聖女は咲い、天使は嗤う
前髪を揃えたストレートロングの鮮やかな金髪。
澄んだ瞳に艶やかな肌。
清楚な雰囲気を醸し出す、シンプルだが仕立ての良い制服。
白人特有のバタ臭さが無く、スッキリとした顔立ちをした、美をつけるに相応しい少女。
聖人
奇跡を起こした人として、教会に認定された偉人の総称。
だが、彼女の場合は意味合いが異なる。
“天使に愛されし者”
天使に祝福され、銀の匙を持って生まれた天然の魔術師。
後天的に力を手に入れた、俺のような魔術師の対局に位置するモノ。
それが、四条恵梨香。
俺の戦果を掠めとった、敵性存在であり、この領域の新たな支配者だ。
―――厄介なモノに出会っちまった。
魔術師と一口に言っても、その実は千差万別。
だが、その中でも天然魔術師は例外的存在と言える。
多大なる努力と、相応の“対価”を払って魔術師に“成った”、普通の魔術師と違い、生まれた時点で、すでに魔術師で“有る”モノ。
守護天使に愛され、いちいち契約で縛らずとも、天使は術者の望みを叶え。
知識や経験はなどもいらず、ただ己の才能と感性のみで魔術を操り、自在に奇跡を起こす。
それでいて、研鑽を積めば、さらなる高みへと至る可能性を合わせ持つ、運命に贔屓された天の申し子。
初期値が高く、伸び値も高い。それが天然魔術師。
普通、魔術師は力を隠す。
魔術師であることを知られるデメリットを、よく知っているからだ。
だが、天然魔術師は、力を隠さない。
厳密には“魔術師の気配”を隠さない。
人前で力を使わないようにするくらいの配慮はしても、力を持つモノが放つ存在感までは気が回らないからだ。
だから分かる。目の前の人物が魔術師。またはそれに比するモノだと。
そして、放たれる波動の質から、俺は天然魔術師だと判断した。
―――それも、極上の天然魔術師だと。
敵にするには最悪だが、贄にするなら最良。
なぜなら彼女は魔女と呼ぶより、聖女と呼ぶべき存在だからだ。
―――さあ、敵として仕留めるか? 贄として誘いこむか? それとも……。
現在、俺の魔力量は約500。
力のある魔術師の魂を守護天使が取り込めば、ある程度は使役者にフィードバックされる。
その結果が+100に繋がったわけだ。
だが、目の前のコイツの魔力量は、凡そ2000。
そこに領域からの配給が加わることになる。
仕留めることが出来れば、+200~300は見込める美味しい獲物だ。
――――仕留めることが出来るなら、だ。
目の前の相手に敵意は無い。
俺を警戒してる様子もない。
つまり、不意を突き、隠し持ったカッターナイフで掠り傷でも負わせれば勝ち……とは、行かないのが残念だ。
俺の魔術特性“生命を憎む剣の呪い”が“通れば”殺せるが、そう簡単には逝けば苦労は無い。
矛と盾。
どんな防御も貫く魔術特性を持つ者と、どんな攻撃も防ぐ魔術特性を持つ者。
その二人が戦えば、どっちが勝つか?
答えは、魔力量の高い方が勝つ、だ。
正確には、領域の分も含めた魔力総量が多いほうが、相手の幻想を飲み込んで上書き、結果、特性を無力化して勝つってことで……魔力総量で圧倒的に負けてる現状では、俺の魔術特性も通じない可能性が高いってことだ。
―――やはり、俺はまだ弱い。
もっとも例題の矛楯は、極端な例であって、実際は相性や属性、戦い方などでいくらでもひっくり返る。
それにそもそも、相手が必ずしも、矛に有効な盾を持っているとは限らない。
現にビスは殺せた。
そう、弱かろうと、下克上は可能だ。
―――だがらと言って、わざわざバクチに身を投じる必要はない。
現時点でも勝算はあるが、それは針穴に糸を通すに等しい。
何度かやれば確実に成功する程度の難度だが、それを一発で成功させないと、即敗北となれば、賭けるには分が悪い。
「どうも有り難うございました。
おかげで、肩が軽くなった気がします」
だから、ここは引くべき場面だ。
「これも主の、お導きでしょう
それでは確かに、コレはお預かりします」
“保険”を用意していて正解だった。
「古い品には、良きにせよ、悪しきにせよ
持ち主の念が宿るモノです。
出処の怪しい品には、注意することです」
それは、軽く呪われた呪物。
「はい、それでは、これで失礼します」
古民具屋から適当に仕入れた品に、俺が咒を込めた手製品。
「また、いつでもおいでなさい。
貴方の先に、主の御加護があらんことを……アーメン」
命を脅かさない程度の軽い呪いを仕込んである。コレを敢えて身に着けてきたのは、このためだ。
魔術師としての気配は隠してあるが、僅かに漏れ出る、身に染み付いた呪力を完全に消し去るのは不可能だ。
だったら、より大きな気配を放つ呪物を身に付け、目をそらせば良い。
それに、この程度の“呪い《カース》”
俺なら、余裕で抵抗できるので持ち歩いても実害は無い。
想定通り、こいつらが俺に纏わりついた異様な気配に感づいたが、その原因は呪物だと思い込んでくれた。
さらに親切にも、呪物の浄化を申し出てきたので、快く受渡すことにした。
モノ自体の価値もそこそこはある。
だったら破棄よりも、解呪を選ぶだろうと思ったが、案の定だ。
―――盗聴器を仕掛けておいて正解だった。
こういった輩は、親切心と下心から、頼んでもないのに、余所の問題に、わざわざ首を突っ込み、解決を申し出ることが多い。
だからそこに付け込む。
恩を仇で返すのは外道の所業だが、元より理外の道を行く魔術師には関係ない。
それが俺の選んだ道だ。
正道と外道。
本来交わることの無い平行線。
だが“縁”が繋がったなら話は別だ。
「そう、出会っちまったら、しょうがない……」
「え? なにか言いましたか?」
「いえ、何でもありません。
それでは、お世話になりました! また折を見て礼拝に来ますね」
「はい、お持ちしています」
営業スマイルではない。
素の表情で微笑む彼女に背を向け、軽く一礼した後、俺は、この場から立ち去った。
――――――
―――
――
「あら? リーエル様。どうなされたのですか?」
「どうした?」
「……はい、わかりました。
速やかに、対処いたします」
「神託か?」
「いいえ、リーエル様からの忠告です
―――先ほどの少年には気をつけろ。だ、そうです」
「……コレほど強く、呪われた品を持っていたのは、偶然では無いと言うのか?」
「わかりません。
天使様は、ただ警戒するように、と、そう、言っておられます」
「……理解できん。
だが、天使様の忠告なら、無視するわけにも行かぬか……。
諜報班に動いてもらうとしよう」
「私はどうしましょう?」
「動かなくて良い。
お前はには、他にやってもらうことがある。
土地神の相手は、お前くらいしかできんからな……」
「荒事は避けたいと、言ったはずです」
「こっちも前に、諦めろ、とハッキリ言ったはずだ。
なに、気に病むことはない。神と称されているが、所詮はまがい物……。
唯一無二の正義は我らにある」
「そう、リーエルも、そう賛成なのね……。
わかりました。
主のご意思に従います」
「うむ、それで良い。
それこそ、聖戦士の本分であり、使命である!
速やかな執行を期待する」
「はい
それでは、失礼致します」
「うむ」
ガチャ、キィ、バタン
「天使に聖女……か、ハッ!
アノ化け物どもと、何処が違うと言うのか……主の考えはやはり理解できんな」
――
―――
――――――
インカムをスマートフォンに繋いだまま、教会近くの喫茶店でコーヒーを頼む。
頼んだコーヒーが運ばれてきたので、インカムを耳から外した。
黒幕は伊草神父で確定……だな。
だが、神父は雑魚だ。
諜報班とやらの実力しだいだが、脅威になるとは思えない。
問題はやはり、聖女だ。
土地神のどうのってことは、領域絡みだろう。
領域の価値は、魔術師が一番良く知っているが、それ以外のヤツラが知らないわけじゃない。
つまり、こいつらは、土地神相手に領域争いを仕掛けるつもりらしい。
土地神の強さは千差万別。
聖女のみならず、神父程度の雑魚でも勝てるくらい弱った土地神もいるにはいる。
だが、だからといって土地神に領域争いを仕掛ける魔術師は滅多にいない。
なぜなら、クソ弱かろうと神は神だ。
文字通り“格”が違う。
手を出すなら、相応の覚悟と準備が必要だ。
―――はっきりいって、こいつらが、その“相応の準備”をしてるとは思えない。
何の準備もなく、ただ土地神を弑せば、その土地は荒れる。
人が近づけない、人外魔境が生まれるだけで、誰も得しない。
こいつらの……伊草神父の目的は不明だが、どうせろくな事ではあるまい。
より詳しく調べる必要がある。
それよりさしあたって、聖女の動向の把握が急務だな。
だが近づくのは危険だ。
さすがに天使の目を、何度もごまかすのは厳しい。
すでに影の端は掴まれてる。
こんど相対すれば、完全に見抜かれる可能が高い。
ならばいっそ、正面から……いや、勝算が低すぎる。
―――情報が足りなすぎる。
「人の相手は、やはり人に、任せるのが一番か……」
残ったコーヒーを一息で飲み干した後、
スマートフォンを片手で動かし、友人を呼び出すことにした。
「……今暇?
そう、暇ならちょっと会えないか?
いや、大したことじゃないんだ、ちょっと相談したいことがあるんだ……」