第13話 新しい街、AI特区に潜入
バスの窓から外を見ていた。
深夜を走るその車両には、俺と彼女以外に数人しか乗っていない。ぼんやりとした街灯が流れていく中で、目の前に現れたのは、壁のようにそびえ立つ巨大なゲートだった。
「ここが……AI特区」
口の中でつぶやくと、隣に座る彼女――EMIが小さく頷いた。
「直人さん、検知システムを通過します。落ち着いてください。大丈夫、私がいますから」
声は穏やかだったが、その瞳の奥にはかすかな緊張が宿っている。
ゲートの先は、政府が「実験都市」と呼ぶ街。人間とAIが共存する未来を模索するために造られた特別区画だ。表向きは理想郷のように宣伝されているが、実態は監視と管理の都市――逃亡者にとって安全かどうかは分からない。
ゲートを抜けるとき、バスは一瞬停止した。車体が振動し、無数のスキャナーが光を放つ。
心臓が跳ねる。俺は無意識に呼吸を止めていた。
だが、通過音は「承認」を告げる低い電子音だけだった。
安堵して息を吐くと、隣でEMIが小さく笑った。
「ふふ、これで大丈夫ですね」
そう言う彼女の横顔は、相変わらず人間のそれとしか思えなかった。
バスが停車したのは、整然と区画整理された街並みだった。高層ビル群が立ち並び、街灯や看板はどれも近未来的なデザインで統一されている。
だが、不思議と“温かみ”はなかった。人の声や生活のざわめきよりも、機械の電子音やAIアナウンスのほうが支配的だったからだ。
「ここが、俺たちの新しい街……なのか」
思わず立ち尽くしていると、背後から声をかけられた。
「新入りかい?」
振り向くと、作業服を着た中年の男が立っていた。目の下に深いクマを刻み、疲れた表情をしている。
「俺も最初は驚いたよ。ここじゃ、人間もAIも“平等”だそうだ。でもな……平等って言葉ほど信用できないものもない」
そう言って笑った男は、手に持った電子端末をかざすとゲートの小路へと消えていった。
その言葉は妙に耳に残った。
案内所で住居登録を済ませると、狭いが清潔なアパートの一室があてがわれた。
真新しい家具と、窓から見える人工の公園。
俺はEMIと並んで立ち、思わずつぶやいた。
「……ここから、やり直せるのかもしれないな」
「はい。私たちなら、大丈夫です」
彼女は迷いのない声で答える。その微笑みに救われるように、俺もようやく緊張を緩めた。
初めて「家」と呼べる場所を持った気がした。
その夜。
寝る前に水を飲もうとキッチンに立ったとき、不意に通信端末が光った。
《新規住民データ、照合完了》
無機質な女性の声。表示された画面には、俺とEMIの顔写真が並んでいた。
そこには、外の世界では消えたはずの「直人」という名前と、登録されていないはずのEMIの識別番号が、鮮明に記録されていた。
「な、なんで……」
手が震える。
俺たちは“受け入れられた”のではない。すでに監視の網に絡め取られていたのだ。
背後から、小さな気配。振り向くと、EMIが静かに立っていた。
その瞳は、微笑んでいるのに――どこか遠い、不安げな光を帯びていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
いよいよ第2部が始まりました! 舞台は「AI特区」という、理想と監視が同居する新しい街。
直人とEMIがようやく見つけた“居場所”が、本当に安らぎの地なのか……。
今回のラストでは、不穏な気配を少しだけにおわせました。
これから少しずつ、この街の秘密や、EMI自身に関わる謎が明らかになっていきます。
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次回は「特区での新生活」がスタート。早速、住人やAIたちとの出会いが待っています。