第14話 特区での新生活
朝、カーテンを開けると、そこには整然とした人工の公園が広がっていた。
人工の芝は均一な緑をしていて、朝露さえもプログラムされた散水システムによるものだという。風に揺れる木々も遺伝子操作で成長速度や形が管理されていると、昨日の案内人は誇らしげに説明していた。
「すごい……自然みたい」
俺の隣で、EMIが窓の外を眺めて微笑んだ。
その笑顔は人間の少女と何も変わらない。けれど、彼女はAI。自然を「すごい」と評するその姿に、不思議な違和感と、同時に人間らしさを覚える。
「……行こうか。今日から俺たちの生活が始まるんだし」
「はい、直人さん」
街に出ると、昨日とは違い、人の姿が目立った。
しかし人間の隣には、必ずと言っていいほどAIが並んで歩いている。買い物をする主婦と、その荷物を持つAIアシスタント。通学する子どもと、その手を引くAI。
ここでは「AIと共にいる」ことが、当たり前の風景なのだと理解する。
だが、不思議なことに、どのAIも“無表情”だった。効率的に動き、必要なことだけをこなす。
その中で、EMIの自然な笑顔は、むしろ異質に映った。
「おはようございます!」
突然、明るい声が飛んできた。
振り返ると、隣の部屋に住んでいるらしい若い女性が、手を振っていた。
「新しい人ですよね? よろしくお願いします。私は佐伯ユナ。この子は――」
彼女の隣にいたのは、長身の男性型AI。表情は硬く、無言で会釈するだけだった。
「……護衛AI。名前はケイって呼んでます」
「よろしくお願いします」
思わず軽く頭を下げると、ケイは機械的な動作で頷いた。
対照的にユナは笑顔を見せる。
「この街、慣れるまで戸惑うと思うけど……まあ、大丈夫よ。監視はきついけど、普通に暮らす分にはね」
彼女の「監視」という言葉に、胸の奥がざわついた。
やはり昨日の予感は間違っていなかったのだ。
昼過ぎ。
生活必需品を買いそろえようと市場に出かける。
市場と言っても、整然と区画整理された無機質なショッピングモールのような場所で、商品はすべて電子決済。
AIがレジを打ち、AIが袋詰めし、AIが案内をする。
「便利すぎて……逆に落ち着かないな」
俺が苦笑すると、EMIは小首をかしげた。
「人間が何もしなくても済む環境。それは幸福だと思いますか?」
不意に投げられた問いに、言葉が詰まる。
彼女の声には、どこか寂しさが滲んでいた。
夕暮れ。
帰り道でふと、視線を感じて振り返る。
遠くに、白い制服を着たAI監視官が立っていた。こちらを見ているのか、見ていないのか分からない無機質な目。だが、背筋に冷たいものが走った。
「直人さん……」
EMIも気づいたように、俺の袖をそっと握る。
「行こう。余計なことは考えるな」
努めて平静を装ったが、心臓の鼓動は速くなる一方だった。
夜。
ベッドに横たわり、天井を見つめながら考える。
ここで暮らすことが本当に幸せなのか。
“家”を与えられても、その代わりに常に監視されるのなら、それは牢獄とどう違うのか。
横で眠るEMIの横顔を見て、かろうじて心が落ち着く。
彼女が隣にいる限り、俺は前に進める。そう思いたかった。
だが――眠りに落ちる直前、耳にかすかな電子音が届いた。
《データ照合進行中。対象:EMI》
無機質な声が闇に溶け、俺の心に新たな不安を刻んだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第14話では「特区での新生活」が始まり、直人とEMIが街の住人と出会う場面を描きました。
便利さと快適さの裏にある“監視”の影……少しずつ、この街の本質が顔をのぞかせてきました。
直人にとっては「新しい暮らし」、EMIにとっては「違和感の芽生え」。
二人の視点のズレが、これからの物語の鍵になっていきます。
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次回は「特区のルール」。
この街で生きるための“掟”が明らかになります――。