エルネストとクォーツ家の娘
ヴィオラの切り替えは早かった。
「なんの事でしょうか?」
不意打ちが効いたようで、エルネストが黒猫堂のなめらかプリンを食べはじめた頃から無意味に上がっていた謎のテンションが嘘のようだ。
『さすがはクォーツ家の人。切り替え早いね。でも、なんであんなに興奮してたんだろう?』
それは俺が聞きたいところだ。
エルネストの不愉快センサーに引っかかったのは確実。きっとよからぬ事を考えていたに違いない。
「別に怒っているわけじゃないよ。俺が疑われるような事をしてるのが悪いんだから」
言うと彼女は表情を変えることなく黙り込んでしまった。
つい先程まで感情を豊かに表していた瞳からはもう何も読み取る事ができない。
百人中百人が第一印象は天然と断言するだろうおっとりした彼女も、クォーツの名を持つからにはやる時はやる女なのだろう。
あのクォーツ夫人がヴィオラの体質を知りながらも家から叩き出すほど有能である、と見て問題なさそうだ。
クォーツ家。
表向きには中流貴族という事になっているが、本来の役目はアクリシア王直属暗部部隊の要。
その歴史は古く、現代も暗部をまとめているのはもちろんクォーツ家現当主だ。
クォーツ一族の者にはいくつかのしきたりがあって、その一つに仕えるに値する王族に忠誠を誓う、というものがある。
それ故にヴァンは、ジルベルトに絶対の忠誠を誓っている。
先日も、エルネストの機転がなければ彼はヴィオラを見捨てていただろう。あんな見え見えの状態で毒を持ち歩いていたのがその証拠。
「確かに、私はヴァンお兄様にエルネスト様の挙動を見張るようにと言われております」
「素直だね」
「思考の末、隠しても無駄だという結論にいたりました。私には視えませんから」
「正しい判断だよ。君には、監視を付けさせてもらう。もちろん俺にしか視えない、ね」
担当は、今もヴィオラの背後にいる【ライムントの恋路を堂々と見守る会】の名誉会員にお願いしよう。
チラリと視線をやると、彼は了解と頷いた。
「だから、絶対にこの前みた事、聞いた事……要するに俺の霊視能力を他言しないで欲しいんだ」
第三皇子は幽霊が視えるらしい、という噂自体は今にはじまった事ではないので別にどうでもいい。
そんなものどうせ誰も信じやしない。
だけれど、男性恐怖症を持っている事で有名なヴィオラが語る、第三皇子が体質を治す過程の体験談が出回ってしまうのはまずい。
実際に彼女の体質は完治してしまったので、噂が変に真実味を帯びてしまうからだ。
それだけは避けたい。
「……え?」
? 別に驚かれるような事を言ったつもりはなかったのだが。
「だから、俺の霊視能力だけは言うなよって事」
「それだけ、ですか?」
「それだけ、だけど? 他に何があるっていうんだ?」
「……こんなことを言ってはなんですが、その力を上手く使えば私に偽りの報告を強要できたはずです。兄上君の裏をかけば王座を手中にするのも簡単でしょう。そうしないのはなぜですか?」
真っ直ぐな質問だ。
もうちょっと探りをいれながらでもいいと思うのだが、彼女はそれができないのか?
まぁ、そちらが直球でくるならこちらも直球で返すまで。
「そんなの簡単。俺が愚かだから。こんなのが王座についた所で何の得もない」
そう。愚かで無知なただのガキが、たまたま王を象徴する金髪を持って産まれてしまっただけ。
もしもエルネストに霊視能力がなければ、今頃下手な貴族に担ぎ上げられ、相応の力もないくせに王座争いに加わっていたのかもしれない。
ジルベルトは違う。
あの人は何にも囚われる事はなく自立し、自らの力で信用を得、この国を改革しようとしている。
ジルベルトの持つ素質が常軌を逸しているのは誰の目から見ても明らかだ。
だから、負い目のあるクズがローラントの元に自ら向かっていく。
「王の座に相応しいのはジル兄しかいない」
強くて、優しい、自慢の兄さん。
その為の障害はすべて潰す。
邪魔者は容赦無く消す。
すべてはジル兄のため。
だって、あの人が必要としてくれないなら、エルネストの存在価値なんてないんだから……。
突然、ついっとチェシカの指が目の前に出現した。
エルネストの首あたりから腕が生えているのだ。
よくやられるイタズラだが、いつになっても慣れない。
『また嫌な事考えてる』
チェシカは、エルネストの思考を遮るかのように腕を振った。
ぬくもりも感触もないので、なんとなくだが、手を握られたような気がする。
「ともかく、俺が知られたくないのは君が体験してしまった事だけ。他に悪い事する気無いし、疑われてるなら誠意を見せたい」
ヴィオラの様子を伺うと、なんだか少し前より雰囲気が穏やかに戻っていた。
「私も、あなた様には助けられた身です。決して口外しないと、お約束致します」
彼女の出した答えに安堵する。
同時に手を離してしまったチェシカに違和感を覚えた。
いつもならしばらく握っていてくれるのに。
「あなたは、欲が無いのですね」
チェシカを目で追いたかったが、ヴィオラの手前、つい癖で躊躇ってしまった。
今思えば、彼女には知られてしまったので、もう隠さないで良いのだ。
次からはヴィオラの前でも普通に振舞おう。
「欲、ね。欲はあるよ。人だもの。だけど、本当に欲しい物は絶対手に入らないって知ってる」
それはもうずっと分かっていた事。
怖くなった時。
不安な時。
最低なエルネストの側で、ずっと手を握ってくれるその存在はどう足掻いても手に入れる事なんてできない。
大丈夫。ちゃんと知ってる。
「あ、それと! 黒猫堂のプリンが今すぐ手にはいる事も知ってる!」
「ふふっ。分かりました。ご用意いたします」




