ヴィオラと黒
「適当に座って。すぐ終わるから」
招かれて恐る恐る入った部屋は、豪華な装飾品もありましたが、全体的には簡素でした。
香を炊いているようで、部屋の中は甘い香りがしています。
装飾品作りがご趣味なのか、部屋の一角にかなり充実した施設が創設してありました。
そこから取り出した工具を手に、エルネスト様は慣れた手付きで小さな部品を切ったり曲げたりしてあっという間にペンダントをなおしてしまいました。
「よし。なおった」
「あ、ありがとうございます! ……って、あの?」
彼は立ち上がると、私の背後に回ります。
「付けてあげるよ。じっとして?」
エルネスト様に付けていただいて胸元に収まったペンダントに触れ、そこにある事を確認します。
いつもの場所にあるエメラルド。
よかった。
これがあるだけで私はいつも頑張れる。
「よっぽど大切なんだね、それ」
どうやら思っていた事を口にしていたようで、クスクスと笑われてしまいました。
笑っている天使様も素敵です。
「もしかして、大切な人からの贈り物?」
「それは……分からないんです」
「わからない?」
私の答えにエルネスト様は不思議そうに首を傾けました。
彼はロマンスのような何かを期待しておいでのようですが、あいにくこのペンダントに関しての思い出はありませんでした。
いえ、あったのかも知れませんが、私にはその記憶が無いのです。
「昔、奴隷商人に捕まった事があって……幸いにも売り飛ばされる前に助け出されたそうなんですが……私にはそのあたりの記憶が無くて。これは助け出された時に持っていたものなんです。誰かがくれたのか、拾ったのかはわかりません」
「へぇー」
エルネスト様はどこかニヤついているように見えました。
次に、哀れみの視線が私に向けられます。
なんとなく、彼がなにを言いたいのか分かってしまいました。
「奴隷商人も捕まった事があるのか……。なんというか……誘拐しやすそうだからなぁ、ヴィオラは」
「……よく、言われます」
とても不本意ですが……。
それから、たわいもない事を聞かれ続けました。
私は質問に答え続けていたのですが……途中から、意識が朦朧としはじめました。
「ヴィオラ? どうしたの? 大丈夫?」
かけられた声にハッとします。
どうやら私はボーッとしていたようです。
「は、い。大丈夫です」
と言いましたが、本当は大丈夫なんかではありませんでした。
なんだか、息苦しいのです。
香です。
この香りはとても嫌です。
「そう。ならいいんだ。そういえばヴィオラ」
いけない。しっかりしなくては……。
「その男性恐怖症だっけ? 治したくない?」
「そ、そんなことができるのですか?」
「ああ。とても簡単な事さ」
この体質を治せるとエルネスト様は言い切りました。
エルネスト様は、私に隣に来るよう指示しました。
本当は疑ってかかるべきなのでしょうが、どうしてか私は逆らえません。
ああ、そういえばこの方は王族でした。
はなから、私なぞに拒否権はありませんでしたね。
「いいかい? 今から、私と目を合わせ続けてもらう。絶対に、目を逸らしてはいけないよ?」
「え?」
「私から目を逸らさなければいいんだ。簡単だろ?」
「えぇ。でも、それといったいなんの関係が……?」
「いいから、君は私のいう事をきいていればいいんだ。いいね?」
そう言って、エルネスト様は私の両頬を挟むように手を添えました。
甘い雰囲気漂う仕草ではなく、ただ固定したという感じです。
私は彼の手の冷たさに驚きました。
「……あのっ」
「喋るのも禁止」
……近いのですが……。
ぐっと寄って距離を縮められ、私は赤面していることでしょう。
顔が熱いです。
私は指示通りじっとエルネスト様と目を合わせ続けました。
黒い瞳。
この色は、数年前に亡くなられた王妃ユスティーナ様と同じ色です。
実際に会った事はありませんが、王宮で何度か姿絵を拝見しました。
見つめられ、体が自由に動きません。
指の先まで硬直しているようです。
目を逸らしたくてもきっと無理でしょう。
それに、この黒い瞳は、私に何かを思い出させます。
ふっと脳裏に浮かんで消えたのは長い黒髪でした。
あの人は、いったい誰でしょう?
思い出せません。
なんだか、頭がクラクラしてきました。
視界がどんどん歪んで……気持ち悪いです。
………その瞳はもう見たくない。
闇より深い黒。
逆らえない。
……とても、コワイ。
そう思った瞬間、私は内側に引き摺られるような感覚を覚えました。
そして気が付くと私は別の世界から、エルネスト様と見つめあっていたのです。
薄い幕が張られた内側の世界に閉じ込められたような……例えるならそんな感じでしょうか。
「誰だい? 君は?」
ニヤリと、エルネスト様は不敵な笑みを零しました。




