に発現させた力は盾。しかも、その真価も引き出せない出来損ない。
もう1つの能力はちゃんと扱えたみたいだが、始祖に関わってあの程度とはありえない」
「詳しく調べる価値はあるよ。
ところで彼女の方はどうだった?」
「ダメだな。1度だけ水を操れたが、その後は波すら制御出来てなかった。
研究員にでもした方がましだ」
「ははは…君は厳しいな。前に1度だけ話をしてみたけど、あの事が原因みたいだね。
心の奥底にある強い自責の塊が、彼女の心を封じ込めてる。あれは私でもどうにも出来ない…」
「あの程度で潰れるなら必要ない、ただの足手まといだ。
さっさと切り捨てる方があいつの為だ」
「しかし、彼女は優秀だよ。時間が経てばもしかすると…」
「フィラルの女王…あいつがフィラル最強だったのは3年も前の話だ。
今では俺の方が遥かに強い。それに悠長にしてる時間はあるのか?」
「君に隠し事は出来ないな。
確かに今、フィラルは危険な状態だ。
任務中に次々と襲われ、まともに戦えるのは一握り程度。
本当は君を呼び戻すつもりはなかったんだが…」
「相手は何人だ?」
「判ってるのは6人。生き残った者に聞いても、能力の情報だけは記憶から削ぎ落ちているみたいだった。
ただ一人は判明している…」
「誰だ?」
「光帝レイ」
「何故奴が!?
どの組織にも属さず、一切関わりを断ってきた奴が…あいつがリーダーなのか?」
「わからない…目的も不明。
ただ確実なのはフィラルを潰すつもりだ。
光帝と呼ばれ無敵を誇り、どの組織も一切手出し禁止の男。
君ならどうする?」
「とりあえず、危険なのは光帝のみ。
周りを切り崩して、交渉する他ないな」
「交渉…もし応じなかったら?」
「フィラル全勢力で迎え撃つ!」
「全く、君は簡単に言ってくれるな…」
「光帝に今の俺なら傷を付けるのがやっとか…」
「君に期待しているよ。実は君に行ってほしい所がある」
「何処へ?」
「南の国境にあるテッドシティだ」
「あんな田舎に何が?確かあそこは能力者保護区だろ?」
「ああ、その街で奇妙な事件が起きてる。血痕のみを残し、死体は消えている。
フィラルの調査員が調べているが全くわかない。
もしかすると光帝の仕業か、別の何かか…」
「俺を探偵代わりにする気か?」
「極秘で調べてほしい。最悪の場合を想定して…」
「内部に敵か…わかった。いつ行けばいい?」
「そうだね…色々準備もあるから一週間後に」
「わかった。それまでのんびり過ごすか」
「当面は光帝の対処に全力で当たらないとね。
他の組織も無視は出来ないんだけど」
「頑張って頭を使ってくれ。俺は戦うだけだ」
刀磨は立ち上がり、ドアノブに手をかける。
「そうそう、君の弟さんだけど、やはりフィラルの施設で治療をした方が」
刀磨は振り向き睨み付け、男は言葉を呑み込む。
「ハートネス、確かにあんたは俺の雇い主だ。
だが、俺に深入りするなら、迷わずお前を殺す。わかったな?」
「あ、ああ、すまない」
「分かればいい。じゃあな」
刀磨はゆっくり部屋を出ていく。
「ふぅ…もう少し頼ってくれてもいいんだけどね。
ん?電話は取り次がないでと言ったのに…もしもし…君か。ああ、詳しいデータが分かったら報告してくれ」
刀磨はビルの前に停まっているタクシーに乗り込む。
「ブライトホテルまで頼む。
(光帝か…正直どこまで通用するか試してみたいのもあるが、俺はまだ死ねない…あいつが目を覚ますまでは)」
刀磨は窓の外を呆然と見つめていた…
とある暗い部屋に男女の声が響く。
「フィラルの処刑人が帰ってきたようだね」
「関係ないんじゃない?私は女の子にしか興味ないし」
「奴は俺が殺す」
「…」
「殺した後は、私の実験材料に…イシシシシシ」
「気味悪い笑いはやめろ」
「黙れ!お前も実験材料にするぞ!イシシシシシ!」
「仲間内で揉め事は禁止だ」
「ほらほら、光帝様が怒っちゃったよ」
「光帝だか何か知らないけど、リーダーぶるのはやめたら?あの方には逆らえないくせに。フフフ」
「勘違いするな。利害が一致しただけの話だ。お前らなどすぐに消せる」
「言ってくれるわね」
「やめろ」
フードコートを纏った男が一喝し、場の空気が張り詰める。
「もうすぐ準備は整い、そして我らが世界を救う。
お前達には期待している」
部屋にいたレイ以外の者が声を揃えて返事をし、フードコートの男に頭を下げた。
時は進み、夜詩達の教室。
「神塚、お前どうやって力使ってた?」
ホランドが驚いた顔で夜詩に話しかける。
「えっと…イメージしてただけなんだけど?」
「うーん…ちょっと力を使ってみろ」
「え?わかりました…」
夜詩が手を伸ばすと、盾が現れる。
「ちゃんと使えるみたいだな…盾を出す直前で止めてみろ」
「直前で?うーん…」
しかし、何も起こる気配もなくただ沈黙が流れた。
「こうやんだよ!」
見かねたロックが立ち上がり、両手の拳同士を合わせると、体からうっすらと光りが広がり始める。
「すごい」
「こんなの誰だって出来んだよ!もっと集中すれば…」
ロックの体を強い光りが包み込み、風が吹き荒れ始め、教室の物が吹き飛ばされていく。
「ロックもういい!」
ホランドの言葉で、ロックの周りの光りが消えていった。
「ふん。これが波だ。覚えとけ」
夜詩は言葉を失い、未知の世界に足を踏み入れたのを再確認した。