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幼馴染の幽霊さん  作者: 誰も知らない初蝉
Ⅱ エルネストの侍女
7/17

エルネストの傍観

「……それ、本気で言ってるのか?」

『本気も本気、大真面目さ』


 今、エルネストとチェシカは目の前にふわふわと漂うの持ってきた情報に面食らってる最中だ。


 彼はエルネストによく噂話を教えにくる幽霊の一人。

 人の目に映らない彼等はエルネストに有益な情報を与えてくれる。

 彼等は単純に暇潰しに来ているだけのようだが、エルネストはとても助かっている。


 今回彼が持ってきたのは、ちょっとした噂だ。最近王宮にいる幽霊達の間ではそこそこ出回っているらしい。


「嘘なら今のうちに言えよ? 今ならまだ許す」

『なんでこんな情報に嘘が必要なんよ』


「だって、そんな……なぁ、チェシカ」

『うん。私もちょっと信じられないかなぁ……』


『とにかく百聞は一見に如かず! ついてきなエル坊』

「エル坊言うな!」




 彼の後を追ってたどり着いたのは中庭の一角。美しい花々が咲き乱れ、数人の侍女が朝の水やりを行っている。

 エルはその中に一人、見覚えのない顔がいる事に気づく。


「彼女か?」


 腰まである灰色の髪は上品に巻かれ、瞳は薄い紫色。その穏やかな雰囲気は彼女の兄とよく似ている。


『そうそう。名前は……なんだっけ……そう! ヴィオラ・クォーツ!』

『この間の事件の……。ヴァンの妹さんね』

『そうそう。で、ほら!』


 彼の指さす方を見て、エルネストは目を見開き、あんぐりと口を開けて驚いた。


「おいおい嘘だろ?」


 目の前の光景が信じられない。


 夢だ。これは夢だと自身に言い聞かせるが、つねった頬は痛かった。

 淡い期待をこめて再び同じ方向を見ても、やはりありえて欲しくない光景が飛び込んでくるだけ……。


『うわぁ……あれは確かに、認めざるを得ないかも……』


 チェシカも呆然と同じ方向を見つめる。少し口元が引きつっているようだが、しかたがないだろう。


 なぜなら視線の先にある光景……それは、中庭に面した建物の三階の窓からヴィオラをうっとりと見下ろす――


――ライムントの姿だったのだから。




「ライムントが骨抜きにされた」


 しばしの沈黙のあと、ポツリと口から出てきたのはそんなつぶやきだった。


『骨抜きって、エル……』


「だって、見ろよあの顔……あれが百戦錬磨の黄金獅子だぞ?」


 でれでれじゃねーか!!


 窓枠に寄りかかるようにして立っているライムントは、気持ち悪いくらい頬が緩み、口元には笑みを浮かべている。

そして、ヴィオラが右に左に移動すると同じようにライムントの頭も右に左に動く。

 エルはライムントの周囲に色とりどりの花が咲き乱れ、その合間を天使達が『恋してまーす』という弾幕を抱えて飛び回っているかのような幻想を見た。 一応尊敬している次兄のこんな姿、正直みたくなかった。


「どうしてこうなった……」


『一目惚れだよ』

「一目惚れぇ!!?」


 エルネストが目を剥くと、彼は多分と付け加えた。


『なんでそんな事わかるの?』


『実は俺さ、あの事件のときライムントにくっ付いて一緒に現場に行ったんだよ』


 彼の話はこうだ。

 あの日、敵のアジトに踏み込んだライムントはそれはそれはものすごい勢いでアジト内にたむろっていた犯人達をなぎ倒していったそうな。で、ライムントがそのアジトを探索していた最中に偶然ヴァンの妹が監禁されていた部屋を見つけた。

扉を開け、ヴィオラを認めた瞬間、ライムントは硬直した。そしてみるみる真っ赤になっていった、らしい。当のヴィオラは部屋が暗かったのでライムントの様子には気付いていなかったそうだが。


『これを一目惚れと言わずしてなんとする?』


 確かに、彼の話はエルネストの知る一目惚れの定義にあてはまっている。


「……一目惚れね……。ライ兄でも人並みに恋するものなんだな」

『ライムント様といえば、一にジル様、二につるぎ、三、四が無くて、五に食欲だもんね』


 その通り。

それ以外の事柄に興味関心をもつライムントなんてはじめてみた。


「確かに最近妙に機嫌がいいなとは思ってたけど……。あの事件で盛大に暴れてすっきりしただけだと思ってた」

 ここまで入れ込んでる姿を見てしまったら、どうしてエルが一週間も彼の恋に気付けなかったのか不思議な所である。


『周りには気付かれないようにしてるみたいだぞ。ヴィオラの事を見てるのもこの時間だけだし、普段はむしろ避けてる』


『正しい判断だね。彼女のことが噂にでもなったら、ローラント一派が放ってはおかないよ』


「なるほど。そういう事か」


 きちんと冷静に周りが見えているようで少し安心した。


『その事もあるけど……、一番の理由は別にあんだよ。ヴィオラにはちょっとした問題があってな……』


「問題? 性格悪いとか?」

『お金遣い荒いとか?』


『いやぁ、そういう方面ではいい娘なんだが……。彼女、男性恐怖症なんだよ』


「『あー、なるほどね』」


 しかもその症状はかなり重度で。話すのはダメ、近寄ってこられるのも受け付けないという事らしい。

 少しライムントが不敏に思えた。


『それでよく王宮に上がろうと思ったね、彼女』

「だよなぁ」


『なんでも、その男性恐怖症を治すために上がって来たんだと』


 実家に籠っていては治るものも治らないと母親に叩き出されたそうだ。可哀想に。

 だからライムントはあんな遠目に見ているだけなんだな……。


 ヴィオラが朝の水やりを終えて建物の中に消えた時、ライムントが見せた切なげな表情はエルの目に焼き付いた。






 ま、だからと言って俺には関係ないけど。


「じゃあ、俺らはいつも通り傍観するとしますか」


 久しぶりに楽しい観察対象ができて、エルネストはご機嫌だった。

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