第五十三話「出会いで得た最初の技術」
「とはいえ、どうするか」
勇人は稽古に行くと言って通路で別れ、一人になった名無しは外に出た。
舗装された道に足を乗せ、太陽のような明かりを直視し目を細める。
(調べるはともかく、どうやって仲間に引き込むか。機械人。魔力発電所を創設した元セルトンネアス研究所所属以外知ってることは……)
「あ!そういえばカイって……」
(『"機械人"をマスターに持つ君なら当時の映像記録は持っているだろう』って輝夜が)
「まぁ、場所分かんないしあとで市長に」
「見ない顔だー。珍しー」
突然、頭上から声が聞こえた。
上を見上げると木々の枝に足をかけ、宙ずりにぶらさがる女性がいた。
瞬間、無意識に距離を取ろうと、重心を後ろに傾ける。
すると、背後に何かがぶつかり止められた。
「そんな逃げないでよー。なにかするわけでもないんだから」
背後から聞こえたのは木の上にいた人物の声。
肩を掴まれ名無しは振り向く。
「速いけど、なんか変」
「ふっふっふー。野生のなんかってやつだ」
狼のような耳と揺れ動く尻尾が目に入った。
「まずあなたは」
「そんなのはどうでもいいよー。遊びに行こ」
両目を閉じて肩を揺らすと、片目で覗き込むその人は友達のような軽々しさで言った。
「遊びにってどこに?」
「適当に歩けば面白いことあるでしょ?多分だけど。それとも忙しかったり的な感じー?」
「暇だけど」
「なら行こう。今すぐ行こう。迷いなく街を楽しもう!!」
手を引っ張られ、その人に合わせるように名無しも駆けだした。
頭の中に今すべきことがちらつく。カイに会い情報を聞き出すこと。誰かに魔力の扱い方を聞き理解を深めること。実戦での自分の立ち振る舞い方を知ること。
若干の焦りと罪悪感。
だが、昔を思い出してるようで悪い気はしなかった。
誰かに引っ張られていたようなそんなことはないはずなのに。
不思議と口元に笑みが浮かんだ。
「ここすごいでしょ」
「はぁはぁ……。疲れた……」
坂を上り続けた名無しは下を向き、呼吸を整える。
顔を上げ、その人の向いている方に顔を向ける。
すると、
「これがこの街の」
朝見た景色とは少し違う光景が目に入った。
半分は窓から見たのと同じ至って普通の街。
しかし、もう半分は色みのない工場地帯と煙が立ちのぼるのが見えた。
「そう。全体を一望できる唯一の場所がここでねー。顔の知らない人はここに連れてきてるんだ」
「ありがとう」
「それでさ。なんでそんな警戒してるの?」
ベンチに座り、その人は言った。
「え?」
「獣人だからそういの分かるんだよー。ずっと緊張して、何かしなきゃいけないって焦ってるような。そんなんじゃ、体はともかく精神。魔力量は減っていくよ」
「魔力量が減る?」
「はい。そういうとこ。まじめすぎ。精神すり減らして疲れちゃうって言ってんの」
指を指された名無しは難しい顔をする。
「精神と魔力って関係あるの?」
「当たり前じゃん。人が何かを求めれば求めるだけ魔力量は増える。渇望が源ってやつだ。常識だよー」
「そうだったんだ」
「私の中の常識だけどね」
「……」
「そんな見つめないでよー。照れるって」
「私は張り詰めすぎですか?」
「ん~私的にはねー。少しは休みなよ。羽を伸ばして今は町観光タイムだ」
伸びをするその人は適当に言っているように見える。
しかし、その言葉の数々は物事の芯を捉えているように名無しは感じた。
「ありがとう。少しだけ頭の中がすっきりした。また、会ったらその時」
「いやいや、まだまだこれからだよ」
「え?」
「今日は一日中町観光だぜ」
名無しは手を掴まれ無理やり立たされる。
その手を名無しは握り返し引っ張るて、その人は動きを止めた。
「じゃあ、少しだけ。あなたの無理に付き合うように、私の無理にも付き合ってくれますか?」
「え~?それって真面目な、おっと」
名無しはその人の手を引き寄せ、両手で掴む。
それに狼の耳はぴょこんと反応した。
「そう。私は真剣。でも、あなたはそうじゃなくてもいい」
目を合わせ名無しは言う。
「へ~そう。聞くだけ聞こうか」
「木の上から私の背後に移動した時、速いだけじゃなかった。もしかして、なんか別の技術がある?」
「あるかないかと聞かれたらあるね。でも、別に教える義理はない。私は自分の幸せのために生きてる。全ては私の自己満。君がいつ死んだとしてもどうだっていいから」
首に手を伸ばし、隠された爪が伸び首元に迫る。
「はぁ……。じゃあ、自分は帰るから。もういいよ」
手を振りほどき、名無しは後ろを向き歩いて行った。
「え?待って。ごめん。ほんとにごめん」
声が震え、その人は名無しの手を掴もうと手を伸ばす。
それに名無しは振り返り、迫りくる手を咄嗟に弾いた。
(これじゃない。速さは同じだけど。感情が整ってないから?)
「痛ッ」
後から来た痛みに名無しは弾いた方の手をさする。
「ごめん」
「別にいいよ。でも、そんなに町観光行きたいの?私が死んだってどうでもいいって言ったのに」
「そうじゃない。人に嫌われるの嫌なの」
今にも泣きそうな顔を浮かべるその人に、名無しは苦い顔をする。
「じゃあ、私の言う通りに、って言おうとしたけどいいや。なんかあれだし。本当は帰るつもりないから」
「なーんだ。そうなんだー!」
さっきまでの表情は消え、満面の笑みを浮かべるその人に名無しはあっけにとられた。
「なんなのこの人」
「私は自分の欲望、感情に従順なのー。ちなみにごめんって言ったのは本心だし、泣き顔でいたのも自分の感情がそうだからだよ」
その人は自分の片目を指さし、ウインクして名無しに近づく。
(だめだ。分からない。この人が何を考えてるのか。どれが本心なのか)
「だから、教えてあげる。気配の消し方のコツ。魔力感知とその応用。知りたいんでしょ?」
いつの間にか背後から体に合わせるように密着し、肩から覗くようにして言うその人に名無しは冷や汗を顔に浮かべ頷く。
「じゃあ、まず」
(あれ、なんか教えてもらう流れになってる)
「魔力感知の方法の二つは知ってる?」
「自身の魔力と相手の魔力を反発させて感知するのと、目で魔力を捉えるもの」
「そう。でもその魔力感知には明確な欠点がある。一つ目の方法はまず結構魔力を使う。その上、相手にめちゃくちゃ存在感出しちゃうこと。隠れて相手の存在を察知するのが主なのにそれじゃあ意味がないよねー。そして、二つ目の方法は障害物が邪魔するせいで精度が悪い。そこでこれ」
背後から名無しの体の前に手を伸ばし、両手をくっつけ離す。それで現れたものを、名無しの目は捉えていた。
「薄い膜?」
魔力でできた白色の薄い膜が両手の間に浮かび上がる。
「編み出されたのが性質変化「膜と網」。放出する魔力を何層もの薄い膜に加工して反発させる。一層目の膜はふんわりとした形を感じ取って、二層目は色、三層目は魔力から生じる次の動作の予知みたいな。まぁ、バリエーションは人それぞれ。で、その応用が膜の薄さのまま網のように加工して、空気中に漂う魔素や精霊にぶつかるのを極力減らすって感じ」
「んー??」
「まぁ、言われてもわかんないよねー。だから」
名無しの両手を握りしめ、より体と体が密に触れ合う。
「力を抜いてぇー深呼吸ぅー。ほらやって」
状況に頭が追い付かないが、言われた通り深く息を吸い吐く。
力は抜き、その人に全てを委ねるように目を閉じる。
「いいね。じゃあ、見本を見せようか」
(これは……)
二人を覆うように薄い膜が張られる。
それが名無しから漏れ出す魔力に反発し、水面に波紋を生じるように波立った。
それがまるで手足に何かが触れる感触のように知覚できた。
「これで分かったでしょ。無意識に自分の魔力がどう動いてるか」
「流体のように動く気体。でも」
「乱雑。まるで操作できてない。でも、それが普通。大事なのはその外側。輪郭を自分の体に合わせるように操る。漏れ出す魔力は抑えず、全身に意識を集中する。私と同じ形に」
「ん……」
ツンとした表情で手に力がこもり、肩が上がる。
「はい。違う。言ったでしょー。力を抜いて、深呼吸」
人差し指で名無しを指し、その人は眠くなるような柔らかな声で言う。
(それは分かってるけど、、)
理解はできるが考えた通りにいかないもどかしさ。
だが、その中で伝えられるアドバイスは的確だ。
(気持ちを落ち着けなきゃ魔力は荒ぶる。明確な形をイメージしても全身の意識の矛先は均一じゃない。逆はなにもしていないのと同じ。なら、先に感覚を掴む)
名無しの変化にその人は少し目を見開く。
「そう、それだよ。やればできるじゃん。それにそんなやり方見たことない」
跳ねるような楽し気な声と、背中に頭をよせる狼の人。
それら全ての意識を振り払うように、薄い膜のみに意識を集中する。
(膜は完成形。なら、これに触れるたびに感じる反発を無くすように、魔力を回転。擦ってもいい。沿うように円状へ)
黄金の魔力が名無しを中心に回り始める。
魔力とはイメージに動くもの。回転する物体が円や球のような丸みを帯びるイメージは無意識にある。それが為したのは外側の魔力の輪郭。その均整化だった。
最初は回転する魔力が膜をばらばらに切り裂いていた。
しかし、体のどの高さで切れているか。それを何度も感じては魔力の操作を繰り返し、名無しはすぐに到達した。




