第十六器 目覚めし女王
夜詩とはぐれた游は、避難する人達を誘導していた。
「皆さん落ち着いて!焦らず列を乱さないで!」
「我々は先に行きます!」
「わかったわ。気を付けてね」
警備隊はその場を游に任し、列に合わせて移動する。
游が列が最後を見送ると、周囲を警戒しながらシェルターに向かう途中、強い波を感じた。
「まとわりつくような嫌な波…誰?」
游が細い路地に人影を見つけ声を掛けると、一人の女が現れる。
「可愛い子ね。私と遊ばない?」
「侵入者ね。目的は何?」
游の言葉を無視するように、足元にある空き缶を拾い上げ、口付けすると空き缶が蛇に変わっていく。
「!?」
「フィラルを排除しに来たのよ。ま、私は可愛い子と遊べればいいんだけど」
女が蛇を地面に落とし、蛇が游の方へ向かい、牙を出して飛びかかり、それをかわした游の後ろにあった自転車に噛み付く。
「これで攻撃したつもり?」
次の瞬間、蛇が噛み付いた自転車が石になり砕けた。
「石に!?」
「そう。私の名前はメデューサ。あらゆる物を蛇に変え、その蛇は石化させる毒を持つの」
「わざわざ能力を説明してくれてありがとう。
蛇に気を付けていれば」
游はナイフを逆手に持ち、メデューサの周りを走りながら、徐々に間合いを詰め、背後から襲い掛かる。
「はぁ…」
メデューサがヒールの踵を鳴らすと、地面から無数の蛇が現れ、游は手首に着けたリングからワイヤーを飛ばし、近くの街灯に巻き付いたワイヤーを巻き戻しながら、瞬時に移動した。
「地面さえも蛇に…」
「へぇ、面白い物持ってるわね。
でも、明らかにあなたじゃ私には勝てない。だって力が使えないんでしょ?」
メデューサの言葉に游は驚きを隠せない。
「どうして?」
「あなた達の事なら何でも知ってるわ。
あなた、任務で敵と一緒に友達も殺したんでしょ?」
「!?」
「そのせいで力が使えなくなり、何とか前線に復帰しても、力が使えないから日本で連絡員として生活してた。
当たってるでしょ?」
游は眉間にシワを寄せながら俯く。
「大丈夫…私のコレクションになれば忘れられるから!」
メデューサが地面を強く蹴ると、無数の蛇が襲い掛かり、游は、ただ立ちすくんでいた。
「…」
「(游!)」
頭の中で自分を呼ぶ声が響き、咄嗟に游は横に飛んで蛇を回避する。
「あら?まだやる気なの?」
「今の声は…サトリ?」
游は何かを探すように、辺りを見渡すが、何も見つからず、額に掌を当てた。
「ふふふ…馬鹿ね。サトリはあの時死んだ。
生きてる訳がない…」
游の頭に過去の記憶が蘇る。
「サトリ、敵の位置は?」
「ちょっと待って…見つけた!あの木の陰よ!」
幼い游とサトリは身を屈め、サトリが指差した木に、游は水の塊を飛ばし、男と木を吹き飛ばす。
「ぐあっ!くそ、何で俺の場所が分かる」
男は掌から白煙を出し、周囲に白煙が立ち込めると、男はまた木の陰に隠れる。
「また煙…サトリ」
「…おかしい。思考が読めない…ううん、思考が複数に」
「何をしたかわからないけど、サトリはここに居て。
私は周囲を攻撃しながら探すから、何か分かったら頭に直接教えて!」
「うん!気を付けてね」
游は白煙の中へ飛び込み、水で周囲の木を薙ぎ倒していく。
すると、小さな白煙の塊が浮遊しているのに気付き、游が周囲を見渡すと、同じ物があるのを見付け、不審に思っていると、頭の中にサトリの声が聞こえる。
「(游…游)」
「(サトリ?どうしたのサトリ?)」
急いで戻ると、サトリにナイフを首元に押し当てている男の姿が游の目に飛び込んできた。
「さっさと仲間を呼べよ!」
「い、嫌よ!」
男はナイフの先で、サトリの首に傷を付け、血がゆっくり流れ落ちる。
「出てこい!さっさとしねぇと、こいつからやっちまうぞ!」
游が茂みから出ようとした時、サトリの声が頭に響く。
「(游、出てきちゃダメ!)」
「(でも!)」
「(私は大丈夫だから、この男を倒して!)」
「(そんな事したらサトリが…)」
「(私が合図したら、攻撃して)」
「(出来ないよ…サトリ?サトリ?)」
「お前、テレパシーで何か伝えてるだろ?」
「!?」
「やっぱりな。どうして俺の位置が分かるか不思議だったが、テレパシーで俺の考えを読んでやがったんだな。
あいにく、俺の煙は自我を持たせる事が出来るから、撹乱は簡単だ。
さあ、仲間に出てこいと伝えろ!」
その時、サトリは游がいる位置とは真逆に向かって叫ぶ。
「今よ!」
「このっ!」
游は男の背後から、背中とナイフを持った右手を高圧の水で撃ち抜き、男は血を吹き出しながら地面に倒れ、游はサトリの元に駆け寄る。
「サトリ!なんて無茶を…サトリ?」
游が前に回り込むと、首から大量に出血したサトリが游の方へ倒れた。
「サトリ!?どうして…まさか私の攻撃が!?」
傷口を押さえる游に、サトリは弱々しい笑顔で首を横に振る。
「私が…声を…出した…時…ナイフで…」
「喋っちゃダメ!サトリ?
返事してサトリ!いや…いやーーー」
「(游、最後に…)」
泣き叫ぶ游の腕の中で、サトリは眠りにつく…
「(あの時、サトリは私の腕の中で…)」
「あまり時間をかけたくないのよね」
メデューサは地面に手を当て、意識を集中する。
「毒蛇の導き」
周辺にある全ての物が蛇になり、游を囲むように襲い掛かった。
「避けれない!」
游は一瞬の内に、大量の蛇に包まれる。
「最後の言葉くらい聞いてあげれば良かったかしら」
「(最後…そうか、私死ぬんだ…みんなごめんね…)」
游の体は徐々に石に変わっていく。
「(游、最後に伝えたい事があるの。
私はあなたと友達になれて良かった。
もし辛い事に負けそうになったら、この言葉を思い出して。
私はあなたの側に…そして、私の代わりに、みんなに笑顔を…伝え…て…)」
「(サトリ…)」
游の頭の中に、サトリの最後の言葉が蘇る。
「もういいかしら」
メデューサが游に近付こうとした瞬間、無数の蛇が吹き飛ばされ、ゆっくり立ち上がった游は水に覆われていた。
「ダメだな私…大切な友達の言葉を忘れるなんて」
「それがあなたの力なの。
でも!暴食の大蛇」
メデューサが地面に両手を突くと、一軒家を丸呑み出来る程の大蛇が現れ、游を周辺の物と一緒に呑み込む。
「その大蛇に食べられたら、数秒で骨すら残らず溶けるわ」
「無情の瞳」
大蛇の頭から水の塊が飛び出し、空中で停止すると、レーザーのように水が大蛇をバラバラに裂き、メデューサを狙う。
「くっ!」
メデューサは建物の陰に隠れ、游はゆっくり歩き出す。
「逃げてどうするの?」
メデューサは、壁越しに游を捉え、壁を蛇に変える。
蛇は游に襲い掛かるが、水の壁に阻まれた。
「これでおしまい?」
「さすがにフィラル最強とまで言われただけはあるわね。
使いたくなかったけど…侵食せし猛毒」
一匹の蛇がメデューサの首元に噛みつくと、メデューサの皮膚が鱗のように変わり、髪の毛が無数の蛇になっていく。
「この姿は醜いから嫌なのよ…さっさと終わらせましょう!」
メデューサは飛び掛かり、游は後ろに飛びながら、高速で水を撃ち出すも、メデューサに触れた瞬間に、水が石へと変わる。
「どうして!?」
「今の私に触れた物は全て石に変わるのよ。
もうあなたの攻撃は通じない!」
メデューサは素早い動きで游を追い詰め、壁際に追い込む。
「さあ、どうする?」
游は手を振り上げ、メデューサとの間に水の壁を作り、壁に飛び込んでメデューサに水の塊を投げ付ける。
「無駄だといってるでしょ!」
メデューサは水の塊を弾き、游の腕を掴む。
すると、游は一瞬で石になってしまう。
「虚しい足掻きだったわね」
メデューサはその場を去ろうとした時、周囲を水がドーム状に覆っているのに気付く。
「何なのこれ?」
メデューサが覆っている水に触れ、石に変えるも、瞬時に水に戻ってしまう。
「水の楽園」
「そんな!?確かに石になったはず」
メデューサの後ろには、石になったはずの游の姿があった。
「あなたの毒は恐ろしいわ。
でも、もうその水は毒を中和する。
あなたが私に触れた瞬間に、毒を水に吸収し中和力を得たのよ」
「水だけだと思ったら、液体全般を操れるのね。
なら、直接あなたを殺す!」
メデューサが飛び上がった瞬間、水のドームから無数の水の槍が現れ、メデューサを貫く。
「小娘にやられる…なん…て…」
「この中は、私の意のまま…よ」
游が地面に膝を突くと、周囲の水が消えてしまう。
「久々に…力を使ったから…本当に情けない」
そう言った游は、満面の笑みを浮かべていた。