信じる者は、足を掬われる
世界的に有名なキリスト教系の新興宗教“輪光協会”
その支部の一つが、ビスの支配地に有った。
その領域は、ビスを排した時点で、空白地となる。
無論、俺も摂取しようとしたが、距離の差は大きい。当然のように、そいつらに先を越された。
こちらから攻め入ったのなら、仕留めた時点で半自動的に勝者の領域になるのだが、今回は生憎と防衛戦だ。
防衛戦では、勝ったとしても、負けに来た者の領域は早い者勝ちとなり、こんな風に、漁夫の利を取られることがある。
防衛側は、ローリスク・ローリターン。
攻撃側は、ハイリスク・ハイリターン。
―――上手い話なんて無い。
だが、だからと言って、泣き寝入りする道理も無い。
漁夫の利を得ると同時に、虎の尾を踏んだ事を思い知るが良い。
例えソレが、魔術師の決まり事を知らない相手だとしてもだ。
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偵察用の使い魔“見つめるモノ”を使って、敵情視察を行う。
使い魔の得た情報は、念写の技術を応用し、携帯を通して、デジタル情報に変換、リアルタイム動画として見ることも可能だ。
ただ、二重三重に迂回路を経由してるため、さほど鮮明ではないのが欠点だ。
こういった偵察には、同調型を使った方が、より詳細な情報を得ることができるのは分かっている。
だが、めったにない事だが、その経路を逆に辿られ反撃を受ける危険性も生じる。
今回のように、相手の技量が測れない、未知の相手なら非同調。単独行動型の方が安全だ。
その代わり、得られる情報も少ない。さらに、干渉に気づき難く、偽情報を掴まされる可能性が上がる。
―――上手い話なんて無い……が、抜け道は有る。
ファーストフード店の二階。その端の席に座り、携帯を片手にイヤホンマイクを付ける。
手に持った携帯に写る映像は鮮明で、耳に入る音声も雑音除去機能が効いて、ハッキリと聴こえる。
何のことはない。使い魔に、CCDカメラと集音マイクを、物理的に持たせただけだ。
電波がさほど強くなく、ある程度近くにいないと使えないのが不便ではあるが、安全を確保した上で、詳細な情報が得られるのであれば些細な事だ。
「……地区の封印はどうなりました?」
「滞り無く終了しました。これも主のお導きでしょう」
「懸念されていた、魔女の妨害は無かったのですか?」
「我らに恐れを無したのでしょう、姿を見せませんでした」
「そうですか、それは善き事です」
伊草神父。ここの支部長であり、そこそこの術師のようだ。
ビスと正面から殺り合っても、数秒は持つ程度の実力はありそうだ。
当然、支配者はこいつじゃない。
実働部隊と思われる者の実力も低い。
もっともそれは魔術的な意味であって、物理的な強さは侮れない。
別の使い魔へと、視点を切り替え有る。
こちらの映像は荒れているが、ソレが何なのか判別するのに支障はない。
「こいつら……テロでも起こす気か?」
映しだされたのは、銃器の詰まった箱だ。それも一箱だけではなく、数箱ある。
ここの警備は厳重で、実体を持ったタイプの使い魔での侵入は無理があったので、しかたなく非実態型を使っている。
そのため、この情報の信頼性は高くはない。
だが、こいつらの魔術の程度を考えると、惑わされた可能性は低く、逆説的に情報の確度は高まる。
こいつらの目的は、まだ不明だが、非合法の武装集団であるのは確実だ。
―――通報するか?
いや、“他人”に任せるには、まだ早い。
一般人の排除には、一般人が有効だが、現時点ではまだ、闇に葬るべきか、表に曝け出すべきかの判断がつかない。
そのための、情報が足りない。
相手の力量は凡そ読めた、これなら十分勝てる。
ならば、第三者の介入がある前にカタをつけるべきだ。
―――虎穴に入るとしよう。
携帯を閉じ、コーヒーを飲み干す。
立ち上がったその足で、俺は輪光協会の支部である、教会に向かった。
「あの……すみません。懺悔をしたいのですが……」
魔術師としてではなく、ただの高校生として、教会を尋ねる。
使い魔の存在に気付けない程度の輩に、魔術師であると見破られる可能性は低い。
念のため、ダミーも用意してある。問題はない。
万引きと言う、学生にありがちな罪をでっち上げ、その懺悔を理由に中に入る。
当然のごとく懺悔室に通され、壁の向こうの係員に懺悔を行う。
演技はさほど得意ではないが、淡々と語ることで、悲しみを堪えてると思わせるくらいは可能だ。
悪い友人に誘われ、ついヤッてしまった。と、適当なことを告げ、懺悔を終わらせる。
その後、祈りを捧げたいと理由をつけ、礼拝堂に向かった。
礼拝堂には、殆ど人はいない。
信心深そうな老人や、どこか背中の煤けた、冴えない中年男性が居るくらいだ。
だが、1つだけ異彩を放つモノがある。
礼拝堂の奥。教台の後ろに鎮座された聖印。現人神の最後を象った十字架、そのものだ。
もともと十字架自体、2000年以上重ねられた幻想の象徴だ。
オモチャのような代物でも、そこそこの力はある。
だが、目の前のコレは別格だ。
聖遺物でも仕込まれてるのか、放たれる後光が尋常じゃない。
教会内は、廃墟でも、構造的に聖域として扱えるが、ここは既に神域と言って良い状態だ。
使い魔からの情報には無かった。
それはそうだろう、使い魔如きでは、近づくどころか、認識することすら出来まい。
―――虎穴に入ったら、龍が出た。と言った感じだ。
「君、見ない顔だね? 礼拝は、始めてかい?」
撤退を考える俺の背後から、冴えない風貌の中年が声をかけてきた。
無視しようと思ったが、予感が働き、素直に振り向くと、そこには天使が居た。
「ねえ、あなたお名前は?」
鮮やかな金髪の少女。
「……八坂。八坂湊……です」
ハーフなのか、顔立ちは日本人と変わらず、角度に寄っては蒼く見えなくもないが、黒い眼をしている。
近くにある、ミッションスクールの制服を着た彼女は、この地の新たな支配者だ。
「私は、恵梨香。四条、恵梨香。よろしくね」
こうして俺は、天使に祝福された少女と出会った。