咲島さんの将来設計はどこかおかしい
「咲島ってあの咲島か?」
「不愛想で無表情で何考えてるか分からないあの咲島?」
「うん、その咲島さん」
教室にて僕の友達の男子二名が面白いくらいに目をまんまるにして驚いていた。
その理由は僕が隣のクラスの咲島 素子さんに告白するって話をしたからだ。
「いや咲島は無いだろ」
「そうそう、気味が悪いって」
「僕は可愛いと思うけどな」
友達二人が特に失礼というわけでもなく、誰からも似たようなネガティブな感想が出てしまう。
それが咲島さんの評判なんだ。
せめて少しは笑顔でも見せてくれれば変わると思うんだけどね。
実際僕がそうだったから。
学校の帰り道、散歩中の犬に絡まれた咲島さんが優しい笑顔で撫でてあげているレアシーンを目撃した僕は、一気に惚れてしまったんだ。
あんなに素敵な笑顔をする人は絶対に良い人だって確信した。
「可愛いってお前……顔は整ってる気がするけど、怖くないか?」
「目が合ったことあるけど、こっちの内面を見透かされているようで気分悪くなる」
表情が乏しいというのはこれほどまでにマイナスの印象を与えるものなんだね。
他の人が彼女の魅力に気付く前に告白しなきゃ。
――――――――
ということでこの日の放課後。
咲島さんはいつも最後の一人になるまで教室に残っているから、そうなるまで待ってから教室に突入する。
「咲島さん。ちょっと良い?」
「…………」
無表情で僕の方を見上げる様子は確かに怖いと思われても仕方ないかもしれない。
「話したいことがあるんだけど、時間あるかな?」
「…………」
彼女は僕をじっと見たまま何も答えてくれない。
まさか告白すらさえてもらえないなんてことは無いよね。
「あの、咲島さん?」
「……どうぞ」
ボソっと小さな声で答えてくれたけれど、あまりにも小さすぎて二人っきりなのに聞き逃しそうになっちゃったよ。
でも良かった。
話を聞いてくれるらしい。
これで告白出来るぞ。
男らしく真っ向勝負だ。
「咲島さん好きです。僕と付き合って下さい」
シンプルイズベスト。
果たして彼女の反応はいかに。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
うん、こうなる気がしてた。
咲島さんはまた答えずに僕をじっと見つめている。
いきなりの告白で驚いただろうからじっと待っていたのだけれど、流石に沈黙が長すぎるので反応を催促することにした。
「あの……咲島さん?」
すると彼女は鞄から筆記用具とノートを取り出した。
そしてノートの何も書かれていないページを開き、上部にある文字を記入した。
『付き合ってからやること』
これはどう考えれば良いのだろうか。
告白の答えがオッケーで、付き合ってからのことを考えましょう。
告白の答えは保留で、付き合ってからやりたいことを話し合って満足出来たらオッケーにします。
このどっちかってことなのかな、多分。
「ええと、何をやりたいのか言えば良いのかな」
やっぱり彼女は僕の質問に答えてくれない。
また催促すれば教えてくれるかな。
それともやりたいことをとりあえず言えば良いのかな。
デートとか、手を繋ぐとか、名前で呼ぶ……のはまだ早いよね。
一緒に帰るってのも良いなぁ。
やっぱり最初はデートをしてお互いの事をもっと知るべきだと思う。
なんて考えを巡らせていたら、彼女はペンを動かして何かを書き出した。
『セックス』
「待って。ちょっと待って」
確かに付き合ったらいずれそういうことをするかもしれないけれど、よりにもよって最初に出てくるのがそれ?
そういうのは男が期待するものだと思っていたのだけれど、女性側が期待するパターンもあるの。というか咲島さんは実はむっつり系だった?
「ちゃんと時系列を追って書かない? ほら、付き合って最初の方は何をしたいとか、仲良くなったらアレしたいとかってあるでしょ」
しまった。
こういう理屈っぽい話って女性に嫌われるってどこかで読んだことがある気がする。
深く気にしないで感覚的にあれをしたいこれをしたいって言うのが正解だったかも。
そんな僕の心配は無意味だったようで、咲島さんはノートにある文言を追加してくれた。
『付き合ってすぐにやること』
『しばらく付き合ってからやること』
『長く付き合ってからやること』
僕の提案を受け入れて時系列に書いてくれるらしい。
そしてそのまま彼女はペンを動かして先程のアレを書いた。
『付き合ってすぐにやること』
『セックス』
「待って。ちょっと待って」
おかしいな。
見間違いじゃないよね。
もしかして咲島さんってむっつりどころじゃないの?
それとも『付き合ってすぐ』の『すぐ』の範囲が彼女の中では広いのかな。
例えば高校卒業までを指してるとか。
そのくらい広ければ変では無いのかもしれない。
よし、もっと手前にやるべきことを指摘して書いてもらおう。
「まだボク達ってキスもしてないんだよ」
「…………」
「まって。ちょっと待って。なんで『キス』の方が後ろ側なの!?」
この人、セックスの後の方にキスって書いたんですけど。
「初デートとか、手を繋ぐとかは!?」
「…………」
「そんな気がしてたよ……これって時系列右から左じゃないよね」
念のために確認したら左から右へと矢印を書いてくれた。
セックス、キス、手を繋ぐ、初デート。
おっかしいな。
どう考えても向きが逆だと思うんだけど。
「もっと先にやることあるよね?」
「…………」
そう確認したら小さく首を傾げた。
はじめて咲島さんに感情らしきものが見えた気がするけれど、よりにもよってその謎の疑問感ですか。
彼女はしばらく何かを考えるとついに『セックス』の前に追加してくれた。
『プロポーズ』
「まって。ほんと待って。それって婚約してるよね。付き合ってるを越えてるよね」
「たしかに」
いやだからこれまで無口だったのにどうしてここで口を開くのさ。
もっとインパクトのある場面でお話ししようよ。
「もしかして僕、揶揄われてる?」
「ううん」
爆速の返事だった。
徐々に彼女の感情が表に出て来ている気がする。
でも力強く否定したってことは、これが彼女にとって本気でやりたいことなんだ。
順番を逆にすれば自然なのにどうして。
体の相性を先に確認したいタイプってことなのかな。
世の中にはそういう女性もいるってことなのだろうか……
僕が咲島さんの考え方をどう受け止めて良いのか分からずに悩んでいたら、彼女は小さく俯いてからある言葉を呟いた。
「既成事実」
「よし話し合おう」
彼女が超肉食系の可能性が見えて来た件について。
告白直後に既成事実を狙うだなんてよっぽど餓えてるようにしか見えないよ!
「僕は本気で咲島さんが好きなんだ。しばらくの間は間違いなく嫌いになんてならないよ。だから既成事実とか考えないでゆっくり仲良くなれたら良いなって思うんだけど、どうかな? もちろん咲島さんがこういう流れの方が良いってタイプなら頑張るけどね」
咲島さんはスタイルが良いので男としては願ったり叶ったり。
ただ好きだからとかじゃない理由で致すのに罪悪感が半端ないだけ。
僕の言葉に咲島さんは微動だにしない。
きっと何かを考えているのだろう。
今度こそ彼女が自分から何かを答えてくれるのを待とう。
そうしてどれくらい経っただろうか。
窓の外から夕陽が射し込み、そろそろ先生が教室を戸締りに来てもおかしくない時間帯。
咲島さんがついに気持ちを説明してくれた。
「私なんかを好きになってくれる人がいるなんて思わなくて焦っちゃった……」
はい可愛い。
超可愛い。
好きすぎて堪らないんですけど。
誰ですか感情が無いとか無表情とか怖いとか言ったの。
照れて俯く姿が可愛すぎてそれこそハグして『セックス』したくなっちゃう。
「やっぱり僕が思った通りだ。照れてる咲島さん、とても可愛い」
「…………ばか」
試しに攻めてみたら猛烈なカウンターを喰らって撃沈させられてしまった。
やっぱり咲島さんはとても可愛い。
この魅力を他の人が気付いて寝取られないように僕も好きになって貰えるように頑張らないと。
…………既成事実、必要だったかな?




