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幼馴染の幽霊さん  作者: 誰も知らない初蝉
Ⅰ 変わり者のエルネスト
3/17

エルネストの幽霊観

 エルネストは一番上の兄、ジルベルト・アクリシアを訪ねて長い回廊を進む。すれ違う人々はエルの姿を見ると静かに道を開け、頭を下げる。変わり者ではあるが、こういう扱いはエルネストも王族である事に違いはない。

 当のエルネストは周囲の態度には慣れっこで、隣をふわふわと漂うチェシカに夢中だった。


 彼女の身につけている純白のフレアドレスは風に吹かれてもなびかない。こういう所は幽霊っぽいなとエルは思う。


 昔は理解に苦しんだが、今ならはっきりと彼女は幽霊だと分かる。ただ、彼女はなんと言うか、幽霊らしくない。


 何故なら、エルネストの知る世間一般の幽霊といえば、

『あら、エルネストにチェシカちゃん。おはようございます』

『おはようリリーさん』

遥か昔に滅亡した大国の国宝に取り憑いた、亡国最後の王女リリーのように足というものが存在せず、

『エルネスト様、チェシカ様! おはようございます!!』

『おはようビルマさん』

はじめて身につけた鎧の重さに耐える事ができず、転んで頭を打って死んだという報われない騎士見習いビルマのように透き通っているものだ。

その点、きちんと足が存在し、透き通ってもいないチェシカは異端とも言えるだろう。

なにより、彼女は成長する。


『チェシカァ!』

『ルミネ!』


 チェシカに抱っこされている見ため五、六歳の少女霊ルミネはこの王宮では一番の古株だ。なんでも五千年以上前に病気で亡くなったアクリシア王国の王女らしい。

普通の霊はルミネのように死んで霊になった時点でそれより成長する事はない。チェシカも昔はルミネと同じくらいの身長だった。しかし、チェシカの身体は普通の人間と同じように成長した。

 これらの事から、エルは彼女が霊だと思えなかった。はじめて自分と同じ世界を見る仲間ができたと思ったのだ。



『私、チェシカに抱っこされるの好きなの!』

『? どうして?』

『チェシカはやーらかいの!』


 ルミネの無邪気な笑顔を横目に、エルネストはあえて無反応を選んだ。


『そだ! エリュ!』

「なんだ?」

『エリュの言う、タヌキが最近怪しい店に出入りしてるらしいの! コレは事件の匂いなの!』

「……へぇ」

『ジークフリート王が倒れてから、王座争いも佳境だね』

『ドロドロの王座争いの後はたいていお友達が増えるの! ルミネは嬉しいの!』


 うん。無邪気怖い。言葉の意味を深く追求するのはやめよう。


 話にでてきた通り、ただ今アクリシア王国はドロドロの王位争いの真っ只中だ。

ドロドロと言っても、争っているのは長兄ジルベルトとタヌキ……じゃなかったローラント叔父上。

 王宮といえば王座争いというのはベタだが、エルには無縁のものだった。何故なら長兄ジルベルトが圧倒的に有能すぎるから。ジルベルトが王座に付けば間違いはない。エルも次兄もそう信じて彼のサポートにまわっている。


「タヌキももうちょっと賢いと思ってたんだが……」


 タヌキは王家の恥とも言える存在だった。

 現王ジークフリートとタヌキは腹違いの兄弟なのだが、タヌキの母親が現王の母親よりも身分が高かったせいか、タヌキは非常に傲慢、強欲な性格に育った。彼の治める領地からはいつも悲鳴が上がっている。

 そんな奴が王位について我が国になんの利益があるというのか。ジルベルトは今年で二十一歳と王位に就くには若かったが、どちらが次期王にふさわしいかは誰が見ても明白だった。


 ところがどっこい、腐った議員共が金と権力を餌にタヌキに釣られているんだから笑えない。この話を聞いた時のジルベルトの脱力しきった顔をエルは一生忘れないだろう。


「はぁ。タヌキも霊化するんだろうなぁ、きっと……」


 心残りがある死者が幽霊となってこの世をさまよい歩く。というのは有名な話だがまさしくその通り。

霊達は心残りや、強い恨みがあるためにこの世に留まっている。そして大半の霊は心残りが無くなればこの世に留まる理由を失い消滅――天国に召される。

それがエルネストの知る幽霊というものだった。

 タヌキならジルベルトを恨んで霊になっても不思議はなさそうだ。


 そういえば、今まで考えた事もなかったが……チェシカは何が心残りで霊になったのだろう?


『エル! エルってば!』


 薔薇色の瞳に覗き込まれ、少しドキリとする。


「な、なんだよ?」

『なにって……ジル様の執務室、通り過ぎちゃったよ?』

「あ」


 あんな夢を見たせいか今日はどうも調子が出てこない。さっきから悪い事ばかり考えているような気がする。


『ふふっ。変なエル』


 人の気も知らないでくすくすと笑うチェシカに、少しむっとした。

 でも、まぁ、チェシカの笑顔がそこにあるというだけで少し心がが晴れた気もする。

 


 触れたいなんて我儘は言わない。口付けしたいだなんて無理も願わない。

 俺と彼女をこんな風に出会わせた根性悪の神様が、少しでも俺を哀れに思ってくれるなら、この祈りだけは聞き入れて欲しい。


 ずっとこの笑顔と共にありたい。

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