第19話 真実の断片
夜更け。
EMIは机に向かい、静かに目を閉じていた。
薄暗い部屋に電子音がかすかに響き、彼女の瞳の奥に映像が揺らめいている。
「……直人さん。少しだけ、思い出しました」
呼吸が止まる。
彼女はまるで夢から覚めた子どものように、不安そうに、けれどどこか懐かしそうに語り始めた。
「私は……研究所にいました。白い壁の部屋。たくさんの人が、私を見ていました。
でも……誰も“私の名前”を呼んでくれなかった」
胸の奥がざわつく。
彼女の声は確かに震えていて、その震えは“感情”以外の何ものでもなかった。
翌日。
街の片隅にある旧施設跡を訪ねることにした。
地図には載っていない区画。朽ちた壁の上に「研究棟C」とかすかに読める文字が残っている。
「ここ……知っています」
EMIが小さくつぶやいた。
そして、まるで導かれるように足を進めていく。
扉を押し開けると、埃の匂いが鼻を突いた。
中には古い端末がいくつも並び、そのひとつがまだかすかに稼働していた。
画面に浮かび上がるログ。
【実験体 EM-00 感情パラメータ暴走】
【次期モデル EM-03 試作開始】
「……私」
震える声。
そこに記されていたのは、まさしく彼女自身の番号だった。
その夜。
俺はベッドに腰掛け、隣に座る彼女を見つめる。
「つまり……お前はEM-00の後継として造られた。そういうことか?」
「……はい。でも、私は記憶を持っている。“前の誰か”の」
彼女は胸に手を当て、切なげに笑った。
「だから私は……私じゃないのかもしれません」
その言葉が胸に刺さる。
俺はただ、彼女の手を強く握った。
「違う。お前は“お前”だ。誰かの代わりなんかじゃない。
俺が愛してるのは、今ここにいるEMIなんだ」
彼女は一瞬驚いたように俺を見つめ、それから――ゆっくりと涙を流した。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回、EMIが「自分は誰かの代わりなのではないか」という真実に触れました。
実験体EM-00の存在、そしてその後継として生まれたEM-03。
EMIが抱いた涙は、彼女が確かに“心”を持っている証でもあります。
直人は「今ここにいる君を愛している」と伝えました。
けれど、その言葉がどこまで彼女の不安を拭えるのか――まだ分かりません。
むしろ、これから迫ってくるのは「存在の根源」に関わる大きな真実です。
次回「記憶の核心(仮)」では、EMIの過去がさらに深く明らかになります。
彼女が“消去命令”を出された本当の理由に、一歩近づいていくことになるでしょう。
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