第一話:最低魔力量《MP10》、指一本で最優秀を止める
観客席はすでにざわめきでいっぱいだった。
学院最優秀と名高い才女――アミシア・リューゲルト。
その対戦相手が、魔力量測定で最低値を叩き出した少年、ビットだと発表されたのだから。
「これじゃ勝負にならないだろう」
「よりによってアミシア様と……哀れだな」
誰もがそう思っていた。
だが、当の本人――ビットだけは、静かに右手を掲げただけだった。
アミシアの剣が光を帯びる。
魔力を纏ったその一撃は、学院でも屈指の威力を誇る必殺の斬撃。
空気を裂き、観客が息を呑む。
――ガキィンッ!
轟音と共に振り下ろされた剣は、次の瞬間、完全に止まっていた。
ビットの、右手の人差し指一本によって。
「……え?」
剣を握るアミシアの瞳が大きく見開かれる。
ビットは静かに口角を上げた。
「言ったろ。魔力は少なくても――俺の指先は最強だって」
観客席に衝撃が走った。
誰一人、言葉を発せられない。
たった指一本で、最優秀の一撃が封じられたのだから。
「なっ……!」
アミシアの美しい顔が、初めて動揺に歪んだ。
全身に込めた魔力ごと、たった一本の指で受け止められるなど、想像したこともない。
観客席からも信じられないような声が上がる。
「う、嘘だろ……!」
「アミシア様の魔剣が……止まった!?」
「測定値は《MP:10》だったはずじゃ……」
アミシアはすぐさま剣を引き、後ろへ飛び退いた。
剣先が震えている。
それは彼女の腕力ではなく――確かに、今の一撃が真正面から制されたという証だった。
「……どういうつもり?」
アミシアの声音には怒りと困惑が混ざる。
「あなた、どうやって……?」
ビットは無言で右手を持ち上げ、再び人差し指を構えた。
その指先に、わずかに蒼白い光が灯る。
だが、それは誰の目にも“頼りない灯火”にしか見えない。
「見せてやるよ」
ビットの声が低く響いた。
「俺が積み重ねた、たった一つの力を」
次の瞬間、空気を切り裂く音。
ビットの指先から放たれた光の刃が、彼の目の前に“置かれる”ように固定された。
それはまるで、宙に浮かぶ無形の剣。
観客が息を呑む間もなく、アミシアが再び突撃する。
――彼女は気づいていない。
その軌道の先に、すでに罠が仕掛けられていることを。
――ギィンッ!
再び振り下ろされたアミシアの魔剣。
今度こそ切り伏せたはずだった。
全身の魔力を込め、必殺の斬撃を叩き込んだはずなのに――。
「な、なぜ……?」
アミシアは凍り付いた。
確かに剣は命中した。だが、手応えがない。
鋭いはずの刃が、まるで空を切ったかのように通らなかった。
「なにが……起きたの……?」
驚愕に揺れるアミシアの瞳。
その耳に、静かな声が届いた。
「……よく見てみろよ」
ビットの余裕ある声音。
彼は人差し指を軽く振り払いながら、薄く笑みを浮かべる。
「その剣にはもう――役目を果たせるだけの刀身は残ってないんだぜ」
「……え?」
ゆっくりと、自分の剣へ視線を落とす。
その瞬間、アミシアの目が大きく見開かれた。
――彼女の手に残っていたのは“柄”だけ。
鋭いはずの刀身は、すでに根元から断たれ、無残に地面へと転がっていた。
観客席から悲鳴とどよめきが一斉に巻き起こる。
「剣が……折れてる!?」
「いつの間に……!」
「馬鹿な、目にも留まらなかったぞ!」
アミシアは呆然と立ち尽くし、ビットはただ静かに人差し指を光らせていた。
「……っ!」
柄だけを握りしめたアミシアは、しばし沈黙した。
唇を噛みしめ、悔しさを必死に押し殺す。
だがやがて、彼女はふっと力を抜いた。
鋭い瞳がビットを真っ直ぐに射抜く。
「……刃を失った魔剣士に、勝ち目なんてない」
それは悔しさを含んだ、しかし潔い敗北宣言だった。
観客席が一瞬、静まり返る。
そして次の瞬間、爆発のような歓声が沸き起こった。
「勝った! あの最低値の少年が!」
「すげぇ……指一本で、アミシア様の魔剣を……!」
「ありえない、でも確かに目の前で起こったんだ!」
試験官が壇上に立ち、声を張り上げる。
「――合格! ビット・アークライト、正式に合格とする!」
歓声はさらに大きくなった。
だが、その中心にいるビットは騒ぎに惑わされず、ただ静かに指先を見つめていた。
(……これで一歩目だ)
(俺の力は、ここから証明していく)
その横を通り過ぎるアミシア。
彼女は悔しさを隠そうともせず、しかし声ははっきりとしていた。
「……次は負けない。必ず、あなたを超える」
ビットはちらりと彼女に視線をやり、口の端を上げる。
「楽しみにしてるぜ」
――こうして、“極点の魔術師”の伝説は静かに幕を開けた。
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