ヴィオラと天使様
「うぅーん?」
私は、どうしたのでしょう?
とりあえず、目覚めた場所が先程までいた路地裏の一角だということは分かります。
たしか、また悪漢共に襲われて……錯乱して気を失ったんでしたっけ。
あの時、彼らを前にしても症状が出なかったような気がしたんですが……やはり、そんな事はなかったようです。
本当に嫌になりますね、この変な体質。
私も昔は普通の女の子でした。
男の人が苦手なんてことはなく、話したりしても全く問題もなかったのに。
……そういえば、一緒にいた彼女はどうなったのでしょう?
辺りを見回すと襲って来た皆さんは大きなタンコブを頭にいくつもつけて地べたで伸びています。
あ、ちなみに動かない方は平気です。
至近距離に立たれたり、話しかけられると無理ですが。
動かないなら置物とたいして変わりありませんから。
今、王宮でなんとかやっていけてるのは、すれ違う男性のほとんどが直立不動で警備にあたってくれているからですし。
にしても、おかしいですね……私の記憶違いでしょうか?
この人たち、こんなに太い眉毛でしたっけ……?
しかもどの方も繋がってます。
「お。ナイスタイミング。おはようヴィオラ。気分はどう?」
声が聞こえた方を見ると先程知り合った方――エルネスト様がインクと筆を手にしてこちらをみていました。
「また、助けていただいたようで、本当にありがとうございます」
「かまわないよ。私自身スッキリして、
とても気分がいいんだ」
「はぁ……」
ヴィオラは思わず痛々しいタンコブ達に目をやってしまった。
そこには明らかに襲われた恨みとは別の……日頃の積もりに積もった鬱憤が込められているようだった。
「さて、邪魔ものはつぶしたし、王宮にいこうか」
こうして私達はようやっと王宮にたどり着けたのです。
私の数歩先を歩くエルネスト様が足をむけたのは、王族が住まう棟でした。
しかも、衛兵は彼女の顔を見ただけで敬礼して道を開けます。
顔パスです。
びっくりです。
ヴァンお兄様のように、エリート使用人であれば顔パスもできるでしょうが……、この方の話し方は使用人のそれではないような気がします。
も、もしかしてこの方……かなり良家のお嬢様なのでしょうか?
王族専用棟に部屋をもらっているという事は、アクリシア王族の方……?
でも今、棟に住まう王族はジークフリート様と皇子が三人しかいないはずです。
エルネストというのは第三皇子様のお名前ですが、この方は側にいても平気なので女性であることは間違いないのです。
おそらく偽名でしょう。
それ以外でこの棟の一室をあてがわれるような人は……ベリエ一族……もしくは、ラゼリア公爵家でしょうか?
その他の貴族達は王族棟には許可なしでは入れないはずです。
もちろんクォーツ家もしかり。
そう言えばラゼリア公爵家には私と同じ年くらいの美しいお嬢様がいると聞いたことがあります。
社交場には出た事が無いので会ったこともありませんが……もしかしてこの方が……?
きっとそうに違いありません。
天使のように美しく、優しい方です。
緩くウェーブした淡い色の茶髪は透き通るほと細く、長いまつ毛に、ふっくらとした桃色の唇。
瞳は吸い込まれるような漆黒。
先ほどの涙ぐまれた姿など、可愛さのあまり抱きしめたくなる衝動を抑えるのでいっぱいいっぱいでした。
はっ!
……私、何か粗相でもしていたらどうしましょう?
私だけではなく、クォーツ家全体の問題になるような高貴な方ですよ!?
というか、そのような方にたかが中流貴族の装飾品修理などお願いしてしまっていいんでしょうか?
否。
答えは否です!
即刻非礼をお詫びしてなかった事にしていただきましょう!
「あの「悪いけど、着替えるから少し外で待っていてもらえるか? ここらは人もあまり通らないから安心するといい」
そうして天使様は扉の中に消えていかれました。
ああぁぁ!
さすがは天使様!
タイミングの神にまで愛されておられる!
彼女が入って行った部屋の扉は細やかな飾り彫がされており、高い身分の方であることは一目瞭然でした。
「ど、どうすれば……?」
このままでは不敬で牢屋行き……もしくは一族で連帯責任を取らされるかもしれません!
ヴァンお兄様にもご迷惑をかけてしまうかもしれない。
それだけは阻止せねば……!
といってもこの場合どうすれば良いのでしょうか?
着替え中に押し入るのはまず不敬ですし……。
彼女が着替えて出て来られた際に平謝り。
現状ではこれがベストですね。
そう決めて、じっとその時を待っておりますが、こういう時に一人というのはとても不安になるものです。
どうしても、悪い方へ悪い方へ考えてしまって……。
こんな時、いつもならあのペンダントに触れて元気を貰うのですが……今は壊れてしまったそれを思い出し逆に沈んでしまう始末です。
まったく。今日は厄日でしょうか?
「あら? あなたは……ヴィオラ?」
悶々としながら立ち尽くしていた私に背後から声がかけられました。よく知った声に、緊張や不安が少し和らいだように感じます。
「エティ様!」
エティ様。
ライムント様の近衛騎士の一人で、先日誘拐された時にとてもお世話になった方です。
近衛の制服に身を包んだお姿はとても凛々しく、気さくな性格でとても付き合いやすい方です。
ちなみに私は彼女を心の中で密かにお姉様と呼んでおります。
「どう? 王宮には慣れた?」
「はい。おかげさまで。ライムント様にも、直に御礼を言いたいのですが……なにぶんこの様な体質なので……」
「あー、気にしない気にしない。ライムント様はとても大雑把な方だから細かいことは気にしないわ。良く言って寛大、かな? ヴィオラが気にするようなら私があなたが御礼を言ってたって伝えておくし」
「ありがとうございます。ぜひお願いします」
「りょーかいっ。ところで、あなたこんな所で何してるの? 無断で入って来たなら、さすがに役職上見逃せないんだけど……」
「あ、無断……では無いです。多分。この部屋の主様に呼ばれて……というより用があって、一緒に入って来ましたから……」
「この部屋って……え?」
エティ様は私の背後にある扉を見て、とても驚かれた様子でした。
「どうか?」
「あ、いや、うん。ちょっと驚いてねー。あの方が部屋に人を連れて来るのって多分始めてよ? 侍女も近衛もいないし」
「侍女も、近衛もいないのですか?」
高貴な方にしては珍しい事です。
私は気になっていた事をお姉様に聞いてみることにしました。
謝罪する相手の本当の名前を知っていて損は無いですしね。
「あの、この部屋の主はどういった方なのでしょう?」
「え!? あなたまさか、知らずに着いて来ちゃったの!?」
「ええ、まぁ」
まぁ、驚きますよね。
私も助けていただいたとはいえ初対面の方にほいほいついて来てしまった自分の思慮の浅さに現在進行形で驚いています。
その失態はお姉様の答えを聞いた後にさらに実感する事となりました。
「ここは第三皇子エルネスト様の私室よ」
「…………………は?」
自分でも随分と頓狂な声が出たと思います。
いや、確かに、確かにあの方は自らをエルネストだと名乗りましたが……あの方、女性ですよ?
今までの事を振り返って見ても、あの方といても私は正気を保てています。
間違っても皇子様ではないです。
皇女様なら納得しますが、皇女様は現アクリシア王宮には存在しません。
「あら? そういえばあなた男性恐怖症だったんじゃ………って、あ!! もしかして、あの少女顔に騙されちゃった!?」
「それ、誰のこと?」
「ひっ! エルネスト様!!」
音も無く開かれた扉から出て来られた天使様のお姿に、私は思わず息を止めました。
さきほどまでの茶髪は金色にかわり、差し込む日差しに美しく照らされキラキラと輝いております。
この天使様が、エルネスト様。
先ほどまでは信じ難かったですが、今はその事をスッと理解できます。
黄金の髪はアクリシア王族特有の色ですから。
でも、それなら、どうして私は正気を保っていられるのでしょうか?
今も。
助けられた時も。
この人は、近づいても大丈夫。
話しても震えはこない。
恐怖は生まれない。
はじめて出会った、私の体質が効かない人。
もしかしたら、エルネスト様といる事でこの変な体質を治せるかもしれない。
そんな予感がしました。




