ヴィオラの初出勤
なんだか、私は流れでエルネスト様の侍女になってしまうそうです。
まだ王宮に来たばかりで勝手もよく分からないのに、エルネスト様の侍女なんて大役、務まるはずがありません。
断ろうと思いました。
断りたかったです。
ですが、あの方ときたら……
「だーめっ」
惨敗です。
不覚にもときめいてしまいました。
あの方は少女顔と言われれば烈火の如くお怒りになるのに、自分の顔の使い方はよくご存知のようです。
「ほらエル! 彼女、嫌がってるじゃねーか」
「ヴィオラ、嫌がってるか?」
「ま、まさか! ただ、エルネスト様の侍女なんて私ごときに務まるはずってひゃあ!」
ひやりとした感触に思わず後退してしまいました。どうやらエルネスト様に手を握られたようです。
「エ、エルネストさまっ」
「ねぇ、お願い。しばらくでいいんだ。ちょっとベダン爺を休ませてあげたいなって思っただけなんだ。……ダメ?」
ダメ? と可愛く首を傾げられても、ぽそりと耳元で
「さっさと了承しろよ。誰のおかげで男性恐怖症が治ったと思ってんの?」
と呟いてしまったら台無しですよエルネスト様。
話は飛びますが、私はこの方をほんの一時間ほど前まで天使様と呼んでおりました。
……それだけです。
話を戻しましょう。
小悪魔様。これは確定事項ということですか?
私に反論の余地など始めからなく、答えはすでに決まっていた……そういうことなのですね……。
「ぜひ、お受けさせていただきます……」
「本当に? やったー」
わぁ。なんてわざとらしい喜び方でしょう。せめて棒読みはやめた方がよいですよ。
「おい! あきらかに彼女の顔引きつってるだろ!」
「ヴィオラがやるって言ってんだからいいじゃん」
その後、お二人が何やら怒濤の言い合いを繰りひろげましたが、私には全く理解できない内容でした。
「ある日ふと気付いたらお前がジルみたいになってましたー! って事があったらどーすんだよ!!!」
「バッカ! ジル兄と一緒にしないでよ!! 心外だよ心外!!」
はて? ライムント様はいったい何を危惧していたのでしょう?
結局、小悪魔様にライムント様が言いくるめられる形でその場はお開きとなりました。
とりあえず変な誤解はとけたようで良かったです。
後日、正式に小悪魔様の侍女となるようにとヴァンお兄様から通達がありました。
☆*:.。. ★.。.:*☆
なんやかんやで初出勤の日がきました。
仕事の内容やコツは前任のベダン様に聞いていて、予習もバッチリです。
エルネスト様は起こす必要がないので、定時に朝食を運ぶというのが私の初仕事となりました。
部屋に入り、朝食の用意をします。今日のメニューはパンにスープ、軽めのサラダです。
一通り並べ終え、ひと段落した私は改めて部屋の間取りを確認してみることにしました。
彼の部屋は大きく三つに分かれています。
現在私が朝食の準備をしたのが入り口の応接間。
向かって右側の扉の先に寝室があり、左側に謎の扉があります。
ベダン様曰く、勝手に入ってはいけない部屋だそうです。
――なんのお部屋なのですか?
と聞くと、ベダン様は笑って
――秘密です。
と言いました。
うーん。
気にはなりますが、勝手に入るとエルネスト様に怒られるそうです。
いつか中を見る機会があればなぁと思います。
しばらくすると、寝室の方から大きな音がしました。
その後、布が擦れる音がしているところから察するに、もしかして……寝台から落ちたのでしょうか?
まぁ気にすることもないでしょう。
――エルネスト様が寝台から落ちても慌てる必要はありません。
――なぜですか?
――毎日の事だからです。
予習が役に立ってます!
慌てずに十分ほど経つと、エルネスト様はキッチリとみなりを整えて寝室から出てきました。
「おはようございます。エルネスト様」
「おはよう、ヴィオラ」
ふんわり癖っ毛の金髪に少し残った寝癖が、なんとも……なんともまぁ可愛らしいことでしょう。
個人的にはアリだと思うのですが、主に恥をかかせるわけにはまいりません。
断りをいれて、なおして差し上げたのですが……そのお髪のふわっふわなこと!
ぎゅうってしたいですぎゅうって!
「ねぇ、まだ寝癖なおらない?」
「はっ! なおりました! あ、朝食の準備ができております!」
「うん。見ればわかる」
この方はほんとうに……黙っていれば天使様、口を開けば小悪魔様ですね。
早朝出勤御苦労様です小悪魔様。
「で?」
朝食を食べ終えたエルネスト様は、片付けする私に高圧的な視線を投げかけてきました。
「で、と言いますと?」
「隠しても無駄だよヴィオラ。あるんでしょう?」
彼の手にはいつの間にやら小さなスプーンが握られております。
一体どこから? という疑問はありましたが、今は置いておきましょう。
「さすがはエルネスト様。お察しの通りです」
私はあらかじめ入手しておいた黒猫堂のなめらかプリンを取り出しました!
ベダン様曰く、エルネスト様の大好物だそうです。
「やったぁ! これが楽しみだったんだ!」
なんなんですかこの人、可愛すぎです!!
満面の笑みで、子供のようにプリンを突っついています。
「やっぱりプリンと言えば黒猫堂だよね。異論は認めないよ!」
きっとこの方の身体には血液じゃなくてイチゴミルクが流れていて、だからこんな破壊的な可愛さをしているんですね!
異論は認めません!
「ところでヴィオラ。聞きたい事があるんだけど」
「なんでしょうかっ!」
プリンのおかわりならちゃんと用意してありますよ!
「ヴァンに、俺を見張るように言われたんだって?」




