第六十二話「必死の逃げ」
「話と違うな。ダブレス」
「そういうな。無理に動けば感づかれる。出来る限りの事はしたさ」
「どうだか。無所属の貴様に言われても説得力がないな。今でさえ、前進隊に協力しているではないか」
「私が協力しているように見えた、か。君の審美眼も落ちたものだ。私は利用しているんだ。まだ見ぬ世界の力を授かる人間たちを」
(どうしよう。中にいる人の体形は膜で捉えられるけど、相手に気づかれるリスクもある。それに、アルストっていう教魔団の敵に魔装武器を流してたのがダブレスだったら、相手は教魔団。メルメアスと同じぐらい強かったら逃げることも叶わない)
「それで、私たちにつく気はないか?」
「逃避行には数年早いな」
「貴様、おいしい所だけ取るつもりか?」
部屋の奥でコップが落ち、水が床に流れ落ちる音が聞こえる。
「そのためのどっちつかずだ。魔装武器の受け渡しもそのため。パワーバランス的にそれが最善だ」
(魔装武器!!やっぱ、ダブレスが教魔団と)
「お二方様」
話に割って入るように、女性の声が聞こえた。
名無しの体はビクッとして咄嗟に息をひそめた。
「会談の途中、失礼ながら盗み聞きする不届きものがいらっしゃいます」
扉の前まで歩いてくるのが床の振動ともにはっきりと分かる。バクバクと心臓の鼓動が早くなる。
鍵が開き、ドアノブが掴まれ、扉がゆっくりと開かれていくのが下から見えた。
(やばい、バレた……。今動いてもこの通路のどこにも隠れられない。もう、だめだ)
その時、突然天井がぶち破られるような轟音が響いた。扉がまるで木製の扉のように簡単に、突風で開かれる。
通路を少し覗けば名無しはいる。
しかし、部屋の者たちの視線はある一人の人物に集中していた。
「おいおい。楽しそうな話してんなぁ。混ぜろよ。俺様も」
テーブルの上で肩に金棒を乗せ、大胆不敵に言うその人は金棒を振り降ろすと、空を切り裂いた。
すると、テーブルが粉々に割れダブレスたちと同じ目線で立ちその者はにやりと笑った。
(あの声は東谷!でも、なんでここに一人で)
「よく分かったな、ここが。誰も通ったことのない道だが」
「当たり前だ。俺様だからな」
外套を身に纏う女性は黒の仮面の前に立ち、仮面の男を守る姿勢で。ダブレスは無防備に警戒などしていない様子だった。
「話と違うぞ。貴様」
焦るように言う仮面の男は後ろに下がる。
「そうか?君はこれをピンチと言うつもりなのか?これは単なる茶番。全て想定内だ。部屋の外の少女も含め」
(嘘……)
「とりあえず、全員ぶっ飛ばすがいいな?」
「それは無理だ。君では私を捉えられない」
「あ?」
ダブレスの体が上から透明に消えていく。
それを見て、咄嗟に動き金棒を振るう東谷。その一撃はかすりもしなかった。
「くそッ。地震いや、地響きか」
東谷の体勢は崩れ、勢いそのまま逸れた金棒は壁にめり込んだ。豆腐でも叩き斬るように。
その隙を逃さず、女は四本の針を投げる。
喉、両目、脳天。振り返った東谷にそれらが当たる。
しかし、女は黒の仮面の男の身を更に下げた。
「おいおい。どいつもこいつも俺様を舐めすぎだ」
東谷に外傷はない。生身に跳ね返った針を手に持ち、横に投げる。すると、針が貫通すると同時に壁が粉々に割れ、三部屋分の隙通りが出来た。
東谷は目の前の人物に向かい、一歩を踏み出す。
その一歩からとてつもない気迫と同時、部屋全体が緑色に染まる。
「分からせてやるよ。能力使ってやるからなぁ!!」
「うわっ!!」
消え入るように名無しの声が遠くにいく。
東谷は通路を一瞥する。だが、目の前の敵に笑みを浮かべギザギザの歯を見せた。
「知るか。俺に合わせろ。きっちり一分半だ」
通路から消える影に同化する小さな人形を見て、東谷は言った。
◆ ◆ ◆
「さっきぶりだな。名無しというもの」
「ダブレス。やっぱり」
重たい目を開ける。
抱えるように持つダブレスに、力を引き絞り言葉を発した。
「やっぱりか。そうだな。隊長ならばとっくのとうに気づいていた。これは調査にこじつけた私の勧誘。そうだろう?」
「………」
喋る気力もないように目を瞑った。
「とりあえず、今この時点から私は貴様らの敵だ」
ダブレスは指を鳴らす。
その途端、壁から人型の機械が複数現れる。その内一体はバイクに変形。ダブレスは走りながらバイクに飛び乗り、猛スピードでまっすぐに走り抜ける。
「……なんで」
「その体にある属性は私の知る限り、唯一ゲートに干渉出来る」
膝に乗せる名無しに向かってダブレスは、光のない実験動物を見るような目で見て言う。
「私が?」
「ああ。だから、前進隊ではいけない。教魔団に奪われてはピースが一つ揃って。は?」
名無しは左手をハンドルに伸ばす。
それを掴んで自らの体の方に引くと、車体は左に逸れ壁に激突。
エンジンの爆発とともに猛々しい炎が通路に広がった。
その炎の中から這うように出てきた少女が一人。
汗をにじませ、黄金の魔力を纏いながら炎の外へ。壁に寄りかかるように座りこんだ。
「よかった。何故か恐怖が薄れてて」
安堵するように、力の入っていないぶら下げた右手を見る。その手には一切の震えがなく、名無しは笑みを浮かべ立ち上がった。
「……魔力も再生の方は大分回復した。あのまま、だったら実験体に」
「その通りだ。名もなき者」
炎の奥から声が響いた。
それに咄嗟に振り返るも、後ろからコツコツと音が聞こえ名無しは目を瞑った。
「つまり、欲しいのは私でも能力でもなくもう一つの魔力の方。それを再現出来れば何かいい感じにいくんだよね」
「物分かりがいい子だな」
前後からダブレスの声とアイドル衣装の似合う可愛らしい少女の声が聞こえる。
「まぁ、そうでなきゃ生きてない」
壁の奥から何かしらの機械が動く駆動音がする。
辺りを見渡すように頭を動かし、死角を作らないように努める。
「強者でもなく運を持ち合わせてもいなければ、知恵や頭を使い理解不能な事象に適応するのが、追い詰められた生き残りのやることだ。だが、それにはいささか限度がある」
さらにダブレスの声が増える。
壁の奥から通路を埋め尽くさんとする、アイドル衣装の軍勢。それら全ての機体が銃を持ち一斉に名無しに矛先を向ける。
「思ったより終わった感じするね」
「数の暴力というものだ。私が七英傑と呼ばれる所以だな」
両手を上げ、名無しは通路のど真ん中に立つ。
汗を浮かべ、体が強張る。
(炎の延焼も衝撃も効いてない。その上、この数全てが本体か分身。さっきまでの変な感覚ももうなくなってきたし)
「詰んだ。私の力じゃどうやっても無理」
両手を上げ、あっさりと諦める名無し。
「では、捕まって」
「じゃあ、交渉しない?」
片目を閉じ、前かがみに悪戯っぽく名無しは問いかける。空気が凍る感覚に、名無しは涙目になりそうになるが表情は崩さず耐える。
「………理解不能だ。どういうこ、え?」
「今」
膜で全てを把握した。
全ての機体が自我も持っているわけではなく、ある一定の動きをプログラムされた機械であり、本体は一つのみであること。
警戒しているのか、炎の奥で何も動かないダブレスの機体が、今の一瞬目を見開き動揺した。
その一瞬、思考の回転に視界の情報処理をおろそかにする一か八か。それに名無しは全てをかけた。
冷たい目で人差し指を下にする。
それをダブレスが認識した時には名無しはダブレスの包囲網を抜け、通路を駆け抜けていた。
「しまッ!!気配を」
ダブレスの声が重なって聞こえる。
後ろを向き、多数の機体に銃が向けられるのがゆっくりと視界に入り、目を見開く。
弾丸が放たれた。
金属の球が何発もゆっくりと迫ってくるように名無しの視界は捉える。その全ての狙いが急所ではなく、足や骨などの足止めを狙ったものだということを。
(よかったよ。ほんと。一人じゃなくて)
「リスウェル!!」
ポケットからリスウェルの人形が現れ、名無しの背にくっつく。すると、名無しの周りに不安定な形の魔力の層が現れ、弾丸はそれを通過。
そのまま、名無しの体を貫くかに思われたが、弾丸は名無しの体をすり抜け通路の先へと飛んで行った。
「何故…いや、幽魚の」
(そう。リスウェルは壁をすり抜けられる。これは能力によるものではなく魔力によるもの。下半身の魔力を全部上半身に移動させれば、透過する性質をもらった弾丸は私の魔力とは反発せず、通過。けどッ!!)
名無しの右太ももから血が噴き出る。
弾丸は透過せず、一発のみ着弾し名無しの肉体を貫通した。
苦悶の表情を浮かべ、それでも右足の負傷をないものとするように名無しは右足を重々しく思いっきり前にし、走り出す。
(構造も分からない内側の魔力!!それが邪魔するのなんて、想定済み。知恵も頭も使って適応して最後に出来ることなんて一つ!!)
照明が通路に飛び出す、東谷のいる部屋が視点の定まらない名無しの目に映る。
「根性おおお!!!」
傷口の血を手で力いっぱい抑えながら、名無しは倒れ込むようにして部屋に入った。




