第十七器 気高き歌声
「みんなとはぐれちゃった…どうしよう」
アリスは人気のない場所をさ迷っていた。
「どっちに…風?」
風の音に気付き、アリスが上を見ると、近くのビルが斜めに切られ落下する。
「きゃっ!」
横に飛び、ギリギリでかわし、体をゆっくり起こすアリス。
「おっしい!」
アリスは声のする方を見ると、空に浮いている男の子がいた。
「これはあなたが?」
「そうだよ!こうやって…ね!」
男の子がアリスに向かって指を弾くと、空気の裂ける音と共に地面に刃物で切りつけた様な傷が出来る。
「今の…」
「僕の力は風さ!僕に勝てるやつなんていない!」
男の子は両手を上げ、手と手の間に風を集め始めた。
「何を」
「潰れろ!荒ぶる風の怒り」
男の子が両手を振り下ろすと、渦を巻いた大きな風が地面に向かっていく。
「速い!」
全速力で走りながら、地面に向かって声の衝撃波をぶつけ、自分の体を吹き飛ばすアリス。
渦を巻いた風は、地面を削り飛ばし、風がなくなると螺旋状に大きな穴が出来ていた。
「避けられちゃったか。修正きかないからなぁ」
「地面が…あなた誰なの?」
「僕はイレイデッドのシルフ。君達を殺しに来たんだ!」
シルフは体を回転させながら、小さな風の玉を無数に飛ばす。
「…」
アリスは物陰に隠れながら、シルフの攻撃をかわしていく。
「逃げ切れるわけないだろ!」
シルフは腕を大きく振り、風の刃を何度も飛ばす。
「どうしたの?かかってこないの?
来ないな…」
その時、シルフの動きが止まり、物陰からアリスが姿を現した。
「な…に…(体が動かない)」
「声なき歌姫は時間を掛けて相手の体の自由を奪う。
もうあなたは体を動かせない」
シルフは地面に落ち、動かなくなる。
「これで終わり」
アリスは叫び、シルフへ衝撃波が放たれ、周囲を砂埃が立ち込めた。
「早くみんなと合流しないと」
アリスは振り返り走り出そうとした瞬間、シルフのいた場所から突風が吹き荒れる。
「まさか…」
アリスの目に写ったのは、風の輪に包まれたシルフの姿だった。
「危ない危ない。
体がぐちゃぐちゃになる所だったよ。
もう手は抜かない…」
シルフは凄まじい速さでアリスに近付き、腹を軽く押し、アリスを吹き飛ばす。
「がはっ!」
「内臓潰れたかな?
圧縮させた風はどう?」
口から血を流し、ふらつきながらゆっくり体を起こすアリス。
「波で致命傷は防いだのかぁ。
おっと、君は声が武器なんだよね。じゃあ」
シルフは指先に小さな風の玉を作り、耳の穴を塞ぐ。
「これでもう僕には勝てない」
シルフは掌に風を集め、反対の手で風を伸ばしていく。
「風の悪戯」
集めた風はどんどん細長くなり、鞭の様な形になり、シルフはそれを地面に叩き付けた。
「かまいたちって知ってる?
あれって知らない間に切れてるんだよ。
今の君みたいに」
「今の私?」
次の瞬間、アリスの右肩から血が吹き出し、痛みに顔を歪ませながら地面に膝を突く。
「うっ…見えなかった…」
「じゃあ次は」
シルフが風の鞭を横に振ると、アリスの背中が切られ、血が飛び散る。
「きゃあ!」
「まだまだだよ!」
更にシルフは風の鞭を振り、アリスは咄嗟に横に跳ぶも、両足を切られてしまう。
「どう…して…」
「もっと踊ってよ!」
再び風の鞭が振られ、アリスはじっとしたまま目を閉じている。
「諦めたんだ」
「…上!」
アリスが後ろに跳ぶと、地面に切れ目が入った。
「ん?読まれた?」
「(やっぱり!いくら風でも、あれだけの鋭い攻撃なら、目に見えるはず。
けど、風の鞭は届いてないということは、あれは私の周りにある風を操る道具。
なら、小さな声で音の障壁を作って、風が動く瞬間を感知すればいいだけ)」
「バレちゃったのかな?でも、こうすれば!」
シルフは風の鞭をでたらめに振り回す。
「!?」
アリスは全身に波を覆い走り出した。。
しかし、大きな傷は受けないものの、小さな傷が体中に付けられていく。
「(このままじゃ…)」
「これを理解出来ても、完全に逃れるのは無理だよ!」
走りながら周囲の建物を観察し、一つの建物の中へ入るアリス。
「建物の中なら平気だと思った?
風はどこにでもあるんだよ」
地下への階段を降りていくアリスを見付け、シルフはゆっくり後を追う。
「行き止まりじゃないか。ここで死にたかったの?」
地下の大きな部屋の中央にアリスが立っていた。
「死ぬのはあなたよ」
「ん?ごめんごめん。何言ってるか聞こえないんだった」
アリスは部屋の電気を破壊し、部屋は闇に包まれる。
「暗闇で風の鞭を封じるつもりなんだ。でも、条件は」
話終える前にシルフは後ろから吹き飛ばされた。
「くっ…なめるなよ!」
立ち上がったシルフは浮かび、体の周りに風を纏う。
「これでもう僕に攻撃は通じない。次はこっちの番だ!」
シルフは部屋中に風の刃を無数に飛ばす。
「あはははは!死ね死ね!」
「囚われし音の世界」
アリスは部屋が振動する程の高音を出し、風の刃を消していく。
「もう死んだかな?」
風の刃を飛ばさなくなった瞬間、シルフの全身から血が吹き出す。
「がぁ…なん…だ」
地面に倒れるシルフへ近付くアリス。
「あなたの敗因は聴覚を封じた事。
暗闇で頼れるのは音。風の刃を飛ばしている間、私が一歩も動いていないのに気付かなかったでしょ?」
「一歩…も…?」
「あなたの真下にいたのよ。
私は暗闇でも、声を反響させて全てを把握出来るの。
あなたは闇雲に風を飛ばして、自分の風が壁に当たる前に消滅していたのにも気付かず、私の攻撃を防がなかった」
「だけど…風の…防御が…」
「確かに風の防御は簡単には破れない。
なら、逆に利用したの。私の声で振動させ、風が共振してあなたを衝撃波の中に入ったと同じにした」
「風は…味方…だったのに…」
アリスは出口へと向かい、外に出た時、建物が崩れた。
「何とか倒せた…みんな大丈…」
糸の切れた人形の様にアリスは地面に倒れる。
その時、アリスの元へフードコートを着た男が近付き、見下ろす。
「シルフを倒したか」
男は手をアリスに向けると、光が集まっていく。
一方、夜詩は苦戦していた。
「能力を使うまでもない」
「夜詩さん!」
「ぐぁっ…なんだこの技は…」
幻龍は右拳に波を集める。
「流勁気、人が扱える中で最強の技だ」
駆け寄り、右拳を突き出し、夜詩は盾で防ぐが、衝撃が体を貫く。
「がはっ!」
「無駄だ。この技は、受け止めた者の内部に衝撃を流していく。
どれだけ分厚い装甲も紙切れ同然。
だから!」
幻龍が地面に拳を突き立てると、地面が揺れ地震が起きる。
「能力を使わずに…」
「確かに普通の人間では無理だ。
だが、20年以上の鍛練と、この波が合わされば星をも砕ける!」
「それだけの強さがあるのに、どうして悪事を…」
「俺が求めるのは強者のみ。
俺の進む道の上にいる弱者は消える定めだ」
「幻龍どうして?昔は弱者を守るために武はあるって言ってたのに」
「それは弱者になった事のない者の戯言だ。
強者にならなければ、弱者は永遠に意味をなさない存在だ」
夜詩はゆっくり立ち上がり、幻龍を睨む。
「ただお前は怖いだけだろ?」
「怖い?俺が何に恐怖すると?」
「弱者の自分だよ。誰にも頼られず、理解してもらえず、自分が強者だと言い続けないと、弱者としての孤独に耐えられない。
強くなければまた、昔の様になってしまう。そうだろ?」
「貴様に何がわかる!」
「わかるわけないだろ。でも、お前は自分を理解し、いつも側に居てくれた人を拒絶した。
お前は、永遠に弱者にもなれない無の存在だ」
「弱者にもなれない無の存在だと?俺は強者だ!」
幻龍の拳が、夜詩の顔面を捉える瞬間、拳より速く動き、盾をガントレットに変え、幻龍の腹へ一撃を入れる。
凄まじい速さで、幻龍は後方へ吹き飛んでいく。
「幻龍の攻撃をかわした…」
「来いよ。弱者の強さってやつを教えてやる」
「くっ…くっくっくっ…弱者の強さ?
弱者に強さなどない!いいだろう…お前の言う強さを見せてみろ!」
夜詩と幻龍は波を高め、同時に殴りかかる。