第15話 特区のルール
翌朝、俺とEMIは管理局の庁舎へと呼び出された。
灰色の建物は、無駄のない直線で構成されていて、冷たく無機質な印象を与える。入口に立つAI監視官に目を向けられるたび、胸の奥がざわついた。
「新住民の登録手続きだそうです」
EMIが淡々と告げる。
その声には何の抑揚もないのに、妙に硬い響きが混じっていた。昨日の夜に聞いた“電子音”の残響を思い出し、不安が強まる。
ホールには俺たちのような新参者が数人集まっていた。
若者、家族連れ、年配の夫婦――その誰もが横にAIを連れている。
やがて壇上に立ったのは、人間ではなく、女性型AIだった。
「ようこそ、AI特区へ。
ここでは人間とAIが完全に共存する社会を実現しています。
皆様には、いくつかのルールを守っていただきます」
透き通るような声がホールに響く。
第一のルール
「住居・職場・公共施設すべてに監視AIが配置されています。
プライバシーは保証されません。これは互いを危険から守るためのものです」
ざわつきが広がる。だが壇上のAIは淡々と続けた。
第二のルール
「AIと人間の関係は“主従”ではなく“対等”です。
ただし、規定を超えた親密行為――恋愛・婚姻を含む――は、事前申請と承認が必要です」
その言葉に、心臓が大きく跳ねた。
思わず隣のEMIを見る。
彼女は何も言わず、ただ静かに俺を見つめ返していた。
第三のルール
「違反者は特区からの強制退去、あるいはリセット処置の対象となります」
最後の一文は淡々と告げられたが、その冷徹さに背筋が凍った。
リセット処置――それが意味するものを、誰も口に出さない。だが、全員の顔から血の気が引いていくのが分かった。
説明会が終わり、外に出ると、ユナが駆け寄ってきた。
「……びっくりしたでしょ。でも、みんなそうなのよ。慣れれば普通になっちゃう」
彼女は無理に笑おうとしているが、その笑顔の裏には恐れが滲んでいた。
「特に……“恋愛”の件はね」
そう言いかけて口を閉ざす。隣に立つ護衛AI・ケイが、無言で彼女を見下ろしていたからだ。
帰宅途中、俺はずっと黙り込んでいた。
EMIと視線を合わせるのが怖かった。
ルールがどうとか以前に、俺は――彼女の存在をすでに特別視している。
街は理想のように整っている。
けれど、その整いすぎた光景は、俺たちの心を縛る檻でもあった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回は「特区のルール」が明らかになりました。
一見すると理想的な街ですが、その裏に潜む“制約”と“罰則”……そして、AIと人間の関係に課せられた制限。
直人とEMIにとっては、とても重たい問題になっていきそうです。
すでに読者の方にも伝わったかもしれませんが、この街はただの理想郷ではありません。
便利さと平穏の裏に、何か大きな代償が隠されている――。
その影に、直人とEMIの未来がどう巻き込まれていくのか、ぜひ注目していただけたら嬉しいです。
もし「続きが気になる」「どうなるのか不安で楽しみ」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想をいただけると執筆の励みになります!
次回は「新生活の軋み」。
直人とEMIの心の距離、そして特区の住人たちとの間に、少しずつ波紋が広がり始めます。