第九器 力の解放
「全く、ロックはいつもやり過ぎだ!」
ホランドが教室を片付けながらぼやく。
「力が有り余ってんだよ」
「でも、お兄ちゃんはなんで波が制御出来ないんだろう」
「そ、それはたぶん、まだ初歩を知らないからかも」
涼子が夜詩を見ては、床を見てを繰り返しながら言う。
「初歩?」
「そっか!本当は力を具現化する前に鍛練するんだけど、お兄ちゃんはそこを抜かしちゃったから、力を使う時だけ、波を操ってるんだよ」
「そ、そうなのか(刀磨め!)」
「やっと片付いた。じゃあ神塚、目を瞑って体の中に流れる波を感じてみろ」
「は、はい」
夜詩は立って目を閉じ始めた。
「波を感じたら、それに意識を集中させ広げる」
波を感じる事は出来たものの、それから何分経っても、夜詩に変化は起きない。
「お前…才能ねーんじゃねぇの?あははは!」
「う…」
「ちょっとロック!大丈夫だよ!人それぞれのコツがあるから」
「そうなんだ…」
「あ、あの私のやり方やってみますか?」
「じゃあお願いします」
「目を閉じて…自分が黒い水に溶け込むイメージをしてください。
そこに、1滴の白い雫が黒い水に落ちて、白が広がっていくイメージです」
「わかった(黒い水に溶け込み…白い雫が落ちる…それが…)」
「なんも起きねぇじゃねぇか。やっぱり才能ねーんだろ」
「ちょっと待って…波が広がり始めてる!」
夜詩の体から少しずつ光りが広がり始める。
「(なんだか体が熱い…広がるイメージ…もっと…もっと)」
「やればできるじゃないか。
じゃあ、その感覚を忘れないようにな」
しかし、ホランドの言葉は夜詩には届いていなかった。
「お兄ちゃん?きゃっ!」
アリスが夜詩に触れようとした時、手が弾かれてしまう。
「ア、アリスちゃん大丈夫!?」
「う、うん。でもお兄ちゃん波がどんどん大きく」
ロックの時以上に教室の中で風が吹き荒れる。
「か、神塚!止めろ!」
「こ、こんなにお兄ちゃんの波がすごいなんて」
「なんだよ!(くそ!立ってられねぇ)」
教室の中の物はすべて吹き飛び、教室自体が音を立てながら壊れ始めた。
「お兄ちゃん!…ダメ、アリスの声でも届かない」
「アリス!お前の力で俺をあいつの側まで飛ばせ!ぶん殴ってやる」
「でも…わかった!いくよ!」
「(広がる感覚がわかる…こうすればいいのか。
そろそろ…)」
ロックが殴り掛かろうとしたその時、夜詩から光りは消え風も収まっていく。
「ふぅ…え?」
「なっ!バカ!」
夜詩はロックに殴り飛ばされ、気を失う。
「お兄ちゃん!」
「か、神塚さん!」
「神塚!」
「すっきりしたぜ」
それから少しして夜詩は医務室のベッドで目が覚める。
「あれ?俺なんでここに?」
医務室には、アリス達の姿があった。
「お兄ちゃん!大丈夫?ロックのバカが思いっきり殴るから」
「ちょっ!お前だって共犯じゃねぇか!そもそも、そのバカが止めないからだろうが!」
「全く状況が掴めないんだけど」
頬を擦りながら、状況を理解できない夜詩にアリスが細かく説明し、ようやく自分の置かれた状況を理解しベッドから降りて頭を下げる。
「ごめん!集中し過ぎて周りの状況が全くわからなかった」
「お兄ちゃん気にしないで。みんな無事だったし、問題なし」
「ご、ごめんなさい。私がしっかり教えなかったから… でもあんなにすごいと思わなかった」
「涼子ちゃんは悪くないよ。そんなにすごかったのか?」
「力が目覚めて間もないのに、あそこまで波が出せるなんてすごいよ!今のアリスの全力以上だよ!」
その時、医務室の扉が開き、ホランドが入ってきた。
「どうだ神塚?授業受けれそうか?」
「大丈夫です。迷惑かけてすみませんでした」
「気にするな気にするな!さぁ、教室は使えないから、すぐそこの自由室で続きをしよう」
夜詩達は近くの自由室に向かい、授業を再開する。
「さて、波のコントロールは今度にして、能力者の能力の段階を説明しよう。
まず、初期段階は力の発動、自分の器を具現化させる。
二段階目は発動した力の解放、簡単に言えば力独自の能力だな。
三段階目は器装と言われている、高めた波を一気に放出し、能力の限界以上の力を引き出す。
しかし、器装は強大な波を操れないと、成功しない。
器装は次元の違う強さだ。
そしてもう1つ…呪装だ」
「不気味な感じだな」
「呪装は恐ろしい…
爆発的な力を生み出すが、代償に自我を失い、それぞれ決められたルールを終えないと元には戻れない。
死ねば別だがな」
「(死ねばって…)ルールってなんですか?」
「まあ、人それぞれ何だが、俺の知ってるやつのルールは、殺した相手の心臓を食べるだ…」
部屋の空気が一気に張りつめる。
「呪装は波を濁し、自分の体を痛め付ける。
本当は必要ない能力だ。
呪装は強い負の感情で発現する事が確認されている。
怒り、憎しみ、悲しみ、だから人である以上、避けては通れない…心を鍛えて呪装を使わないようにしないとな。
そうだ、神塚とロックに付いてきてほしいんだがいいか?アリスと黒崎は自習だ」
「はい」
「ちっ、なんで俺が」
夜詩とロックは、ホランドの後に続き、ドーム型の大きな建物に着く。
「ここは訓練場だ。ここで二人に戦ってもらう」
「戦う?」
「勝負にならねぇって」
「上からの指示でな。神塚は盾だけで戦うんだ」
「盾だけで!? 」
「仕方ねぇな。死んでも恨むなよ!」
「ははは…」
満面の笑みで拳を握るロック、笑顔が引きつる夜詩が向かい合う。
「(これになんの意味が…)始めっ!」
ホランドの合図と共に、ロックは地面に右拳を突き立てると、波を右手に集中させ始める。
「いったい何を…!?」
すると、ロックの右手に地面の土が集まり、大きな手に形が変わっていく。
「さあ、準備出来た!いくぞ!」
ロックが殴りかかり、辛うじて避けたが、ロックの拳が地面にぶつかった衝撃で吹き飛ばされる夜詩。
「くっ!(あんなのまともに受けたらひとたまりもない)」
「いつまで逃げれるかな?」
更に殴り掛かってくるロックをかわしながら、夜詩は盾で攻撃を受け止めるが、軽々と吹き飛ばされた。
「うっ。(手が痺れてる。後ろに飛ばなかったらやばかった)」
「なかなか身のこなしはいいな。でもこれならどうだ!非情の雨」
ロックの右手の甲に3つの穴が現れ、穴から無数の土の塊が飛び出す。
「なっ!」
夜詩は両手に盾を着け、ロックの攻撃を受け続ける。
「どうした?まだまだこんなんじゃねぇぞ!」
ロックの左拳にも土が集まり、右手と同じように、土の塊を撃ち出す。
すると、夜詩は徐々に後ろに押され始め、ついに壁際に追い込まれる。
「守るしか出来ないのか…このままじゃ…守るだけじゃ…」
「これで終わりにしてやる!大地の怒号」
ロックが両手を合わせると、手が大きな筒になり、巨大な土の塊を撃ち出した。
「(無理だ…受け止めれない…くそっ!くそっ!)」
巨大な土の塊は夜詩に直撃し、砂埃が広がる。
「ロック!」
「これが俺の実力だ」
二人の戦いを見ていたホランドが大声をあげた。
「本当にお前は… それより、神塚!大丈夫か!」
ホランドが砂埃に近付こうとした時、強い風が巻き起こり、砂埃を払い飛ばされ、ボロボロになった夜詩が現れる。
「これは」
「い、生きてたか。ま、まあ、なかなかやるじゃねぇか」
「次は…」
「なんだよ?まだやるか?」
「次は俺の番だ。龍の逆鱗」
夜詩の手には盾ではなく、ガントレットが装着され、凄まじいスピードでロックに近付き、軽く跳びながら拳を突き出す。
しかし、ロックは紙一重でかわし、後ろに下がった。
「へっ!当たる…なっ!」
かわされた夜詩の拳はそのまま地面に触れると、爆風と共に辺りの地面とロックを吹き飛ばす。
「うわあぁぁぁ!」
「くっ!ロック!」
ロックは壁に叩き付けられ気を失い、地面に倒れる。
「はぁはぁ…出来た…」
そう言って、夜詩も地面に倒れてしまう。
「これが神塚の眠っていた力…神塚!ロック!」
ホランドは二人に駆け寄り、大きな窪みの中で倒れる夜詩のガントレットは美しい銀色の輝きを放っていた。