第六十一話「三者三様の波乱」
「それで天翔様は東谷様と一緒でなくてよかったのですか?」
変わらない見栄えのない通路でリスウェルは聞いた。
「なんで?」
「それは……」
「心配か。僕たちにそんなのはないかな。東谷が僕に頼んだのなら僕はそれを楽々こなせるし、僕が東谷に頼めば東谷は軽々と僕の想像を超えてやってくる。それが出来ないなんてのは一切考えない。まぁ、簡単に一言で言えば」
振り向き、片目を閉じて天翔は言う。
「めちゃくちゃ信頼してる」
人差し指で何個もの鍵を回しながら、天翔は行き当たりの扉を次々開けていく。
緑色の魔力で緻密に作られた鍵を飛ばして。
「その点、君は過保護が過ぎるんじゃない?」
「ですが、万が一があったら」
「その万が一のために、崖から突き落とすってのも大事だと思うけどねー。ってことで目的地かな」
扉を開ける。
しかし、続く光景は部屋でも通路でもなく、
「シャッターか。うーん」
天翔がシャッターを押しても、引き上げようとしてもそれはびくともしなかった。
「誰か力持ちいる?」
「わたくしなら壁がすり抜け、られ。あれ?」
リスウェルが手を当てようと変化はない。
(おそらくは魔力の一切を遮断。もしくは列車のと同じ術式。精霊使われてたら流石に無理かなー)
「はぁ……疲れたし座っていいか?」
根暗な人は聞くまでもなく壁に寄りかかって座り、あくびをかいた。
「まったく、任務中ですよ。えーっと」
「一柳だ。長いからいちやでいい」
「じゃあ、一柳さん。できそう?」
「どうにかしたら面倒だろ。敵が湧いてくるかもしれないし、何より俺は動きたくねえ。疲れた」
首を傾げ手を広げる呆れた様子の天翔は、一柳の横を通り過ぎ道を引き返す。
「じゃあ、東谷と合流しよっか」
口角を上げ目を薄くして笑みを浮かべる天翔の顔を、一柳は一瞥する。
すると、重たい体を起こすように立ち上がった。
「動きたくねえって言ったろ。ったく」
手をシャッターに当て、一柳は頭を上にするように体を反らして二人を見る。
「条件だ。俺を運べ」
「いいよ。まぁ、やるのはリスウェルだけど」
天翔と目が合いリスウェルは頷く。
それを見て、一柳は前を向いた。
手に泥のような灰色の魔力が現れ、シャッターに広がる。
次第に全てを埋め尽くし、魔力が全て地面に流れ落ちると、そこには跡形もなく隔てるものは何もなくなっていた。
見え始める奥の光景。
それを見て、天翔はあごに手を当て、冷静に指示を飛ばす。
「リスウェルは分身を出せるだけ中に。物量戦。僕はあの子と一柳を拾う」
壊れたものも壊れかけ目に赤い輝きを持ったものも同じように山のように積まれた機械の残骸。それと同数はいる、部屋のすみで蠢く機械の軍隊。
茶色のオイルとともに鼻につく強烈な匂いの中、部屋を埋め尽くす中央の山の天辺。そこに横たわり気を失っている一人の少女、ルプスを見て二人は駆け出した。
◆ ◆ ◆
「到着。客人用ホテル」
手を上に広げ、部屋全体に注目させるカイを東谷は睨みつける。
だが、すぐにその目を逸らした。
「寝る場所は必要か」
「ていっても思ったホテルじゃなさそうだけどな」
アリアの言う通り大層なベッドもスペースもない、縦長の箱のようなものが両隣に並べられた密室空間。完全に寝るためだけの部屋になっていた。
「それで、この後どうすんだ?」
「食事。十二時。限定」
「急に端的になったな、言葉。ってか固形食かよ」
渡された包装済みのそれを開け、口に入れる。
「思った通りの無味無臭だ」
「ほんとだー。美味しくな」
微妙な顔をするアリアにリスウェルが外へ出ようとする。
それをアリアが袖を掴んで止め、むすっとリスウェルは頬を膨らませる。
「カイ。てめえは出発の時に調査だって知っていたな。だから、これからは好きに動く。いいな」
「ご自由にどうぞ。夕食はちゃんと作る。味見役いないけど」
「期待してんぜ。機械が作る料理とやらにな」
部屋から出て行った東谷を見て、アリアとリスウェルは顔を見合わせる。
「二人は?」
「俺はいいけど、リスウェルが限界だろ?」
壁に寄りかかり、人差し指をリスウェルに向けるアリアは寝室を覗き込む。
「数的には可能かと。ですが、これ以上は情報伝達の機能が低下します」
「じゃあ、俺たちはここにいる。万が一の要員だな。カイさんは?」
「……何をするのか伝えられてないから」
視線が泳ぎ、頭の上の輪が灰色になる。
それを見て、アリアはカイの目の前に立つ。
すると、アリアはカイの瞼を開けて目を覗き込んだ。
「疑問。何をしている?」
「いーや、なんか人間っぽいから気になって」
「マスターアリア様」
後ろから聞こえたリスウェルの声にアリアは手を下げて振り向く。
その声は今までの演じるようなメイドの声ではなく、真剣そのもの。
いつもの薄目は片方開かれ、白と黒のぐるぐるとした目にアリアは表情を固くする。
「緊急事態です」
◆ ◆ ◆
何も見えない暗闇で、断線から火花が散り、名無しの顔が片面ガラスに映る。
名無しの目の前には左腕が消し飛び倒れるダブレスの姿と、くりぬかれたようになめらかな断面の半壊した機械があった。
「えっと、機械だし死んではないよね。左腕は……ない。斬られたっていうよりその部分だけなくなったみたいな?あれ、なんでこんな冷静なんだ?私」
心臓の鼓動は耳に聞こえる。
目の前の人物が動かなくなって、とんでもない事が起きたのは理解している。
しかし、それと同時にどうでもいいと思う感情が頭の中にずっと残っていた。
「なんだろ。この感覚。いや、そんなことより」
黄金の魔導書を取り出し、傷口に手を近づける。
火花が飛び、火傷するように手が赤くなるも名無しは引かなかった。
「亡失する血肉は慈愛の祈りに精を受け、願いは天へと至。いや、機械だし。人体じゃないし」
立ち去ろうと部屋を後にしようと、火傷した手の方でドアノブにかける。
すると、ピピっと音がして名無しは振り返る。
「私は無事だ。体を切り替えた」
「そっか、よかった」
思ってもいないように言葉を吐き捨て、名無しは道を引き返した。
コツコツとただ一人冷たい通路を歩いていく。
「まだ早い、か。でも、あともう少しで掴めそう。新しい何か。これがあればきっと守られてるだけじゃな、くて」
体がどっと重くなった。
足を前にした瞬間、次に足を前にする気力も体勢を立て直す気力もなくなり、名無しは通路で倒れた。
冷たい地面がひんやりと顔に当たる。
視界が暗転し、水滴が落ちる音のみが辺りに響いた。
(あれ。意識ははっきりあるのに、体が)
目は開かず、何倍もの自分が乗っているように体が重い。
それでも、腕の力のみで名無しは前へと進む。
(道は分かる。膜で構造も分かるし。それで)
右ポケットで何かがごさごさと動き名無しはその気持ち悪さに腕を止めた。
その人形のような何かはポケットから出ると浮き、名無しの耳元へと飛んできた。
「お久しぶりです。名無し様」
小声で囁き、聞こえたのはリスウェルの声だった。
「リ、」
「喋らなくても構いません。それより目の前の扉まで進んでください。今すぐ」
頷き、リスウェルの言う通りに名無しは進む。
すると、扉の奥から誰かの声が壁越しに聞こえた。
(これはダブレスと誰?)




