第十器 国境の街
夜詩とロックの訓練の次の日。
「おはよう」
ホランドが笑顔で教室に入る。
「お、おはようございます。先生、昨日何かあったんですか?」
涼子が教室に流れる嫌な空気を感じて、ホランドに質問する。
「えーっとだな…昨日…」
「俺は負けてねぇからな!あんなのはまぐれだ!まぐれ!」
「別にそれでいいって言ってるだろ」
「くっ!ちょ、調子に乗るなよな!」、
ホランドは深いため息の後、話始めた。
「実は神塚とロックで、実戦訓練したんだよ。まぁ、結果は見ての通りだが…神塚」
「はい」
「お前のあの盾の力は把握出来たか?」
「いや…実はあれから何度か試したんですが、盾のままで」
「ほら見ろ!やっぱりまぐれだったんだよ!」
「ロックは黙ってろ」
「チッ」
ホランドに注意され、ロックは窓の外を睨み付ける。
「あれはある条件下で発動する力だな」
「ある条件下?」
「そうだ。お前は盾でロックの攻撃を受け続けた。
そして、ダメージを蓄積し、増幅させて自分自身の力に変えたんだ」
「そんな能力が…」
「まぁ、お前がしっかり強度を保たないと、蓄積させる前にやられるがな。
ダメージが蓄積されていない状態じゃ、盾の形状は変わらないって事だな。
自分の能力をしっかり把握するのも大事だからな」
「蓄積…」
「お兄ちゃんすごいね!」
「す、すごいです!」
「そ、そうかな?」
「何照れてんだ!次は盾を破壊してやるからな!」
「(上からの思惑通りに能力は開花した。しかし、なぜあんなに早く開花させる必要があったんだ?
確かにフィラルの状態を見れば、戦力はほしいところだが、経験の浅い神塚をなぜ…)」
「…せい、先生!」
「ああ、悪い。どうした?」
「授業やらないんですか?」
「あ、ああ!そうだな。じゃあまずは波の応用編だ。波は能力を扱う以外に、身体能力や治癒力を強化し…」
それから数日が経ち、休みの日に夜詩、游、アリス、涼子、ロックはホランドに呼び出された。
「実はお前達に任務をこなしてもらう。詳細は現地の仲間に聞いてくれ」
ホランドはそう言って去っていき。夜詩達は車に乗せられる。
「任務って何だろう?」
「お兄ちゃん頑張ろうね!」
「足手まといになんなよな」
「ロック君そんな言い方したらダメだよ」
「游は何か聞いてないのか?」
游は窓の外を眺めて、夜詩の言葉は耳に入っていなかった。
「游?どうした?」
「え?あ、ごめんなさい。少し考え事してて…」
「そうか。何かあったら言ってくれよな」
「うん…ありがとう」
游はそう言ってまた窓の外をただ見ている。
それから数時間経ち、ようやく目的の街に到着した。
「小さな街だな。えーっと…テッドシティか」
「君達が増援部隊だね?」
夜詩達は声がした方を向くと、アロハシャツに短パン、サングラスをした男が笑顔で手をあげている。
「そうですけど…あなたは?」
夜詩が返事をすると、男は背を向け手を伸ばす。
「立ち話もなんだから、場所を変えよう。「世界の抜け道」」
男がそう言った瞬間、目の前にドアが現れ、男が入っていく。
「能力者!?」
夜詩達は驚きながらも、男の後を追うように恐る恐るドアへ進む。
ドアを抜けた先には部屋があり、先程の男とエプロンを着けた眼鏡の男が立っていた。
「ここは?」
「ここは街の地下さ。おっと、自己紹介がまだだったね。俺はルーティー・クラウド、ルーって呼んでくれ」
「僕はミスト・イーター、雑務が仕事。取り敢えず適当に座って」
夜詩達は、それぞれ空いているイスに腰を下ろし、自己紹介をしていく。
「ルーさん」
「ルーでいいよ。なんだい夜詩?」
「ルー、街中で力を使っていいんですか?」
「ああ、この街は保護された能力者しか住んでいないんだ」
「なるほど…あれ?アルガードには住まないんですか?」
「一旦はアルガードに連れて行くんだけど、全員が能力を使いたいと思わないんだよ。
中には普通の生活をしたい、でも一般社会では生活が難しい。
そんな人達のためにある街なんだ」
「そうだったんですか。この街での任務って一体?」
夜詩の質問に、ルーとミストの顔が曇る。
「実は謎の事件が起きていてね」
「謎の事件?」
「うん…最近…」
ルーは事件の詳細を語り始めた。
住人が消え、大量の血痕だけが残り、他には一切の痕跡がなく、犯人像すら謎のまま。
「それに俺達の仲間も一人やられた…」
「くっ…僕も能力者だったら力になれたのに」
「ミストさんは能力者じゃないんですか?」
「うん、僕は能力は持ってないよ。でも、君達の事は大切な仲間だと思ってる」
「ミストの料理は天下一品なんだよ!」
「言い過ぎだよ」
「游お姉ちゃんも料理は得意なんだよね」
「アリス、私の料理なんて全然」
「へぇ~、じゃあ僕の代わりに作ってもらおうかな?」
「ま、待った!」
夜詩が慌てて話に割って入る。
「そんなに慌ててどうした?」
「あ、いや…えっと…(游の料理は不味いなんて言えないし…)ミ、ミストさんの仕事を取らない方がいいんじゃないかなぁ」
「それもそうね。料理はミストさんにお任せします」
「そうかい?じゃあ美味しい物をいっぱい作るよ」
「(た、助かったぁ…)えーっと…犯人の目星はついてるんですか?」
「全く…能力者なのはわかってるんだが、街にはそんな能力を持った人間はいない」
「なら、外部の犯行…動機もわからないですね。被害者の共通点は? 」
「これといったものは特に。
そもそも、死体を持ち去る意図がわからない。
犯人が手がかりを残さないようにしてるのか、別の意図があるのか」
「手がかりが少ないですね」
「まぁ、今日の所は一旦休んで、明日手分けして調べてみよう。
ミスト、腹減った」
「わかったよ。みんなの部屋は用意してあるから、好きに選んでいいよ」
「ありがとうございます」
夜詩達は部屋を出て、それぞれ寝室を選ぶ。
途中、ロックが夜詩の隣は嫌だと言い出したが、女の子の隣がいいのかと言われ、渋々夜詩の隣になった。
その日の夜、全員が寝静まった頃、街を謎の影が飛び回る。
次の日、夜詩達は、それぞれ街を調べ回り再び部屋に集まった。
「何か収穫は?」
「何も…」
「あ、あの…1つ気になる事を聞いたんですが」
「どんな事だ?」
「は、はい!最近、夜中に影のような物が街の中を動き回っているとか」
「影か…調べてみる価値はありそうだな」
「涼子ちゃんお手柄だよ!」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ、夜中に街を見張ろう」
その日の夜、夜詩達は、街に身を潜めながら、影が現れるのを待った。
「全員戦闘準備はいいな?
俺は戦闘タイプの能力じゃないから頼んだぞ」
ルーが後方から声を掛ける。
「任せろ。俺一人でも十分だ」
「ロック、声が大きい!」
游が注意したその時、月明かりに照らされ、黒いフードコートを着た人物が辺りを警戒しながら夜詩達の前を通りすぎる。
「あいつか!」
「ロック待てっ!」
夜詩の制止も聞かず、ロックはフードコートの人物に殴りかかった。
しかし、簡単にかわされ、逆にロックが腹に蹴りを受ける。
「ぐっ…こいつ」
フードコートの人物がロックに襲いかかろうとした時、夜詩が背後から鎌を降り下ろす。
火花が散り、金属音が夜の街に響く。
「小太刀?」
フードコートの人物は夜詩を振り払い、小太刀を構える。
「そこまで!」
游の言葉で全員が動きを止めた。
「游?」
「もう悪ふざけはやめて」
「別に悪ふざけじゃない。少し力を試しただけだ」
フードコートの人物がフードを取り顔を出す。
「刀磨!」
「少しは成長したみたいだな」
月明かりに照らされた刀磨に全員が歩み寄る。