第五十九話「誰かの想いが届いたら」
「すまない!!最後にこれだけは君に言わせてくれ!!」
真っ暗な視界で男の声と鉄網を掴む音が聞こえる。
「心の底から君たちの幸せを願っている!!」
心からの男の叫びとともに冷たい風が吹き、女は振り向く。
そして、こう言った。
「……私は嫌いだ。あなたなんか」
涙を堪えるようにその者は言葉を吐きつけ、去っていった。
◆ ◆ ◆
「ほら、言った通りだ。傷もなく目覚めた」
「だからって説明も無しに言われたら納得できないって」
「ん」
かすんだ視界に映る二人の声が聞こえ、名無しは起きた。草原に寝そべる名無しに日差しが差し込み、温もりを感じる。
「どうだ?体の感覚は?」
(記憶は……ある。あの人の顔も今度ははっきり分かる。じゃあ、やっぱりあの時以外にどこかで会って)
「どうだと聞いている」
口を三角にするダブレスに頭を叩かれ、痛みに目をぱちくりとする。
はっきりと意識が戻り、目のぼやけが消えた。
「大丈夫」
啞然とした様子で名無しは言う。
「良かったよー。名無しー」
泣きながら飛び込み抱き着いてきたルプスに、再び草むらに背をつける。
その力に名無しは動けず、そのままダブレスに顔を向ける。
「それでどうなってたの?」
「端的に言うなら君は死にかけた」
「え」
「霧の魔力は魔力の活性化を促す。それで属性を測定し、本来なら魔炎病まで魔力回路を酷使しないはずだが、私の好きなイレギュラーが発生した」
「イレギュラー?」
モニターに映る二つの波形を笑みを浮かべて見るダブレスは口元を抑える。
名無しに近づき、表情を無理やり戻すように口を掴み、そして言った。
「────君は魔力の属性を二つ持っている」
「………二つ?」
あまりに唐突で理解不能な言葉に言葉が出ず、名無しは眉をひそめる。
「その感じだと、一つの方しか感じ取れていないな。いや、それがデフォルトということなのか?やはり詳しく知る必要がある。大変興味深いサンプルだ。君という存在は。ああ、幽閉してもっと知りたい」
頬を赤らめ手を伸ばすダブレスの手をルプスが掴む。
「これ以上名無しに何かあったらただじゃおかない」
「彼女を殺しはしない。活性化した再生の力で軽度な魔炎病程度は治せると知っていた。痛覚も魔力を人が持ち始めて以降、感じにくくなっている。だからこそ止めなかった」
「だとしても、感情が理性を超えることはあるでしょ」
「そうかもしれないが、だとしてなんだ?私に不利益があるか?」
「こいつッ」
鋭い目つきで睨むルプスが起き上がり、手に魔力を込めようとした瞬間、赤い目の数々がこちらを凝視し手を引っ込めた。
「いや、やってほしい」
「名無し!?こいつは駄目だよ!何するか分かんない!!」
「それでも、今踏み込まないと機会を失う。やるべき時と選択は最善を取らないと、きっとすぐ死ぬ」
立ち上がり、名無しはダブレスに近づく。
見下ろし、名無しが肩を力強く掴むと、子供のように無邪気な笑みをダブレスはした。
「だから、やって」
「フフフ。いいよ。いい。それでこそいい実験対象だ」
頬に触れてきた冷たい手が名無しの意思を確信させた。
(やっぱり殴られた時思ったけど、この人の体は機械。でも、多分中身は人間。元からそうなのか、そうしたのか分からないけど、だったら躊躇もなく踏み込んでくれる。この人なら。行けるとこまで)
「先に戻ってて。私は奥に行くから」
振り向かず、さらに暗い先が見えない奥へ名無しは進む。
ダブレスを追い越し、あっという間に光の届かない向こうへと立つ。
「でも」
「心配しなくていい。あと少しで分かる気がするから」
(あの人の事が)
声が響き、ルプスにはその声が遠く聞こえた。
部屋の光が途切れる先、名無しの姿が上から消えていく。それを見て、ルプスは咄嗟に立ち上がり駆け出そうとするが足を止めた。
(私はなんで止めようとしてるの?別に死んじゃうわけじゃ、このままいなくなるわけじゃない。それに属性が二つなんておかしな事を検査しないと逆に危険だし、私は別に名無しがどうなっても)
視線が揺らぐ。
その時、名無しとの記憶が脳裏によぎった。
名前を教えあった後の事、パンを無理やり口に放りこんだり、馬鹿げた内容のない薄い話を笑いながらしたり。
はちゃめちゃに色んな場所に行くルプスに合わせるように名無しは横を歩いてくれた。そのたった少しだけの時間がどこか心地よく、楽しく、幸せにルプスは感じ、未来の事なんて忘れるぐらい笑顔でいれた。
(死の予知があって薄っぺらい関係で人と接してきた。自分が傷つかないよう。でも、変わったんだ。名無しと出会って。ここ最近であんなに楽しくいられたのは名無しがいたからだ!)
地面を蹴り、ルプスは二人の元へと駆け出す。
暗闇の手前まで迫り、瞬間、目の前でシャッターが勢いよく閉まる。
「……なるほどねー。全部、計算ずくめなのかなー」
シャッターを軽く叩き、それを背に背後を振り返る。
すると、溢れかえるぐらいに草原を埋め尽くす金属の物体たちがルプスを見て静止した。
中央部分、草原を円にして囲う一から三階の空間。ルプスの位置から円状に全てのシャッターが次々閉まり、最後には入口が閉じた。
「やるの?」
人差し指を下に、両手にクナイを持ってルプスは立つ。
照明がガタンと消え、赤い目が何百も存在を主張した瞬間、まばたきし全ての光が消える。
静寂が続き、足先の向きを変えることで生じる地面を擦る音を出す。
瞬間、凄まじい音が迫る。
一斉に機械が動き、金属の体が互いにぶつかり生じる音。それらが壁にぶつかり、衝撃が部屋中を伝う。
しかし、照明がつき機械たちの目の前に彼女の姿はどこにもなかった。
(危ない。危ない。咄嗟に天井に張り付いて正解だった)
爪をくい込ませ、体をぶら下げるルプスは上を向く機械一体に視線を合わせ、爪を抜くと落下。
部屋の中心、落ちるルプスに照明が強く当たり、銀髪が輝く。
(私が取るべき最善は輝夜にここを探知してもらうこと。シャッターは触れた感じ非力な私じゃ多分壊せない。最悪、この壁が列車と同じ感じだったら詰みだけど)
「やってみなきゃ分からないよね」
一階、二階、三階から数多の機械が迫る。
上下左右、全方位を埋め尽くされ数えきれない手がルプスを掴もうと、銀色の腕を伸ばす。
瞬間、ルプスの右顔、右手に赤い模様が浮かぶ。
「命焔開火。限定40秒」
凄まじい熱が腹に集まる。
瞬間、腹から外に炎が噴き出ると、彼女の周りに渦を巻いた。
それら炎は白色にやがて膜の形を成し、網となり、線が十字に交じり合う部分のみが残り、等間隔に炎の雫を作る。
それら雫を同じ炎を纏う人差し指で全てほぼ同時に突く。
すると、機械たちは一斉に四方に吹き飛び、壁や地面にぶつかり半壊。オイルが折れ曲がった機械から漏れる。
そのまま障害もなく草原へと落下し、一瞬にして白い炎は草原に広がった。
地面を踏みしめ、さらに降りかかる機械たちに焦点を当てず、天井を見る。
「悪いけど、全部壊すから」
指先に炎のばらを現し、照明が消える。
銃のように手を作り、炎が天井に向かって飛ぶと着弾地点に一輪の花が咲いた。
◆ ◆ ◆
施設内、地下に入ったカイと同行する一行。
そこでカイが止まる。
「おい、どうした?先、行くんじゃねえのかよ」
「……肯定。別機体との情報連絡を確認していた。以上。先に向かう」
パイプのある薄暗い灰色の通路。
横に出る扉にカイがドアノブに手をかけると、東谷がいきなりカイの首を掴み上げた。
「おいおい。俺を舐めてんな。目線、歩幅、足の向き。どっからどう見ても行き先は真っすぐだったなあ。なぁんで、急に道を変えた?」
口元は笑いながら、目の奥の内にある東谷の感情がカイの目に映る。
「マスターが移動。それにより目的位置が変更された」
首が締まる感覚もないようにカイは平然と話す。
「そうか。そういう感じか。天翔、リスウェル、根暗野郎は真っすぐ行け。その他はこいつとだ」
「お待ちください。私はアリア様と」
「分身しろ。アリアがマスターってことは本体は近くにいんだろ。分身も一人じゃねぇはずだ。出来るだろ。やれ」
それにリスウェルはアリアを見つめる。
「行ってくれ。何かあった時にどっちにも連絡とれる。それにリスウェルを救う救世主として登場してやれるからな」
「承知いたしました」
壁の奥から透けるようにもう一人のリスウェルが姿を現し、三人は別れた。
首から手を離し、カイは扉の奥に進む。
「では、こっちに」
「ああ、行ってやらぁ」




