世界の裏表。真は何処や?
<灰の魔術師>
視界が白に染まる直前。身を翻し斜め後ろに地を転がるように飛び、木陰へと身を隠す。
放たれた光は攻撃ではない。
魔術が行使されたときに生じる発光現象だ。
もっとも、攻撃されたことには変わりないので、回避行動を取るのは当然の行為と言える。
「あらあら、良い反応ね~
――――でも、逃げてばかりじゃダメよ?」
ボコッボコッ
地面が隆起して人型の何かの上半身が生える。
――――人型の“何か”
虚空に閉ざされた眼窩。くすんだ白色の肋骨。うぶ毛すら残らないひび割れた髑髏。
肉も腱も無いのに、力強く動く両腕を使い、地面から這い出してくる骨の塊。
骸骨武者
だが、ここは墓場でも古戦場跡でも無い。
そもそも、現代日本は火葬が主体でそもそも土葬はありえない。
ならばこれは、この場にあった骨から生まれたモノではない。
召喚?
――――否。
召喚なら地面からゆっくりと這い出させる意味はない。
上空なり背後なり、死角に呼び出し奇襲をかけた方が良い。
ならば予め“仕込み”をしていたか?
――――それも否。
自分の領域に小細工を仕掛けれて気づかない支配者はいない。例え、成り立ての新米でもだ。
だとしたら残る可能性は、その場にある材料で構成された。
創魔人形しかありえない。
「逃げる? 馬鹿馬鹿しい。自分の領域を捨てて逃げる支配者がどこにいる」
「あらあら、そんなことないわよ?
命と領域どっちが大事かしら? あはは♪」
当然、命だ。
領域は、失っても取り戻せば良い。
魔術師の資格を失おうと“無力”になるわけではない。
支配者としての特権を失うだけで、再び支配者に返り咲くことも不可能ではない。
生きてさえいればリカバリーの可能性が潰えることはない。
――――建前としては正しい。
だが実際は違う。
領域をすべて失った元・魔術師が生き残る可能性は無い。
当たり前だ。高確率で復讐に来ることが予想される相手を生かしておく理由などないからだ。
だからといって逃げた所で、領域も持たない魔術師が領域を持った魔術師から逃げ切れるはずもない。
仮に殺されなくとも、良くて隷属。悪けりゃ生贄にされて魂ごと地獄送り。
ただ殺されるだけの方がよほどマシだ。
――――だから答えは決まってる
「不自由な二択から選ぶ義務は無い
それだったら俺は“アレ”とやらを、混沌に還すことを選ぶ」
「!?
ちょ、待ちなさい!
アレがどれだけ貴重なのか知らないの!?」
「ハッ、知らんな
なにせ、俺は“新米魔術師”なんでね クククッ」
新米であるのは事実だが、あえて意趣返しに使い、意味深に笑ってみせる。
本当に新米であることが知られるのは拙い。この程度でごまかせるかどうかは怪しいがな。
「ふん。新米でも、哲学者の石の重要性は分かるでしょうに
――――いいわ、のってあげる」
「領域より、石を選ぶ……ってことか?」
「ええ、そうよ
素直に負けを認め、石を差し出すなら見逃してあげるわ」
「たかが石ころ一つ、欲しいならくれてやると言いたいところだが……生憎と何処に在るか知らんモノは渡しようがない」
「……イシューも老いたわね。こんな奴にヤラられるなんてね」
戯けてみせた俺に、冷めた目線を返す灰の魔術師。嘲けて見下す雰囲気はアレど、油断は感じられない。
「知らないと言うなら話は早いわね。
――――領域を頂いてからゆっくり探すとするわ!」
虚空に凹んだ眼窩に赤い燐光が灯る。
骸骨を模した石人形は、“人形”から、“人”へと気配を変事させた。
<名も無き拳士>
木陰から飛び出し、迫り来るスケルトンの手刀を避ける。
避けたあと、中を舞った。か細い骨の手刀は盾代わりとなった立木を斜めに切断。
そして、避けた俺が体制を立て直す前に、スケルトンは軽やかに面前に踏み込んでくる。
大地を穿つが如く重い踏み込み。くるりと半身を傾け背を向け、勢いをまるで殺さず。
螺旋の如き勁力を余すことなく肩越しに叩きつけてくる。
これはそう、確か――――鉄山靠。
およそゴーレムに使える技ではない。つまりコイツはただのゴーレムではない。
「分かってると思うけど、降参するなら今のうちよ? あはは♪」
灰の魔術師。
魔術師名は必ず意味がある。なぜなら、意味を持たせることで魔力を底上げ。魔術特性の強化が可能だからだ。
灰。灰色。燃えカス。中間色。死灰。グレー、アッシュ、塵、砂、土……。
そうか、こいつの能力は――――
「チッ……土属性の死霊術。
土塊に武芸者の魂でも仕込んだか?!」
魔力をそのまま斥力を宿した障壁に変え、鉄山靠の威力を殺すも、完全には殺しきれず。無様に転がる。
中腰のまま立ち上がり、追撃に備えるが……相手は悠々と己のが主人の元へと歩み戻る。
「ご名答よ。これは大陸で拾った、名の知られてない拳士の魂魄を宿したモノ。
筋肉の代わりに魔力で編まれた操り人形。
カルシウムより硬い、石の骨で出来た岩掘髑髏
――――どう? なかなか素敵でしょ?」
わが子を慈しむ母のように頭蓋骨に頬を寄せ微笑むビス。
だが、浮かべられた笑みは我が子に向けるものではなく、
加害者が、哀れな犠牲者に向ける優越と嘲りに満ちた醜悪な笑みでしかない。
「悪くはない。
機動性、耐久性は文句なし。魔核となった拳士の技量も高く。
弱点らしい弱点は――――水に浮かないくらいだろうな」
「ふうん、結構余裕ね。
まぁ、水に沈むって指摘は正しいわ。
でも、近場に川もなければ海もない……あらら、これじゃ弱点が弱点にならないわね あはは♪」
相手の余裕は崩れない。
俺は“剣”の魔術師。水を生み出したり、操ったりする能力はない。あったとしても高が知れてるのは自明の理。
それは相手にも読まれている。
また、スケルトンはその構造上、剣。刃との相性はあまり良くないと言う事実も、相手に余裕を持たせる原因となっている。
もっとも、それ以前に、単純な実力――――魔力量も相手が上だ。
当たり前だ。師匠と戦うつもりで、わざわざ敵地に乗り込んで来たのだから師匠より強いのは必然。
そして俺は、師匠を殺したといっても、真正面から勝って殺したわけじゃない。
つまり、俺は師匠より弱い。
師匠の魔力を1000とするなら、俺の魔力は400程度。
一般人は0。良くて5か6。
対する相手――――ビスの魔力は推定1200
俺よりざっと3倍は強いことになるわけだ。
実力は相手が上。
こっちの領域に乗り込まれてる以上、逃亡も仕切り直しも悪手。
初手で放った“切り札”もあっさりと破られた。
普通に考えて“詰んだ”と言える状況になったわけだ。
――――普通だったならば、だ。
師匠を殺し領域を引き継いだ時点で、師匠の持つモノの所有権も俺に移った。
具体的には、師匠の刻印が、俺の刻印に書き換えられた。
だが、だからと言ってそのすべてを把握できる訳ではない。
刻印のお陰で普通に探すよりはマシだが、何がどこにあるかは手探りとなる。
そのため、本当は一年くらいかけてジックリと領域内の捜索をするつもりだったのだが、攻撃を仕掛けられては無視できない。
そんな中途半端な状態で戦うことになったのだから、哲学者の石の所在地どころか、存在自体を知ったのも今が始めてだ。
だが、それがどうした?
領域は手に入れた。
守護天使も手に入れた。
つまり、師匠を殺す前より手札は増えた。
師匠の遺産が無くとも、それは負ける要素に足り得ない。
「呪剣想起」
領域から力を引き出す。
領域の支配者は、領域の持つ元素を自由に引き出せる。
引き出せる元素は、領域の持つ“性質”によって異なるが、よほど偏った地でも無い限り
満遍なく多様な元素を引き出すことが出来る。
現在、掌握している領域が含有する元素から精製できる魔力は凡そ80000。
俺の魔力量の200倍。ビスと比べても圧倒的に上回る値だ。
だが、だからと言って、これで勝敗が決するほど甘くはない。
引きだせる量がいくら多かろうと、一度に扱える魔力の限界は、俺自身の魔力量に等しい。
つまり、俺は領域の力を使っても、全力対全力なら、ビスには3分の1しか及ばない訳だ。
ならば何故、ビスはガス欠覚悟でも、必勝確定の全力攻撃をしないのか?
その答えは単純だ、400の力を真っ向から潰すには、同じく400の力が必要だが、ただ防ぐだけならその十分の一、つまり40も有れば十分防げるからだ。
実際はそこに体調や属性や相性が加わり、さらに計算がややこしくなるが、割愛する。
ようするに、ビスが全力の1200の攻撃をしてきても、俺は僅か120の力で凌げることになる。
だからビスは全力を出さないのだ。
それに対するコチラは、200回は全力で“切り札”を使える。
「英雄殺しの遺産」
――――領域の主に挑むとは、そういうことだ。
必殺の呪力を持った剣を再び呼び出す。
今度はそれを投げかけずに、柄を手を掛け両手で握り締める。
はっきり言うなら、初手でやったような魔剣を投射する攻撃法は悪手だ。
魔術師以外には有効だが、魔力を感じ取れる相手だと、例え視界外からの投射であっても感知され、悠然と対処される可能性が高いからだ。
そう言う相手なら、魔力を伴わない肉弾戦。もしくは、魔力の動きを察せても対処しづらい“白兵戦”が有効な手段と成る。
「あはははっ! あなた正気?
カンフーの達人相手に接近戦を挑むなんて!」
「悪趣味な人形遊びに付き合う気はない」
「ふぅん――――良いわ。やっちゃって
“加減”はもう要らないわ」
ビスの言葉に呼応するかの如く、骸骨武者は声無き雄叫びを上げる。
眼窩の赤き燐光が輝きを増し、それに呼応するように全身を鮮やかな朱に染め上げた。
「……角が足りないが、良いのか?」
「何の事よ? ま、いいわ。
――――直ぐに終わるんだしね」
気を放つ、石人形。
気を練り、纏い、扱う事が出来れば、その有用性は計り知れない。
だが、その扱いは難しく、ある種の才を持った“達人”のみが繰ることの出来る希少な力だ。故にそれを扱うコイツは、紛れもなく強敵だ。
さらに、驚嘆すべき事に、気の本質は生命の息吹であり、死者や無機物には扱えないシロモノであると言うことだ。
これが意味することは一つ。目の前にいる骸骨武者は“生命体”として成立してるってことだ。
「即興で人造人間を錬成して見せるとは――――さすがは“挑戦者”ってとこか」
挑戦者。領域の主に挑む者。
敵地に乗り込み戦いを挑むならば、それなり以上の実力が必要となる。
ましてや師匠に挑むつもりで来た相手だ、只者のはずがないとは思っていたが、まさかここまでとは恐れ入るしかない。
爆発的な気を纏い、ただでさえ頑丈な身体はさらに強化され。
筋肉と関節の束縛から逃れた人体は、生身ではありえない動作を可能とする。
生前では、肉体的限界から成し得なかった、巧夫の極を体現せしめた究極の“作品”
神速を越えた、距離という概念をあざ笑うがごとき業。縮地を持って、瞬く間に肉薄。
腰を落とし、常人では成し得ない。二重に捻られた背骨から生み出される爆速の掌底。
「硬爬山――――だったかな?
良い技だ。無名であろうと強者は強者ってことだな――――そう、思わないか?」
「ふぅん、ソレを見切って、受け止めるくらいの技量はあるようね。
でも、それだけじゃ私の彼は倒せ――――え? そんな?! まさか!!」
3倍どころじゃない超速の攻撃だったが、生憎とこちらも“素人”じゃない。
単純な技量で劣って居ようと、ビスの言うように“受け止める”くらいは出来る。
――――実際はもう少し余裕もあり、やろうと思えば受け捌くことも出来たが、それでは二度手間だ。
必要なのは“刃による一撃”
傷の大小は厭わない。
眼窩に揺らめく赤い燐光が、苦悶に身を歪める。
剣の刃で受けられたにも関わらず、突き出された掌は、僅かな、ほんの僅かな傷しか負っていない。
――――にも関わらず、それは致命傷を与えた。
哀れな名も無き拳士は、三度目覚めることはないだろう。
剣に仕込んだ類感呪術によって呪殺され、その御霊は俺の守護天使に捧げられたのだから……。
「イシューが殺られるはずだわ。英雄殺しの銘は伊達じゃないようね
――――でも、勝ち誇るには早いわよ?」
「領域の外で切り札を失った割りには余裕だな」
「ふふふ、そりゃそうよ。切り札なんて切ってないもの。
あなたと違って領地補正がないもの、そうそうは切れないわ」
「だがそのままでは勝ち目はあるまい?
切らないなら、そのまま死ね」
骸骨武者が崩れ落ち、面前の視界が開けると同時に、跳躍を起動。一足飛びに切り込む。
重力の束縛を無くし、脚力の100%を推進力に変える。
業を極めずとも、縮地の真似事くらい魔術師にとって難しい事ではない。
瞬く間にビスに迫撃した俺は、推進力をそのまま火力に変え、真っ直ぐに剣を突き出す。
「あらあら、怖い怖い。
だったら、ぜひとも私に、切り札を切らせて見なさい……出来るならね!」
掠っただけで確定する、容易い勝負だが――――その掠める事が困難であるのも事実だ。
必殺の剣は、再び障壁によってあっさりと弾かれた。
剣を弾かれ、体が泳ぐ。
バランスを崩し隙を見せた俺に、横っ腹から迎撃が浴びせられる。
それを無したのは、仕留めたはずの骸骨武者だ。
――――違う、姿形は似通っているが、中に篭められた核の放つ波動が違う。
横から与えられた衝撃を、こちらも障壁によって防ぐ。
防ぎきれなかった衝撃も、跳躍の効果が続いてる今、敢えて力に逆らわずに飛ばされることで、無効化する。
そして、10数メートル吹き飛ばされ、地面に転がった俺は、狂った平衡感覚を立て直しながら跳躍の効果を止める。
体にかかる重力を支えに、大地を踏みしめ、ビスに目線を移した。
「なるほど、これが余裕の訳か……」
目に広がるのは、出来れば否定したい光景だった。
「名も無き拳士なんて、かの地には履いて捨てるほど居るわ
――――百鬼夜行。これが私の常勝魔法。なかなか素敵でしょ?」
数えるのも馬鹿らしい数の、骸骨武者の群れ。
一体一体が、先ほど葬った奴と同格。
数の暴力。単純にして、圧倒的に正しい方程式。
「ボス戦に、数で挑むのは常道よね?」
群れを率いる主。ビスの顔に嘲りの表情が浮かぶ。
「ザコを引き連れ、影に隠れるのもヤラれ役の特徴じゃなかったか?」
だが俺はソレに怯むこと無く、悪態を返す。
「クハハッ……」
「ふふふっ……」
静寂の中、二人の嘲笑の声が響く。
互いに視線を交わし、笑いを止め。視線に殺意を載せ睨み合う。
物音一つない静寂。
「「この地を征するのは、俺だ(私よ)!!!」」」
それを破るように鬨の声が上がり、人気のない筈の公園は、喧騒に包まれた。