お伽話と現実の格差社会
<死に損ないに非ず>
うつ伏せに倒れた、ビスに近づく。
その瞬間。ビスの体は青白い炎に包まれ。文字道理――――“灰”になった。
警報を鳴らす第六感に従い、後ろも見ずに飛び下がる。
「あはははははっ!! 死んだと思った?
殺せたと思った? はい、せ~かい! ワタシは死にました~あっははは!!」
それと同時に、飛び退く前に居た場所を飲み込む紅蓮の炎が上がった。
「……抵抗ではないな。
そうだ、お前は確かに死んだ。確かに――――殺した。それに間違いは無い」
ビスの周囲に燃え上がった業火は、瞬く間に鎮火。
そして、地面に残った黒々とした焦げ跡の中心地に、ビスは悠然と佇んでいた。
「まったく。まさかのまさかよね。
このワタシが、本当に切り札を切らされるなんて……」
「だとしたら、守護天使に食われる前に、復活したのか?
――――バカな。ありえない」
だが、現実にビスは蘇った。
そう“黄泉帰った”
どんなに格上の魔術師であろうと“殺された”なら、敵の守護天使に食われることを、避ける方法は無い。
死の間際に、なんらかの手段を仕掛けて、死そのものを回避する方法はある。
だが、手応えは有った。確実に殺した。本人も肯定している。
ならば、なぜ魂を収奪されず、復活できたのか……
――――灰から蘇る。
ああ、そうか。
そう言えば、そういった特性を持った幻獣が居た。
なるほど。これがビスの――――
「灰かぶり姫
それがワタシの魔術特性。素敵でしょ?」
そっちかよ!!
<ガラスの靴は何処やら>
「――――不死鳥じゃないのか?」
「無粋ねぇ。派手な焼き鳥なんかといっしょにしないで欲しいわ」
「“不死”じゃないなら、殺せば、殺せるってことだ」
「ええ、でも無駄よ?」
「どうかな? 試しに百回殺すとしよう。
――――無駄と言うなら、百回生き返えってみせろ!!」
嘲るような笑みを浮かべ翻した外套の裏側には、先ほどと同じ仕掛けが施されたナイフが束となり連なっている。
それらは、僅かに顔を顰めたビスに向け放たれ、のた打ち回る蛇の如く無軌道な軌跡を描き襲いかかる。
「冗談は止めて、ワタシはMじゃないんだから、死ぬほど痛いのはお断りよ」
「俺はSだのMだの偏執的な趣味はない。
嬲るような無駄なことはゴメンだ――――痛いのが嫌なら、大人しく1回目で死ねば良い」
十指に繋いだ糸を繰り、ナイフを縦横無尽走らせる。
死角の内外問わず、四方八方から襲い来るナイフを、ビスは全方位に貼った障壁で弾き返そうとするが、その内の一本が障壁を破り、ビスの左腕を掠めた。
「ひとつ」
「くっ…直前で魔力を込めたのね。やってくれるわ」
単なる物理攻撃なら、それを弾くための障壁にさほど力を込める必要はない。
だが、それに魔力が宿っていたなら話は別だ。
魔力を伴う攻撃を全方位で防ぐのは難しい。
そのため、魔力の流れを察知して、ピンポイントで障壁貼る必要がある。
だが、俺のこの戦法はそれを逆手に取った凶悪なモノだ。
「死に誘う短剣群舞」
十指で糸を操るのは、言うほど容易い事ではない。
一本ならともかく、これだけの数を同時に操るなど、神業に近い。
故に、どうしても起動が直線的、かつ、単調にならざるを得ない。
「甘いわよ、魔力が流れてるなら死角からの攻撃されても……!?」
だが、そこに魔術が加わるなら話は別だ。
重力や慣性を無視した、複雑な軌道を自在に描くことも難しくはない。
しかし、魔力を通せば察知され、死角からの攻撃も、数も余り意味を成さない。
これだけでは、効率的な攻撃とは言えない。
――――そう、だから、ひと工夫。
「……え?」
糸に魔力を通した。縦横無尽飛び回り、視覚の内外を無視した連続攻撃。
それに隠して、魔力を介在させず。慎重に隙を狙い撃つ攻撃。
「ふたつ」
魔力有りと無しを織り交ぜた連続攻撃。
しかも、どちらも掠っただけで、即死する致命の一撃だ。
「みっつ」
「よっつ」
「いつつ」
「むっつ」
「ななつ」
「やっつ」
「ここの――――面倒だ。略!」
「……あ…・・」
魔力で固めた釣り糸で身体を捕縛、そこを残ったナイフで、滅多斬りした。
「誤差はあるだろうが、これで凡そ100回だ」
傷の一つ一つはさほど深くないが、全身余すところ無く切り刻まれたビスは、声も無く再び地に伏した。
――――だが、再び青い炎が吹き出し灰となり、紅蓮の火柱が立ち上がる。
吹き出した炎に焼かれ、釣り糸が燃える。
これで、死に誘う短剣群舞は使えなくなった。
「妖猫より、遥かにしぶとい女だな」
「ひどいわね。花の乙女を捕まえて……ふふふっ」
しかも、これだけ刻んだのに、平然と復活してきた。
俺の魔術特性は、相手の命脈。魂と魄。つまり魂と肉体の繋がりを強制的に“断ち切る”ことで成立している。
だからこそ、肉体を持った“生きているモノ”なら、何であろうとぶち殺せる。
皮膚を“切った”と言う事実を、命を“断った”と言う結果にすり替える。我ながら反則的な力だ。
だが、こいつには通じない。
いや、違う。通じている。望みどおりの効果を上げている。
ただ、結果が伴っていないだけだ。
完全に死んだ状態からの復活事態は、そこまで難しくはない。
守護天使の介入が無ければ――――だが。
逆に言うなら、守護天使が介入できる状況下でそれをやってのけるのは、比喩ではなく、まさに神の御業の領域だ。
『灰かぶり姫』
魔術名と同じく、魔術特性の名乗りは、言霊に関わるため虚偽である可能性は低い。
ならば、能力もまた、それから推察できるはずだ。
鼠の御者にカボチャの馬車
十二時の鐘
魔女と魔法
意地悪な姉と継母
王子様とパーティー
ガラスの靴
火炙り刑
――――ダメだ。復活に結びつく、言霊を思いつかない。
「さあさあ、今度はこちらの番よ!」
「チッ」
ビスの周囲に濃密な魔力が展開される。
それに伴う魔力風に煽られ、ビスの服がヒラヒラと揺れる。
――――ヒラヒラと揺れる?
ビスの姿は、最初の時と変わらない。
けばけばしく、ちゃらちゃらとした水商売風の衣装を着ている。
そう、埃や土に、血や汗に塗れてもいなければ、切り刻まれてもない。
“戦い始める前と、全く変わらない”
幻覚? 幻影?
――――否。
幻覚や幻影の類なら、看破できなくとも、相応の波動が生じるので、それが使われてるかどうかくらいは分かる。
魔術の中で、幻覚や幻影が子供騙し扱いされてる理由だ。
ならば久遠のような自動修復?
――――それも否。
自動修復の可能性は低い。
なぜなら、酷い破損―――灰となった状態からの修復は不可能だからだ。
そう、無から有を作り出すことは不可能だ。
ただし、魔力を対価に混沌から引き出すことで、物質を実体化することは可能だ。
つまり――――。
「あなたは“剣”なのよね?
だったら、こういうのはどうかしら?」
ビスが手を振りかざす。
それの呼応するように紅蓮の炎が地を走る。
俺の足元まで伸びてきた火線は、そこで形を変え銀に輝く槍となって襲いかかる。
「クッ!?」
身を捻り、穂先を辛くも回避する。
だが、周囲に散開するように散った火線全てから、同じように槍が飛び出してくる。
「そらそら、今度は、あなたが踊る番よ!」
なるほど。
やがり、そういう事か―――ようやく分かった。
だから不利を承知で、平然と乗り込んできたわけだ。
やれやれ、無駄な労力を使わされた。
こいつの能力は“変化”
ただし、ただの変化じゃない。
事象を飲み込んだ、完璧な変化。
本質そのものを変じさせた、夢幻の殻
こいつは魔女なのに、特性はシンデレラ。
何のことはない、答えは最初から見えていた。
カラクリは分かった。
―――さて、どうやって破るとしようか?