第七話「決意」
(僕は弱い)
名無しの頬が化け物の手に触れられているにも関わらず、見ているだけの少年は言い訳をするように心の中で言葉を連ねた。
(今だって何も出来ずに見ていることしか出来ない。でも仕方がないじゃないか。動けばきっと首が消し飛ぶ)
勇人が考える通り、身動き一つでもとれば標的は勇人に向き、敵意を持った瞬間、紙を切る要領で斬られるのは判然としていた。
(ははっ……大見え切った割に僕は何もできていないじゃないか)
勇人は自嘲した。無力な己を。何もできずに口だけな自分を。
そして、感情が呼び覚ますように勇人は昔を思い出した。今と同じような事を勇人は経験し、忘れることが出来ないほどに後悔した事を覚えている。
それは、まだ幼くあらゆる事に目を輝かせていた十一歳の時の事だった。
「早く!!早く!!」
まだ子供である勇人は山の上にある神社目掛け真っすぐ階段を登っていた。後ろをたびたび見ながら、数えるのが億劫になるほどの階段を子供二人で。
「待ってよ。お兄ちゃん」
少女は息を切らしながら階段に手をつき、もう限界というように少年を止める。
まだ十歳にも満たない少女にとって三歳差ある少年のペースは早く、根を上げながらも置いていかれたくないという一心で必死に少年の背中を追った。
この先が見えない階段は別名「永天造の階段」と言い、一番下から天辺まで登り切ると神様が何でも一つ願いを叶えてくれると言われている。
少年は駄菓子屋のおばちゃんからその事を聞き、妹のように親しい少女と一緒に登り切ろうと神社を目指していた。
「あともう少しだ。ほら見えるだろ」
少年が指差す。
少女の視界の先に朱色の鳥居が見えるのは本当でた。
「もう……無理」
それでも体力はとうに限界を向かえ少女は地面にへたり込む。それを見て仕方ないなと少年はおんぶし鳥居まで少女を運んだ。
「ほらついたぞ」
少年は右手でポンポンと少女を叩き、目的地についたことを伝えた。
「ん?」
少女は目を擦り閉じていた瞼をあける。
そして、少女は神社という名の和風の建造物に目新しく興味を示すように目を輝かせる。
さっきまでの疲れが嘘のように少年の背中から降り、感心するように辺りを見渡し様々な物に触れる。
そして、すぐに飽きたのか少女は少年の元へ戻り手を繋いだ。
「神社はお祈りをするのが普通何だって」
そのまま歩き、少年少女はお賽銭入れの前に立つ。そして、硬貨を入れ鐘を鳴らした。
少年か願ったのは「このまま毎日楽しく過ごせますように」という願い。毎日楽しく過ごす少年にとって、日常が続くのは何より大切だったからだ。
目を開けると妹は長い間目を瞑っていた。
少年は後で何を願ったのか聞いてみたが「言わない」と言う。
教えてくれてもいいのにと、少年は思った。
「帰りはこっちにしよう!!」
神社の裏側にある道と言えなくはない道なき道を少年は指差す。横にある看板には「熊出没注意!!」と書かれた看板が立て掛けられていた。
「ん〜ん」
少女は首を横に振り、行きと同じ階段の方に裾を引っ張った。少女は看板を見て危険だと理解していた。
しかし、対する少年は好奇心旺盛なまだ十一歳の子供。危険な所も突っ走り、行くなと言われれば行きたくなる年相応の少年は我が道を行くのが少年心というものだ。
行くという意思は固く、少女の抵抗は虚しくずるずると引きずられ、結局二人はその道から山を下った。草の生えない土の色と所々についたロープを頼りに。
湿った土に滑りそうになりながら、二人はどんどん進んで行く。
不気味にカラスの声が響く中、夕焼け色の木漏れ日に当たりながら少年を先頭に二人は下る。
しかし、一向に木々を抜ける先が見えない。
二人は不安になりながらも前に進んでいった。不気味にカラスの声が響き、だんだん物音が静かになっていくように感じた。
引き返したいと思いながらもそれは出来ない。戻るには先に進み過ぎていた。
その時、下っていた背後から草をかき分ける音が聞こえた。ザザザっと明らかに動く何かだと振り向き気づいた時には、すでに二mを超える黒い巨体が二人の目に入った。
少年は恐怖で足が竦み動けなかった。
視線は妹の方にあり何もしなければ妹が先に死ぬのは分かっていた。
それでも少年は何もすることが出来なかった。襲いかかってくる巨大な体躯に怯えた妹の手を引っ張ることすらできなかった。
少年は妹が殺される寸前に目を逸らした。
それから何があったのか少年は覚えていない。気づけば街に少女とともに戻っていた。
結局あの時も自分はただ見ているだけだったと、勇人は過去を思い返した。大切な人が死ぬとき、手が届くにも関わらずその手を差し伸べることが出来なかった状況が今と重なる。
あと一歩の勇気が足りない。
力があるかどうかではなく、いざという時行動できるだけの心の強さが足りないのだと勇人は理解した。
あの時だって打開策は幾らでもあったのだ。
標的を自分に向けるために木の棒を投げたり、高い木に登って熊が立ち去るのを待ったり、ゆっくり視線を逸らさず冷静に後ろに下がって警戒心を解いたり微力ながらできることはたくさんあった。
過去を顧みる勇人は気づいていた。力がないから逃げていたのではなく目を逸らしたかったから逃げていたのだと。
自分のことは自分がよく分かってる。弱くて臆病で冷静さが足りなくて、すぐ周りの環境のせいと言い訳をする小心者だと。それでも恐怖で怯える誰かを助けたい、知り合ったみんなには死んでほしくない。
人は簡単には変わらない。
それでも怯えていながら勇気を持って果敢に戦い、怯える誰かを助けれる、そんな”勇者”のような存在になりたい。叶うならあの日神様に願った毎日楽しく過ごせる世界をもう一度。
そう勇人は自らの心の奥底から決意した。
その時、勇人の思いが応えるように鞘から溢れんばかりの真っ白な光を拡散させた。刀が"使え"と言うかのように。
驚嘆の感情は柄を掴んだ瞬間消えた。何故なら心の底から力が湧き上がってきたからだ。今までとはまるで違う。はっきりと胸の奥から勇気が闘志がみなぎってくるのを感じた。
何を目指して自分は今生きているのか。まだはっきりと形としてあるわけじゃない。それでも、助けてほしいと願う子共に手を差し伸べるような人間になりたいと勇人は重い足を前にし、一歩を踏み出した。
「その手をどけろーーーー!!!!!」
勇人は刀を引き抜いた。
三日月の意匠が施された、まばゆい光のその刀を。
踏み入れた足はコンクリートが割れるほどの重みを持っていた。
そして、勇人は化け物目掛け飛び出した。
純白の魔力を刃に乗せ渾身の一撃を奴にぶつけようと。
一蹴りで勇人の刀は魂喰霊に届く距離まで近づく。勢いそのまま構えた刀を横薙ぎに振りぬき、魂喰霊を吹き飛ばした。




