ガラスの靴は何処や?
肉体と魂の“縁”を断ち切り、死に至らしめる。
それが俺の魔術特性の本質。
何人も逃れ得ぬ、言葉通り、必殺の剣。
だが、断ち切ったはずの、縁が、仮初のモノだったら?
―――何のことはない、俺は最初から偽物を相手してたわけだ。
犠牲者は、魔女に魔法をかけられ、舞踏会に出席した。
だったら、断ち切るべきは命ではなく。操り人形の糸だ!
「呪剣想起」
「また、それ?
いくら領域内だからって、大盤振る舞いしすぎじゃないの?
「民を導く燈篭剣」
かつて遣った魔剣と異なり、禍々しさではなく、荘厳な雰囲気を持つ王剣が現れる。
「え?!」
「この類の剣は、性に合わないからあまり使いたく無かったんだがな……」
肩をすくめ、全身で気だるさを表し、剣を構えないまま軽口を叩く。
あからさまな挑発だったが、ビスはそれに反応する。
「さっきのとは、また別の意味で危険なようね」
「無知蒙昧で、ただ流されるだけの民草を導くのが王の役目
―――あくびが出るほど、面白味の無い特性を持った剣。それが、コレだ」
「似合わないわね」
「ああ、自覚している。
―――だが、似合わないのはお互い様だ」
迫り来る灰色の土槍を、剣で撫でるように切り払う。
命無きモノを相手取るなら、こういった“普通”の剣の方が向いている。
次々と繰り出される、槍の逆雨を剣で切り払い、僅かな隙間を掻い潜りビスに立ち向かう。
態度は余裕だが、繰り出される攻撃に粗が見えてきた。
なんとなく察しているのだろう―――“こいつで切られたら終わり”だと。
「せいっ!」
剣を水平に薙ぐように踊らせ、正面から切り込む。
当然のように障壁に弾かれるが、その反動をくるりとした流れで、ニ撃目と繋ぐ。
それもまた障壁に捌かれるが、気にすることなく三撃目、四撃目へと繋ぎ続ける。
こういった連撃は体力を削る悪手だが、相手は魔力も削る。
トータルで見れば、十分有効だ。
ビス……いや、シンデレラに武術の心得は無い。
だからこそ、こうやって接近戦を挑まれても、障壁で防ぐことしか出来無い。
さらに、こうやって意図的に緩急を付け、虚撃を織り交ぜれば、その防ぐことすらままならなくなる。
そして、生じさせた隙に、決定的打となる一撃を与えようと、一歩踏み込む。
「これで終わりだ」
「ええ、あなたがね!」
それを向こうも狙っていたのか、足元から迎え撃つように腹部目掛けて土槍が飛び出してくる。
―――やってくれる。
踏み込みに合わせられては、回避のしようが無い。
だが、それくらいの抵抗は想定済。
障壁で正面から受け止める。
勢いを敢えて逸らさず、衝撃を受け止めたまま、大幅に弾き飛ばされる。
また、仕切りなおしか? 否。
飛ばされた空中で体勢を立て直し、二条の線を地面に描いて勢いを殺して着地。
そのまま、何事もないように立ち上がった俺の手に、剣は無い。
剣は、ビスの腹部を正面から貫いていた。
「え・・? あ・・・?」
何のことはない。弾かれる寸前に、踏み込んだ勢いのまま剣を手放しただけだ。
魔力で生み出された、一時的な作り物であろうと実体化されていれば、物理法則。
慣性の法則に縛られるのを利用した訳だ。
「……………」
何か言おうと口を僅かに歪めさせるが、それは言葉とならず、ぐらりと身体を傾がせ、ビスは倒れた。
「民を導く燈篭剣
―――その真価は、“支配力”」
倒せないなら、殺せないなら――――その身柄を抑えれば良い。
そして、さほど殺傷力の高くない王剣であろうと、俺の魔術特性が加われば、必殺の一撃となる。
シンデレラの魔法を、王剣の支配で上書きする。
さすがに強固な幻想だけあって、逆支配にまでは至らないが、中和は出来た。
「許可する」
守護天使を解放。こんどこそ、その魂の咀嚼する様を見届ける。
魔術師同士の領地争い。そのもっともポピュラーな手法が、自分の手駒を送り込むことだ。
使い魔なり、部下なり、“人形”なりなら、敵地に踏み込む危険を最小限に出来るのだから、当たり前といえば当たり前だ。
だが、手駒は所詮格下。送りつけた所で返り討ちに合うのが関の山だ。
そのため、ポピュラーな手段では有るが、実際には余り使われることのない手でもある。
しかし、ビスの場合は違う。
魔術特性によって―――シンデレラの魔法によって、その手駒を術者自身と同格まで引き上げ。
最適手を可能とする、恐るべき能力だった。
「呪剣想起」
だからこそ、止めを刺す。
哀れるべき犠牲者は仕留めたが、肝心の魔女を―――灰の魔術師を仕留めていない。
放置すれば、再び新しい手駒が送られてくる。
しかも、こちらの特性や戦法に合わせた、確実に勝てるような手駒を……。
故に、ここで仕留める。
「突き通す報復の十字剣」
歪な十字を描く異質な魔剣を手に取る。
これは、報い。
領地を侵す、侵略者への怨嗟。
民を害され、己を滅ぼさんとする者への応答。
シンデレラに纏わりついた魔力の残滓。
連なる見えざる術者の現身。
それ穿ち貫く白刃……。
「天に唾せし者に裁きを!」
呪術の基本 “呪い返し”
それを行うに相応しき幻想を持つ剣。それがコイツだ。
袈裟斬りに振り下ろした白刃は、操り人形の糸を辿り“操者”を切り裂いた。
――――
―――
――
「朝のニュースです。
本日未明。……区の風俗店経営者の……が~遺体で発見されました
発見したのは同居人の……で、遺体の損壊は激しく、大きな刃物のようなもので切られた跡が有るため
警察は殺人事件であるとして捜査を開始しました。
密室で起きた凄惨な事件に、辺りは騒然となっているとのことです。
それでは、次のニュースです。
愛国を掲げ、新たに結成された新党についての話題です。
現場の………」
「やーねえ。隣町じゃない。
ぶっそうな事件ね、湊も寄り道なんかしないで、暗くなる前に帰ってきなさいよ」
「……ああ、分かった」
反呪対策の羊じゃないなら、これで終了だと、食事を止め、ため息ついて立ち上がる。
「てきとうに返事しないの! ちゃんと聞きなさい!」
「行ってきます」
「あ、ちょ!? まだ話は終わって―――」
さすが師匠。反応に違和感が無い。だが、人形遊びの趣味はないので、相手もそこそこに、カバンを掴むと言葉を返さず玄関に向かう。
「まったくもう……反抗期かしら?」
呟かれた一言に苦笑を浮かべ、靴を履く。
やるべき事は山積みだ。
ビスの言っていた、哲学者の石の捜索と回収。
雑用を任せる“使い魔”の制作。
使った呪剣の後始末に、その反動の処理。
撃退した、灰の魔術師の縁者の動向監視
期末テストの対策と予習。
――――学生と言う身分が煩わしい。
だが、身を守るための擬態としては優秀なので、捨てるにはまだ早い。
それに、ようやく“自由”になれたのだ。
思うがままに――――“魔術師”として生きるにはやるべき事をやるしかない。
さあ、始めよう。
思うままがままに、世界を蹂躙するために
遊び場を広げるために
まだ見ぬ異界の、扉を開くために―――聖約。