婚約破棄された悪役令嬢は全てを捨てたはずなのに、隣国最強王子に執着され復讐ごと溺愛されることになりました
「エリシア・フォン・ルクレツィア。貴様との婚約を破棄する!」
――来た。
その一言を、私はずっと待っていた。
王城の大広間。煌びやかなシャンデリアの下で、私は静かに顔を上げる。
婚約者である第一王子アルベルトは、私を見下ろしながら得意げに笑っていた。
隣には、あの女――平民出身のリリアナ。
「彼女を虐げ、陰湿な嫌がらせを繰り返した罪は重い。証拠も揃っている」
……証拠、ね。
胸の奥で、冷たい笑みが浮かぶ。
それ、全部。
――私が用意したものだけど?
「……そうですか」
私はただ、それだけを返す。
ざわめきが広がる。
普通なら取り乱す場面。泣き崩れるべき場面。
でも私は、違う。
だって――
(ようやく、ここまで来た)
この瞬間こそが、私の復讐の始まりなのだから。
「何だその態度は!?」
アルベルトが苛立つ。
リリアナは怯えたふりをしながら、私の背後に隠れる。
滑稽だ。
「では、婚約破棄。受け入れます」
その瞬間、空気が凍った。
「……は?」
「ただし」
私は一歩、前に出る。
「それに伴う契約破棄に関して、全て法に則って処理していただきます」
「契約、だと……?」
「はい。王家と公爵家の同盟契約です」
アルベルトの顔が引きつる。
そう――
この婚約はただの恋愛ではない。国家間の均衡を保つためのもの。
そしてそれを、一方的に破棄すればどうなるか。
「違約金、領地返還、兵力供給の停止……全て適用されます」
会場がざわめく。
アルベルトの側近たちが顔色を変える。
「な、何を言っている!そんなもの――」
「正式な契約書は、こちらに」
私は侍女に目配せする。
差し出された書類に、王族たちは言葉を失った。
――終わりよ。
あなたたちの。
「なぜ、こんなものを……!」
「最初から分かっていましたから」
私は微笑む。
「あなたが、愚かだということを」
「なっ……!」
怒号が飛ぶ。
でも、それすらどうでもいい。
だって――
「もう、あなたに興味はありませんので」
その瞬間。
扉が開いた。
重々しい音と共に現れたのは、漆黒の軍服を纏った男。
銀色の髪。鋭い瞳。
場の空気を一瞬で支配する存在感。
「随分と楽しそうだな」
低く響く声。
誰もが振り向く。
「隣国グランディア王国第一王子――レオンハルト殿下!?」
ざわめきが爆発する。
彼はゆっくりと歩き、私の隣に立つ。
「迎えに来た」
「……早いですね」
「待てなかった」
さらりと言ってのける。
相変わらず、この人は。
「なぜ、ここに……!」
アルベルトが叫ぶ。
レオンハルトはちらりと視線を向けるだけ。
「契約だ」
「契約……?」
「エリシアは、我が国の客人として迎える」
静かな宣言。
だがその意味は重い。
「ふざけるな!そんなこと認めるわけが――」
「では、戦争か?」
一瞬で空気が凍る。
誰も、何も言えない。
レオンハルトは淡々と続ける。
「同盟を一方的に破棄したのはそちらだ。理由はどうあれ、こちらには介入の正当性がある」
完璧な理論。
逃げ道はない。
私は小さく息を吐く。
(これで、舞台は整った)
「行こう、エリシア」
「ええ」
私は彼の手を取る。
その瞬間、彼の指が強く絡む。
「……逃がさない」
「逃げませんよ」
「信用できない」
小さく囁かれる。
その声音は、戦場の王子のものではなく――
執着する男のそれだった。
(相変わらず、重い)
でも、それでいい。
彼は私の“切り札”なのだから。
――数日後。
グランディア王国。
「さて、復讐の続きだな」
レオンハルトが楽しげに言う。
「楽しそうですね」
「当然だ。お前を泣かせた連中を潰せる」
物騒すぎる。
でも否定はしない。
「情報は全て揃っています」
「流石だ」
「私は、ただ奪い返すだけです」
名誉も、地位も、全て。
そして――
「断罪も」
私は微笑む。
それから数週間。
王国では次々と不正が暴かれた。
アルベルト派の貴族は失脚。
リリアナの虚偽も明るみに出る。
そして、ついに――
「エリシア……なぜだ……」
牢の中で、アルベルトが呟く。
その姿を、私は見下ろす。
「なぜ、ですか?」
私は首を傾げる。
「あなたが、私を捨てたからですよ」
「違う……俺は……」
「愛していた?」
その言葉に、彼は黙る。
私は笑う。
「なら、なぜ信じなかったのです?」
「……っ」
「簡単なことです」
私は背を向ける。
「あなたは、私より“都合のいい嘘”を選んだ」
それだけ。
それだけの話。
「処分は、法に則って」
私は淡々と告げる。
悲しみはない。
怒りも、もうない。
ただ――終わっただけ。
そして。
「……終わったな」
レオンハルトが隣に立つ。
「ええ」
「なら、次は俺の番だ」
「……何のです?」
嫌な予感しかしない。
彼は私の顎に手をかける。
「お前を手に入れる」
「もう手に入れているでしょう」
「足りない」
即答だった。
「全部だ。心も、身体も、未来も」
……重い。
でも。
「拒否権は?」
「ない」
「でしょうね」
私は小さく笑う。
この人は最初からこうだった。
冷酷で、合理的で――
そして、異常なほど執着する。
「いいですよ」
「……本当か?」
珍しく、彼が戸惑う。
「条件付きで」
「言え」
「私の復讐に、最後まで付き合うこと」
「当然だ」
即答。
「そして」
私は彼の目を見る。
「最後まで、私を捨てないこと」
一瞬の沈黙。
そして。
「ありえない」
彼は断言する。
「俺が、お前を捨てる?」
低く笑う。
「そんな未来、存在しない」
――ああ。
やっぱりこの人は。
(最悪で、最高だ)
「では、契約成立ですね」
「ああ」
彼は私を抱き寄せる。
「これでお前は、完全に俺のものだ」
「ええ」
逃げる気なんて、最初からない。
だって私は――
全てを奪われた悪役令嬢だから。
だから今度は、全部奪い返す。
愛も、地位も、未来も。
そしてその隣には――
最強で最悪な王子がいる。
それでいい。
それがいい。
――復讐の先にある、この歪んだ幸福でさえ。
私は、もう手放す気はないのだから。




