第四十八話「歪んだ都市」
転移された先、瓦礫の上に降りたったと思い、名無しは辺りを見渡した。
すると、体が風に煽られ傾き、
「え、落ち」
傾いた方の地面に足を着こうとして、そこで踏み入れる足場がないことに気付いた。
転移された先は瓦礫が浮いているだけの上空だった。
手を掴むものも風に抵抗出来るほどの足場のとっかかりはなく、名無しはそのまま宙に放り出される。
それを一人輝夜雫が名無しの手を掴み、ギリギリの所で体を冷たい地面に引き戻した。
「気をつけろ。街を抜けるまでは上空を経由する」
「あ、ありがとう」
名無しはそのままの勢いで輝夜を抱きしめる。
その時、輝夜の後ろの地平線から日光が現れ、下に浮かぶ霧の雲海が朝日に照らされる。
(やっばり、空の上なんだ)
周りの光景を再確認し、名無しは街の外まで一直線に続き浮かぶ建造物の瓦礫を見る。
そして、この道を歩くのかと足取りが重くなりながらも進むしか選択肢はなく名無しは瓦礫の道を進んでいった。
足場は手すりもない一歩間違えれば落下する道。
だが、何度も死にかけ、落下したからか手すりのない空中足場も案外恐怖は感じなかった。
「これからどのくらい歩くの?」
名無しは後ろにいる輝夜に尋ねる。
「約二日。最速で拠点を目指す」
今回名無しと動向するのは勇人、輝夜雫、カイの三名。
第二拠点にいる能力を持たない者はほぼ全てがラルたちとともに進んで行くことになった。二手に分かれたにも関わらず何故こうも人数比が激しいのか。
それは第二拠点出発前の事、島名が言った事が起因していた。
「第三拠点は精霊種、地霊種を除いておそらく人類最後の都市となります。その分人口は多く魔力、能力による影響で苦しむ患者が数多くいます。なので、名無したちのグループは最短のルートを進んでください」
と、島名は言うように人員は可能な限り減らしたのだろうと名無しは推察した。
道中を何も考えずぴょんぴょん飛び、気づけば街を抜けていた。
途中から落ちることなんて頭から抜けていたからか屋根の残骸や、道路など様々な瓦礫を足場にして進むのは以外にも楽しかったと名無しは思った。
「とりあえず、今日は歪んだ都市を抜ける」
「歪んだ都市?」
魂喰霊との遭遇率を下げるため、名無したちは山の中を通り、そこで名無しは輝夜とカイから様々な話を聞いた。
「該当記録は上下左右があべこべの都市。浅葱狐と同種の属性魔力を持つ精霊が一箇所に集まる魔場の過密によって都市の重力方向は常に変動し続けている」
カイの言葉に名無しは一つだけ疑問が浮かぶ。
「でも、それって入ったら出られないんじゃ……」
「魔力の反発性質による影響妨害と誘引の方向を制御することで突破は可能」
「そんなこと機械じゃなきゃ……ってそっか、機械か」
「肯定。既に小型測定機を街の数カ所に配置完了。各機との情報共有で街を抜けるのは容易」
そして数時間が経ち、名無したちは山を抜けた。
道中は特に何もなく、魂喰霊との遭遇は無かったが不気味に倒れる心臓部にナイフが刺さった骸骨が時折目に入った。
色んな所で見つける死体が名無しは不思議に思い輝夜とカイに聞くと、「知らない」「分からない」の一点張り。そういうものだと名無しは受け止めた。
一抹の不安を抱えながら───。
崖の前に三人は降り立ち、名無しは目の前の光景にカイの言ったことが少しだけ分かった。
「こんな都市があるなんて……」
視界に映ったのは、何もかもが異常な都市だった。
真っ二つになったビルが浮き、道路が曲がりくねって生き物のように空中を動き回り、その道路を無人の車が走ったかと思いきや、次の瞬間には車が道路を離れ上空に凄まじい勢いで急速落下したり。
重力が何もかもおかしくなっている都市だと言ったカイの言葉通りだと名無しの視覚情報は認識した。
他にも地面付近に物体が近づかないことや、上空が水面のように揺らいで見えたり、何故と聞きたくなることは山程あったが、ひとまずどうやってこんな都市になったのか、名無しは街の中を見続ける輝夜に聞いた。
「おそらくは魂喰霊同士の戦闘によるものだろう。都市全体を巻き込む戦闘の余波に星の精霊が影響を受けああなったと、聞いた事がある」
「星の精霊?」
「今は曇りで見えないが、明日辺りにそれは話そう。カイ、準備は?」
「あと少し」
地面に座りこむカイの天使の輪は薄緑色と薄黄色を交互に点滅させていた。
どうやら通信しているらしく、ピピーと音を立てたままカイは微動だにしない。
幾秒か経った後、カイの天使の輪の真ん中に光の針が一瞬現れ輪の色が通常に戻る。立ち上がりカイは名無しの方を振り向く。
「同期完了。動作補助、演算、精霊魔力回路ともに正常。経路通りに飛行可能。安定性向上のため身体の拘束を要請する」
「拘束?」
「許可する」
輝夜の言葉を聞いた瞬間、カイの背中からまるで触手のように二本のケーブルが名無しとラルに襲いかかり二人は捕らえられる。
「うわッ」
「なに!?これ!!」
カイの背中にぐるぐるに巻きつけられた名無しと勇人は身動きが一切取れなくなり、名無しは足をバタバタすることしか出来なくなった。
おそらく、これから飛行する際に体を拘束する必要があるのだろうと、名無しはすぐに理解した。
名無しは楽な姿勢をとろうと、体をひねる。
それで名無しは再認識する。冷たく硬い金属の肌を布越しに触れやはりカイは機械であるのだと。
「では街の外で」
「ああ」
崖の先端までカイは二人分の体重をものともせず歩みを進め地面を強く蹴り飛び出した。
三人分の重たい体は地面へとすぐに落下していくがカイが空中を足場に二、三回蹴り、飛び出た勢いのまま名無し達は街の中へと入っていった。
すると、
「うわぁぁぁ!!」
体は横に向き視線は地面を向き、太陽の方向名無したちは落下する。
建造物の破片が横を通り抜け、
「当たる当たる!!!!」
正面地面と真反対に浮くビルに重力に従い衝突するかと思われた寸前、体はビルに当たるすれすれで上空に引っ張られる。
ビルと名無しとの距離は人ひとり入らない。
ビルのガラスに自分が映り、コマ送りのように驚いた顔が気分が悪そうな顔に変わっていく。
そして、重力方向は再び街に入った最初の方角へと戻っていった。
「今より三十秒後、当機らは街の中層に入る。重力場の乱れはいまより激しく、体に物がぶつかる確率は高いと推測。でも、魔力の使用は絶対禁止。魔力の反発により力ベクトルの計算が乱れる危険性が」
「つまり、治すなってことだよね」
急な方向転換に耐えるよう全身に力が入る。
風で両目を塞いでいるのも相まって名無しは必死な様相でカイの言葉に答える。
「でも、それじゃあ魂喰霊はどうするの?」
「それに関しては輝夜様が対応。上空の水面の上を走りいつでも斬撃を飛ばせると」
「あそこから?」
水面には影一つ映っていない。
ビルや車など障害物で隠れ、進行方向すらコンマ数秒で変わっていく自分らを追えるのか名無しには疑問だった。
しかし、ひとまず再生は使用してはいけないのだと分かった。
「入ります」
カイが言うと同時、名無したちは中層へと入った。
そこは意味がわからないとしか言えない空間だった。
「やばい!!やばい!!やばい!!!!」
急加速したと思ったら急停止。
弾丸のように車や建造物が飛び回り、進行方向は一秒に九十度は変わっていた。
(なにこれ……今、上下どっち?)
体がぐにゃぐにゃになりそうなほどに重力に引っ張られる。
視線は常に一方向に定まらず、もはや、上下左右などないに等しい。
それでも、変動する重力に従い体は常に落下していく。
風が横切る音を超えるガシャンガシャンという何かと何かがぶつかる音がどこかしこからも聞こえる。
ジェットコースターなど比較にならない状況に訳が分からなくて泣きそうになる。
名無しは精神を強く保ち、目をつぶり今を耐え忍ぶことを一番に考えた。
その時、急に体の内側が引っ張られる感覚が消えた。
勇気をもって目を開けるとすでに辺りに建造物は無く、地面には草花が生い茂っているのが揺らめいて見えた。
進行方向も真っすぐに戻り、カイは空中を足場に飛んでいた。
「ここだけ重力がない?」
「三層の重力場。その内中層には中心角三十度、誘引の精霊が存在しない約8.3パーセントの扇状の空間が存在」
「つまりこの小さな空間だけが影響を受けないんだ………」
道理で地表が荒れていないと、名無しは開けた土地を見て思った。
「あれは?」
先ほどよりも中心、時空が歪むように見える光景に上空の水面にまで到達する薄青色の瓦礫の塔を名無しの目は捉える。
「精霊の集合体が建造物を引き寄せ、出来たものと推測。計測結果より該当位置は歪んだ街の中心部にあると断定」
「へ〜。ところでここらへんって魂喰霊いないの?」
「否定。二体ほど存在を視認。それに輝夜が対応し、斬撃で応戦中」
「そうなんだ。って、視認!?いたの!?もしかして」
「一体は当機と接触する距離にまで接近した」
「こわ……」
「……あと少しで街を抜ける」
そう言いカイは空中を足場にせず、浮くようにして空を飛び街に入るときと同じようにして歪んだ街を抜けた。




