第一器 覚醒
「うわぁっ!はぁ…はぁ…はぁ… ゆ、夢か」
男は、額の汗を拭い、ゆっくり体を起こす。
「お兄ちゃん! 朝だよ!!」
部屋のドアが勢いよく開き、少女が部屋に入ってきた。
「わっ!陽菜、いつもノックしろって言ってるだろ!」
「えへへ、ごめんごめん。 でも、お母さんが早く起こしてこいって言うから」
「わかったわかった。休みの日くらいゆっくり寝たいのに」
男は気だるそうに立ち、陽菜と一緒に一階へ降りていく。
「夜詩、休みだからといっていつまで寝てるつもりだ?」
夜詩がリビングに入ると、新聞を読んでいた父親が怒鳴る。
「ちゃんと朝飯には間に合ったからいいだろ」
そう言うと、夜詩はとぼとぼ歩きながらイスに座り、テーブルにあったトーストをかじる。
「二人とも今日は出掛けるの?」
話をしながら母親がトーストにバターを塗り終え、陽菜に手渡した。
「ありがとう。私は家にいるよ。お兄ちゃんは?」
陽菜の言葉に夜詩は、慌てて口の中にあったトーストをコーヒーで流し込む。
「んっ、ぷはっ!約束してたの忘れてた!ご馳走様!」
「朝御飯くらい落ち着いて食べないか!全く!」
慌ててリビングを出ようとする夜詩に父親が怒鳴り、夜詩は返事の代わりに軽く右手を上げ、二階へ上がっていった。
しばらくして、身支度の終えた夜詩が階段を駆け下り、玄関のドアノブに手を掛ける。
「夜詩、あんまり遅くならないように。最近、物騒な事件が多いから、早めに帰るのよ」
「なるべく早めに帰るよ!いってきます」
夜詩がそう言って、家を出た時、携帯が鳴った。
「ん?もしもし、どうした瞬?」
「いや、夜詩の事だから、約束忘れてるんじゃないかと思ってさ」
「なっ、忘れるわけないだろ!(見抜かれてる…)」
「ならいいけど、待ち合わせ場所はコンビニだからな。遅れるなよ」
「大丈夫だって!じゃあな」
夜詩は電話を切り、待ち合わせ場所まで走る。
それから数分後、待ち合わせ場所のコンビニには先に着いた瞬の姿があった。
「ちょっと早く着いたな。中に入って時間潰すかな」
瞬は雑誌を読みながら、ふと外を見ると、歩いている一組の男女が目にはいる。
「あれって…」
「よっ!」
男女が通りの角を曲がったと同時に、夜詩が瞬の肩に手を置く。
「見たか?」
瞬はゆっくり夜詩に首を向け、目を見開き聞いた。
「は?何を?」
「向こうの道を歩いてた二人だよ!」
瞬は外を指差しながら声を張り上げ、その声に店内の人達が夜詩と瞬に注目する。
店内の視線に気付いた夜詩は、慌てて瞬の腕を引っ張りながらコンビニを出た。
「全く!あんな所で大声出すなよ!」
「わ、悪い。でも、信じられないもの見てしまった…」
瞬は頭を抱えながらゆっくり顔を上げ、夜詩を見る。
「游ちゃんだよ!新堂游ちゃん!」
「…誰だ?」
瞬は首を軽く横に振り、深く溜め息をつく。
「はぁー… お前、游ちゃんは学校一の有名人だぞ!」
「そうなのか?」
あからさまに呆れた表情をした瞬は、そのまま話続ける。
「游ちゃんは才色兼備で2年、3年連続で生徒会長にもなって、武術もたしなむお嬢様。
ファンクラブも密かに作られ…あ、因みに俺は会員番号25番。男子の高嶺の花なんだよ」
「入ってるのかよ。で、その新堂さんがどうしたんだ?」
瞬は涙を浮かべ、夜詩の両肩を力強く掴む。
「男と歩いてた。しかも美形の!」
夜詩は瞬の手を払い、掴まれた肩を擦る。
「痛いって… 男の一人や二人、居たっておかしくないだろ。ったく、オーバーだな」
「いや、あり得ない。俺達の游様に限ってそんな事はあり得ない!!」
「(様に変わった…)じ、じゃあ、兄弟かなんかじゃないのか?」
「游様に兄弟はいない!まさか、付きまとわれてるとか!」
「一緒に歩いてたのに、それは考えすぎじゃないか?」
「可能性はある!行くぞ!」
「は?行きたい所あったんじゃないのかよ!待てって!」
瞬は游と男が向かった方へ走り出し、夜詩は瞬を慌てて追いかける。
游と男の姿は見えないのに、瞬は迷うことなく走り、大通りに出ると足を止めた。
「はぁ…はぁ… どうした?」
息を切らしながら、追いかけてきた夜詩が瞬に聞く。
「あそこだ」
瞬は、大通りの向こう側にある店を指差した。
「ん?あの二人か?」
瞬が指差した店には、窓側の席に座る長い黒髪で目の大きな女の子と、向かいに誰かが座っている。
「くっ!誰なんだあいつは…」
「後ろ姿だけで男の顔は見えないな。それにしてもお前、よく場所がわかったな?」
「游様の行く場所ならどこでもわかるんだよ」
「そ、そうか。(目が血走って危ないな…)」
しばらくして、向かいに座っていた男が席を立ち、入口へ向かうと、游も後を追う。
「出てくるな。まだ追いかけるのか?」
夜詩は、面倒くさそうな表情をしていたが、瞬には全く耳に入っていないのか、店の方を見つめたままだった。
その時、店から出た男の手を掴み、游が何かを必死に言っている。
「なんか揉めてるのか?あの男、綺麗な顔してるな。
後ろで結んでるけどかなり髪も長いし、本当は女だったりして…?!」
夜詩がそう言い終える瞬間、男が夜詩と瞬の方を見た。
慌てて夜詩と瞬は、物陰に隠れる。
「なぁ瞬、気付かれたか?」
「わからない。けど、確実にこっちを見てたな」
瞬は、ゆっくりと物陰から顔出す。
しかし、店の前には、二人の姿はすでになかった。
「あれ?いない!しまったー」
「もういいだろ?新堂さんにバレたら嫌われるぞ」
「うっ…確かに… でも気になる」
「まぁ、とりあえず、お前の行きたがってた所に行こうぜ」
夜詩は瞬の肩を軽く叩き、瞬は小さく頷くと、ゆっくり歩き出す。
一方、游と男は、店の裏にいた。
「店に居た時から視線を感じてたが、何処かの組織か」
「知らないわ。それより、さっきの話は終わってない!助けは要らないって、どういう事!」
男は無表情で游を見る。
「力が不安定になってるそうだな?」
「そ、それは…」
「力が疎ましくなったか?」
「違う!!私はこの力を疎ましくなんて思ってないわ!」
「だといいがな。とにかく、お前は邪魔だ。死にたくなかったら大人しくしてろ」
男はそう言って、游を残して街中へ消えていった。
「私だって…」
游は呟き、壁にもたれながら空を見つめる。
その頃、元気を取り戻した瞬と夜詩は、大きな建物の前にいた。
「なんだここ?」
「フッフッフッ。知らないのかい?今日は歴史資料博覧会があるのだよ!」
瞬はそう言って、夜詩の顔を指差す。
「相変わらずの歴史マニアだな」
「さあ、宝の山へいざ行かん!」
「さっきまでの落ち込みはなんだったんだよ…はぁ…」
目を輝かせながら、瞬は博覧会の中へ入っていき、夜詩も肩を落としながら後に続いた。
博覧会の中には、世界中から集められた文化遺産がずらりと並べられ、瞬と夜詩は1つの展示物の前で立ち止まる。
「おお!これは古代ローマの丸盾クリペウス!」
「クリペウス?」
「古代ローマの兵士が持ってた盾だよ!お、忠実に再現したレプリカ!!これなら触っていいみたいだな」
瞬は横に置かれていた盾のレプリカを持ち掲げたり、構えたりしている。
「恥ずかしいからやめろって!」
「夜詩も持ってみろよ!」
「いいって…お、意外と重いな」
「だろ?戦士の重みだ!じゃあ次だ!」
「あ、ちょっと待てって!」
夜詩は慌ててレプリカを台に置き、瞬の後を追う。
それから夜詩達は、会場の中を隅々まで見て回り、いつの間にか外は暗くなっていた。
「もうこんな時間か。瞬の話を聞いてたらあっという間だったな。
瞬、そろそろ帰ろうぜ」
「俺は時間いっぱいまでいる」
「全く…今日は瞬に振り回されてばっかりだったな。じゃあ、また明日学校でな」
「おう!」
展示物を見ながら返事する瞬を見て、呆れながら会場を出ていく夜詩。
携帯で時間を確認すると、夜詩は家へと急ぎ、近道をしようと路地裏を曲がった時、壁に寄りかかり一人の男が立っていた。
「(なんか気味悪いな。無視するに限るな)」
夜詩は視線を落とし、男の横を通り抜けると同時に、男が右手を振り上げると、それに気付いた夜詩はとっさに後ろに跳んだ。
「な、なんだよ!」
夜詩がそう言うと、男は笑みを浮かべ夜詩を見つめる。
「いい反応だ」
男の右手には、月に照らされ妖しく光る銀のナイフがあった。
「ナ、ナイフ!(一体どこから…)」
夜詩は腰を抜かし、地面に座ってしまう。
「次はかわせるか?」
男は、持っていたナイフを夜詩へ目掛け素早く投げる。
「っ!!」
夜詩が目を瞑った瞬間、夜詩と男の間に盾が現れ、ナイフを弾いた。
「へぇ、やるじゃねぇか!楽しめそうだな…」
「どうなってんだよ…」
自分に起きている出来事を理解出来ず戸惑う夜詩、そして、男の笑い声が闇夜に不気味に響き渡る。