エルネストと従者
その日、アクリシア王国第三皇子、エルネスト・アクリシアは数名の従者を連れて王城近くの丘に遊びに来ていた。
彼は従者達の前で、あたりに咲いている花を摘んでは編み、摘んでは編みを繰り返して綺麗な花冠を作っている。大切なあの子に贈るため、一生懸命に編んで完成したそれは、彼女の黒髪にとても似合うだろうとエルネストは満面の笑みを浮かべた。
さぁ、彼女はどこだろう。
彼女もエルネストと一緒にこの丘にやって来たが、エルネストが花冠を作るのに夢中になっている間に一人で散策に行ってしまったのだ。エルネストは彼女の姿をみつけると、そっと駆け寄る。
彼女はきっと喜んでこれを受け取ってくれるはずだ。だって、彼女もエルネストが好きだと言ってくれたから。
『チェシカ』
呼びかけられた少女が振り向くと、薔薇色の瞳がエルネストをとらえる。チェシカはどうしたの? というふうに首をかしげた。
『あのね、僕が大きくなったらチェシカをお嫁さんにしてあげる』
そう言うと、彼女は驚いた顔をしたが、すぐににっこりと微笑んだ。それが嬉しくて、エルネストも顔がほころぶ。
誓いの花冠を彼女の頭にそっと乗せる。チェシカは恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして俯いてしまった。そんな姿も可愛いとエルネストは思う。
エルネストが手を離すと、花冠はチェシカを通り抜けてトサリと地面に落ちた。
その後、エルネストはチェシカに拒まれた、想いを受け取ってもらえなかったと従者達に泣きついた。
そんなエルネストの言動に従者達は困惑する。何故なら、従者達にはエルネストの言うチェシカという少女がいったいどこにいるのか分からなかったから。
彼女はエルネストにしか見えない。
彼女の声はエルネストにしか届かない。
お互いに触れる事はできない。
だけど、彼女はエルネストと同じように成長する。
だから彼女が幽霊であるとエルネストが理解するまでには、多くの時間が必要だった。
『エル! エル!』
遠くで聞こえる心地よい彼女の声。目覚めようと重いまぶたを開く。
『起きなさいって、ばーーー!!!』
「うわっ!」
目覚めた途端に耳元で大声を出され、エルはベッドから転げ落ちた。
『わわっ! ごめんエル! 大丈夫?』
ふわふわと漂いながらエルを覗き込む薔薇色の瞳。あの頃の面影を残し、チェシカは驚くほど美しく成長した。
幽霊のくせに成長するなんておかしい話だよな。
触れようと伸ばした腕は彼女を通り抜けて空をかく。分かりきっていた事だが、なつかしい夢をみた後の虚脱感は格別。
『どうしたの? どこか打った?』
「いや……なんでもない。おはようチェシカ」
チェシカは笑って挨拶を返してくれた。こうして二人だけの朝は始まる。
エルが着替えて朝食をとっている間、チェシカは今日の予定を順番に述べていく。エルの予定は全てチェシカが管理してくれているのだ。二人の兄達にはきちんとした従者や侍女、近衛の騎士までついているが、エルにはそんな者はいない。いや、かつてはいたが、エルの独り言を気味悪がって全員辞めてしまった。今ではエルの自室を訪れるのは食事を運んでくる年老いた使用人のみ。そのせいでか第三皇子のエルネストは王宮内でかなり浮いた存在だった。
まあ、朝はチェシカが起こしてくれるし、自分のことは自分でできるし、何の問題はないけどな。
「さって、まずはジル兄さんの所か。行くぞ、チェシカ」
『うんっ!』
愛する幼馴染はエルネストが最も信頼する唯一無二の従者なのだ。