第六十五話「状況はさらなる飛躍と一点へ」
「行こう。早く。死神が来てる」
足がふらつき、全身から変に汗が出る。
手首の傷に手の向きを変えようとし、ルプスの体が斜めになって落ちそうになる。
その時、ルプスの右手が動き、名無しの額にデコピン。ぴょんと飛んでルプスは立ち上がった。包み込む黄金の魔力が弾かれ、羽が辺りに散る。
「ありがと。もう治ったから」
元気よく体を大きく動かし、ぶんぶん腕を回すルプスの手を無理やり掴む。
疲れか名無しは膝を押さえ俯き、手は重力に釣られ下に引っ張られた。それでルプスはより名無しに近づいた。
「嘘。それは私が一番分かってる」
「私だって名無しの魔力がもう残り少ないってことぐらい分かってる。使い続けたら死んじゃうよ」
「でも」
「いいから。このままここにいたら死んじゃう。皆もいいよね?」
「そうだね。立ち止まるわけにはいかないし」
「ああ」
天翔も一柳も賛成し、リスウェルは頷く。
「ってことで」
下を向く名無しの視界に屈むルプスが映る。
背を名無しに向けルプスは名無しを背負おうとしていた。
「運んであげるから」
「まだ、歩ける」
「走れないでしょ。私たちを殺す気なの?」
「ちが……いや、ごめん。ちょっとだけ頼る」
「いいよ。こちらこそ助けてくれてありがと」
ルプスの背に乗り、名無しは体を預ける。
リスウェルを先頭に緑が生え始める通路を駆け抜け、皆は最下層を目指した。
揺れる体に眠気が襲い、瞼が重くなる。
(結局、私は敵を倒せる力なんてなかったし足手まとい。今も自分の力ではこの速さには追い付けない。いや、そんなこと考えても仕方ない。思考は閉ざさず考え続けろ。各々の居場所と敵の配置。いま、出来る最善手を)
「流石は死神!。上から銃弾。三十はある」
言うと同時、天翔が手を上げると緑色の魔力が糸になって放たれ天井に伸びる。
その糸は蜘蛛の巣状に一気に広がり、弾丸はそれに着弾。
皆の頭上で弾丸は止まり、粘着性を持った魔力に上へ引っ張られ、弾丸は壁に埋まった。
「このまま防げるけど猶予はあまりないかな」
「いや、待って。そうなの?」
名無しは上を見上げ降り注ぐ弾丸を目視しあることに気づく。
「どうした?」
「眼球。指。肉片。これは何かの肉を集めて塊にした弾丸だ!それにこの魔力。リスウェル。地上にいる分身って死んで跡形もなく消えたんだよね」
「はい。そうですが。あ、なるほど。私の分身が生きたまま弾丸にされていると」
「うん。多分」
「げー。何それ、悪趣味」
ルプスの言う通り、気分のいいものではないだろう。
だが、だからこそ名無しはあることに気づけた。
「小型の分身を壁の中に埋めることって出来る?」
「フフ。中々酷いことを思いつきますね」
薄目になったルプスは口元を押さえながら手を上に向けた。
◆ ◆ ◆
「うわー!もう対策されたんだけど。最っ高!!」
望遠鏡を持ちながら地面で寝そべる少年は手に持った拳銃を天に向ける。
銀髪黒目のその少年はすぐそこで怪獣が蠢き、地響きを鳴らしても動じず、まるで野原で寝ころぶただの子供のようだった。
「これ、もう酷いじゃん、状況。寝たいんだけど。漫画読みたいんだけど。帰っていいかな?」
オレンジと白の混じる髪色に眠たそうにあくびする女は少年と同じように寝そべった。
「それはわがままが過ぎるんじゃない?」
「そのわがままが通る子供だったんだけどなー。なんで体はこうも大きくなるのか」
「成長すれば出来ることも増える。悪いことばかりじゃないぜ」
「僕にとっては悪いことばっかだよ」
顔を見合わせ、二人は立ち上がる。
「めんどくさいけど、私は地下」
「僕は地上から」
拳をクロスし、二人は動き始めた。
背後と正面二つから迫る人型二体の魂喰霊を、一つは核を弾丸で貫き、一つはキューブ状に体をばらばらにして血に染まった草むらは二人は進んでいく。
◆ ◆ ◆
「止まった」
「けど、まだ油断できない」
名無しの言ったその矢先、頭上の天井がひび割れる。
後ろに下がり、回避する。その選択は正しかった。粉々に破れた天井からクラーケンの腕が伸び地面を突き破ってさらに下へと手を伸ばしていた。
暴れ回るその足に余計に距離を取った。
瓦礫になって通路は砕ける。その中で、クラーケンの足によって分断された通路からけだるそうな女の声が聞こえた。
「タコ。クラーケンだってさ。たこ焼きにしたらおいしそうだと思わない?」
「誰?」
「あー、教魔団の一人、えーっと二つ名はなんだっけ?覚えてないや。名前はキューブ。自分でつけた」
ペタッとクラーケンに触れる可愛い音とともに目の前視界を阻むクラーケンの腕がキューブ状にバラバラに切断され血の塊がポリゴンのようキューブ状に通路へ流れる。
血の塊を浴びても染み一つつけない先にいる女が見え始めた。
赤と黒の薔薇のドレスに斜めに王冠を被るその者はゆったりとこちらに歩いてくる。
その光景に皆一同、一瞬にして張り詰めた空気に。天翔が皆の一歩前に出る。
「ん?ああ、ドレスっておかしいよね。別に着たくて着てないんだけど、能力由来だから。分かるよね?」
(放送とは別の一人!!)
「助けに来たって誰を?」
「仮面の」
「じゃあ、全員殺すって本気?」
「質問攻め疲れるなー。一日に口を開ける回数って限度があるんだよ」
手をやれやれといった様子で広げ、両目を瞑った瞬間、天翔が飛び出し魔力の剣を首元に振るう。余分に刀身が伸びる。
「なッ……」
しかし、その剣は首に当たる寸前にバラバラにキューブ状に解体された。
「伸びた。避けても無駄じゃん」
キューブの人差し指が天翔の胸に近づく。
人差し指の魔力の集まりに天翔は魔力でバールを生成。名無したちの頭上の天井へと伸ばしてコンクリートに引っ掛けるとバールを縮めて距離をとり、皆の前へと戻った。
「これは手ごわいね」
「そちらこそ」
両手の間に緑色のキューブを魔力で作り上げ、天翔は壊れた剣とバールをその中にいれる。
「君ってさ。魔力量多いでしょ。魔力を分解するなんて普通ありえないし。いや、見た目通りなら僕とは相反かな」
「魔力だけはあるんだ。王の名を冠してるからね。そこの子も資質だけなら何かの王だよ」
「私?」
ルプスから降り、キューブが指さされた先にいた名無しは眉をひそめる。
しかし、それが指し示す事柄に思い当たるふしが一つあった。
(もうひとつの方の魔力だ!多分。あのダブレスをやった時の。いや、それより王って何?)
「あと、勘違いしてるみたいだから言うけど、私は戦うつもりないから」
ぺたーっと人形のように地面に座りこみその者は目を瞑る。
瞬間、無防備な姿から異質にその者から魔力が放たれ、空間が白色に埋め尽くされる。それだけでなく彼女を中心に風が吹き荒れ、吹き飛ばされないよう壁に掴まろうとするもその壁自体がぼろぼろと崩れ、床が抜け始める。
(嘘……なんて魔力。メルメアスと同等の)
その圧倒的な魔力に名無しは力が抜ける。
これまでで幾度もあった死の局面。今それとは特段、死が近いような感覚はない。それでも、はっきりと感じたことが一つあった。
(今の私たちじゃどうあっても勝てない)
崩れた地面に落下する名無しは腕に手を伸ばす。
その手をルプスが掴み、体は引き上げられる。
全員分のリスウェルの分身が足場となり吹き飛ばれないでいられたのだ。
「魔力探知か。戦わないってことは色々試していいって捉えていいか?」
一柳がリスウェルから降り、空中を足場に歩み出る。
その手に握るのは灰色の表紙にどくろの絵柄が描かれた書物。
「いいよ。どうせ無駄だから。反撃も面倒だからしない」
「ルプス、天翔。俺の合図で首を斬ろ」
「はぁーー?無理無理。こんなのに絶対近づきたくないってば!」
首を横に振るルプス。
「僕も化け物と戦う余力は残したいかな」
髪をかき上げ、余裕そうな表情で反対する天翔。
二人の顔を見て一柳はフンと鼻を鳴らしてキューブを見る。
「お前ら、何のために前進隊に入った。仲間を助けるためか?この戦いを終わらせるためか?大層な目標叶えるためか?そいつは結構だが、化け物にビビってるなら死ぬだけだぞ」
「いやいや、今は戦力の温存を」
「天翔。冷静に考えろ。普通なら反発する魔力単体を分解してるんだ。次殺しに来たら打つ手が無い。面倒だが、今が絶好のチャンスになってやがる」
(確かに抵抗もしないなら。それにキューブが今やってるのがあれなら。でも、)
「ルプスはここ。やるなら死んでもいい分身のリスウェル」
「名無しー」
うるうるとした目で顔を近づけるルプスに体を反らして避けようとする。だが、名無しは止まりルプスの肩に手をかけ、自ら引っ張り近づけた。
「作戦がある」
耳元で囁かれたその事にルプスは真剣な面持ちに変わった。
名無しの目を見た一柳はため息をついた。
「甘ちゃんが……。リスウェル」
「ええ。心得ました」
状況は最悪ではない。
それは地上も地下も。いまだ死者が出ていないのだから。だからこそ、名無しは最悪の光景が頭をよぎりこびりついてはがれなかった。
(いざという時はもう一つの力も)
もしかしたら次話は定期更新の金曜日に投稿できないかもしれないです。
構想はほぼ完成しているんですが、第三章終盤に差し掛かるのでより明瞭に構想練って、キャラの解像度上げたり、一度立ち止まって俯瞰してみようと思います。




