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終末世界で明日を見る  作者: がみれ
第二章「霧の街の失踪」

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第四十四話「戦闘本番終結」

この話だけ普段の二倍の約7500文字あります。

「当たった?」


「いや、緋狐が間に入った」


 電柱の上からカラスが鳴く音か聞こえる灰色のマンションの屋上。

 そこに、外套に身を包む影が二つ。


 一つはスナイパーライフルから薬莢を排出し、次の弾丸を指で詰める小柄な白い狼の仮面の少女。


 そして、もう一つは望遠鏡を片手に上を見上げ、たばこを吸う黒い狼の仮面の少年。


 二人は雲の見えない霧の中から空を見ていた。


「じゃあ、もう一回」


 少女が落ち着いた声で言い、ライフルを上に向ける。


「いや、ここまでだ」


 しかし、立ったまま上空の標的に照準を合わせる少女を少年はライフルに手を当てそれを止める。


「なんで?」


 物事に対する単純な疑問を口にするように、少女は聞いた。


「僕らの仕事はあくまで協力したという実績作りだ。雇い主から特に誰かを殺すよう命じられたわけじゃない。それに、レーヴィス都の一件もある」


「え~でも、撃ちたい……」


 少女は甘える声と、仮面で隠れたつぶらな瞳と胸の前に抱えるライフルを前にし、少年にねだる。


「だめだ、だめ。後で味方になるかもしれないんだから。勝ち馬を見定めていない今、どっちの戦力も削ぐわけにはいかない」


 身をかがみ、少女の目線に合わせた少年は、まるでゲームをやりすぎな子供を優しく叱るように諭した。


「分かった……お兄ちゃんがそう言うなら」


 しょんぼりと下を向く妹の頭を、兄は優しく頭をなでる。


「ああ、お兄ちゃんが撃っていいやつ探すから、今は我慢しような」


 柔らかな声で言う兄の言葉に、少女は口元を綻ばせる。


 少女はビルから飛び降りた少年の後に続き、二人はこの街から、離れるように霧の外へと消えていった。








 勇人は胸に風穴が開いた緋狐を抱きかかえ、全身から汗が噴きだし、手が震えた。


「ごめんッ!!僕のせいで!!」


「いえ……大丈夫です。私のことは気になさらず。ラル様は下の魂喰霊と射撃手を対応します。勇人様は敵に集中してください」

 

 無機質な目で勇人を見ながら、緋狐はすぐさま転移で、その場を去った。


 抱えた腕と自身の胸を見下ろし、自身に傷がないことを確認する勇人。


 風の魔鉱石が魔力を使い切り、緋狐の体とともに弾丸は転移されたのだと瞬時に理解した。


(迷っちゃだめだ。たとえ、今戦っている敵に共感できたとしても。悪じゃないとしても)


 弓を虚空から取り出し、迫りくる蝶たちを見て勇人は弦を張り距離を取る。


 なりふり構ってはいられる状況ではいられない。  

 殺らなければ殺られる。


 きっと、正しいか正しくないかなどという話ではないのだ。互いに願望があり、譲れないものがある。


 メルメアスの願望はきっと、三十四人の孤児が失った過去の運命改変で、そのためには勇人たちを殺す必要がある。


 絶対悪などとはほど遠い。

 平穏な世界を目指し、目指す地点が違ってしまった故に敵対してしまっているだけの存在。仕方なく戦うしかないのだ。


 それでも、勇人は一つだけメルメアスに言いたい事があった。


「メルメアス!!死んだ孤児は人殺しの罪を被ってまで、救ってほしいと本当に思っているのか!!」


 声を張り上げ、勇人は言い放つ。

 勇人は仲間が教魔団に殺された、その怒りと忌々しさを忘れてはいない。罪は消えない。ただ、メルメアスにも絶対に成し遂げたい”人を救う”という願望があることも理解している。


 だからこそ、対等に彼の目線で話す。

 ここで踏みとどまってくれればという淡い期待などはなく、最後の確認のために。


「それはッ……!!」


 その言葉にメルメアスは口淀む。即答はできなかった。


 頭の片隅には、こんな事をしてまで生き返って欲しいと、本当に子供たちは願っているのかという後ろ向きな考えが常にあったからだ。


 だが、自身が迷わないよう頭の中から遠ざけた行動原理のその迷いを、遠ざけるようにして何人も人を殺してきた。


 もう、引き返すことなどできない。


 建物が焼け壊れ、灰になった教会の目の前である人物に囁かれ渦巻いたどす黒い感情を、メルメアスは忘れることができなかったのだから。








 それはある真夏の事だった。

 焼け落ちた教会の前で、ただ呆然と俯くメルメアス。涙は枯れ、心に穴が空いたような気迫のない姿の彼に近づくまだ子供の少年はこう言った。


「災難なんて言葉じゃ足りないね」


 優しくも、どこか落ち着いた声で言う少年の言葉に、当時の彼は言葉を返す気力はなく、ただ下を向いていた。


 どうせ、何を言われたとして、失った命は返ってこない。それを十分に理解していたからだ。


 だが、次の言葉に彼は反応せざるを得ない衝撃を受けた。


「これは、各地に起きたテロによって、神正教に不信感を抱いた民衆の暴動によって行われた」


「は?」


 その言葉にメルメアスは、怒りを通り越して唖然とした。

 なぜなら、買い出しに出かけたメルメアスに対する人々の態度は優しく明るく、とても教会を燃やそうとするようには思えなかったからだ。


 (そんなこと……)


「そんなことあるはずがない、と君は思うだろうけどこれが現実だ。その上で君はどう思う?テロを起こした神正教の者たち。それに不信感を抱き、無実な孤児を殺した民衆。悪いのは誰だと思う?」


 その言葉に思わず顔を上げた。

 全てを目通すような橙色の瞳と同色の髪、まだ子供らしさが残りながら大人びた表情をする少年が目に映る。


「正解は全てだ」


 少年は手を伸ばし、メルメアスはその手を掴んだ。


 その後の事は、世界を戻す力がある一人の少年にあるかもしれないという事と神への信仰心、血みどろの屍の上で感じた爽快感しかメルメアスは覚えていなかった。


 


  






 メルメアスの耳に、勇人の言葉は届かない。盲目的なまでの執着と後悔が引き起こす、現実を受け入れないと動く自己防衛によって。


「分かった」


 返答のない言葉に、それがメルメアスの意思だと理解した。


 迷いが晴れたわけではない。敵にも敵の正義があるのだと、このとき初めて知った。それでも、戦う理由は互いにあり、譲ることなど到底できない。

 

 (時間も魔力もこの一発で最後だ)


 勇人に群がる蝶たちは今にも消えそうに薄くなっていき、儚く散えた。


 互いに上空。

 視界を遮るものはなにもない。


 メルメアスには忌々しい敵と灰色の雲、勇人には戦うべき敵と淡く点滅し霧の下から存在を主張する名無したちの姿だけ。


「この一撃でおまえを殺す」


 瞳を細め、弓を構える一つ一つの動作に集中し、ただひたすら魔力を込める。曇りの空を淡く黄色に照らす眩い光が、螺旋状に矢に集まる。


 その時、勇人の魔力は底を尽きた。

 

「死ぬのはあなたです!!」


 勇人に映る視界の端。

 メルメアスの声とともに遠くの霧が蠢き、ただの雲海が膨れ上がり、空へと迫る。


 二つの方角から、霧はやがて霧を貫通する塔と同規模の二体の狼の姿を成し、勇人を見た。


(霧は魔力を通す性質がある。それを利用した第六章。つまり、メルメアスの魔力支配範囲はこの雲海すべて)


 神眼に映る霧の雲海は紫色に薄く光り、崩壊魔力が張り巡らせられていた。


 全ての生物は、魔力が多少なりとも漏れ出ている以上、下に逃げたとしても霧の中で発生する微弱な魔力の反発で位置を特定される。霧に込められた崩壊魔力の一点集中でもされれば、体は崩壊するだろう。


 現に、視界の先にいた巨人の魂喰霊が霧に突っ込み、肉体が霧に触れた部位から消滅していた。


(最初、数が減った四体の蝶はこれのため……。じゃあ、今逃げれる二方向に)


 目を凝らし、魔力観測に集中する。

 予想通り、二つの蝶が霧の中に隠れ紫色に光っていた。おそらく、残る二方向に逃げると同時、下から迫る狼に喰われるだろう。上に逃げるも、魔力がなければ、霧の巨大狼の進行スピードには勝てない。全方位、逃げ場などない。


 深く息を吸う勇人。

 弦を最大まで張り、感覚を足に持っていく。


 神眼は魔力の流れから次の行動を予測する。

 この場で射ち、命中する未来よりメルメアスが回避する未来の方が多いのは明らかだと、瞳は告げた。


 だからこそ、今まで通りの戦い方へと切り変える必要があった。


(一発しかないんだ。確実に当てるにはゼロ距離での射撃しかない)


 地上に立つのと同じように立った体が、建物から飛び降りるように真下にいるメルメアスへと頭が地を向く。


 これを回避、受け流されでもすればもう決定打になる攻撃は持ち合わせていない。幽霊船も近づき、二つに対抗する力も失う。


 だからこそ、雷よりも早く、弾丸よりも早く、誰にも邪魔されず、何人たりとも止められないたった一つの矢となるように、勇人は神にお願い事をした。


「なんだ!!それは!?!?」


 神々しく光り、勇人を掴む巨大な右手と、街全体をまたがるほどの神狐霊弓を見て、メルメアスは心底驚き目を見開く。


 勇人がした願い事は二つ。

 街全体の能力範囲拡張と、神狐霊弓と神の右手の顕現。


(顕現自体は弓や刀と同じ要領で出来たけど、僕も神様もこれでもう魔力は尽きた。だから……)


「これで終わらせる!!」


 自身を矢にし、また自身も矢をつがえ、弦を張るように神の手によって運ばれた勇人はメルメアスをまっすぐと見る。


「終わらせるわけないでしょう!!幻霊狼蝶!!」


 遠くの霧が天高く湧き上がり、隠れた二体の狼も形を成す。四方から雷鳴を鳴らし、四体の狼が神の手に掴まれた勇人へと迫り囲う。


 それに加え、地上に現れたのと同様に魔力の壁で身を包み、防御するメルメアス。 

 自身の魔力のほぼ全てを防御に詰め込んだ。


 両者、最大の矛と盾を展開し、互いが息を飲む。


 瞬間、雷鳴がなったと同時、最大まで張った弦が神の手から離れ、勇人は空を蹴った。

 風を押し返し、急降下。まっすぐ眩い光の軌跡を描きながらメルメアスへと一瞬で迫る。


 あまりの速さにその場にいた二人であっても反応出来ず、勇人の体は一瞬にしてメルメアスの外側の防御を貫通。光の鏃が胸に突き刺さる。


「終わりだ」


 手を離し、衝撃に吹き飛ばされたメルメアスへ目掛け、放たれる矢。弓の先端を通り抜けるとともに魔力が渦を巻くように込められ加速し、真正面から心臓へと迫る。


 しかし───。


「それはもう見た」


 人差し指を天に向け、側面から放たれた崩滅の剣が、矢を側面からへし折り、勇人の渾身の一撃は光の粒子となって消滅した。


 勝ちを確信したような笑みを浮かべるメルメアス。まさしく先ほど見た矢と同じものを放ち、側面からの脆弱性に気づいた自身の勝利だと、そう思ったメルメアスは勇人の表情を見る。


 絶望、驚愕、恐怖。

 これから己が死ぬのだと理解し、どんな表情をしているのか、絶望に打ちひしがれ死にたくないと懇願してくるのか、メルメアスはハイになった頭で楽しげに予想する。


 しかし、その心は裏切られる。


 少年は無表情だった。

 まるで全てが想定内であるかのごとく、まだ戦いは続いていると信じたその目をする少年に、メルメアスは理解できなかった。

 

(僕の攻撃は決定打にならない。でも、それでいい)


 それは仲間がいたかいないかの差。


 弓は虚空に消え、勇人はまるで刀を持っているかのように上段に手と腕、全身を持っていく。


 目線の先、光を放つ一振りの刀。それを持つ脅威とすら思われない非力な少女の光を見て。


(名無しに繋げられるなら!!)


 メルメアスの隣を通り過ぎるように黄金色に光る刀が投擲され、空を掴んでいた勇人の手に刀が握られる。


「なッ!?ばかな!!気配はなかったはず!!」


 メルメアスは背後から現れた気配のない刀に驚愕の声を上げた。

 なぜなら、刀に魔力が込められていたにも関わらず、メルメアスの魔力感知は一切反応しなかったからだ。


(なぜ、感知できなかった。何か特殊な能力で魔力を隠蔽……いや、私の目ははっきりと魔力を捉えている。まさか……!!!)


 背後を振り向き、そこにいる無力な少女を見て、メルメアスは切り刻まれた胸の痛みを思い出し確信した。


 何故、霧の下にいたはずの少女が気配を持たず背後まで来れたのか。


「再生!!!」


 怒りのこもった声を荒げ、メルメアスは名無しを睨みつける。


(やっぱり。メルメアスは私の気配を感じ取れない)


 名無しの考えは正しく、メルメアスの魔力感知は名無しを捉えない。

 それは、単なる魔力の属性相性によるもの。


 視界外の気配を感じ取るメルメアスの崩壊の魔力は、ただ一つ、属性が真反対である再生の魔力とは────"反発しない"。


 二種ある魔力感知の一つは、その反発を利用し気配を察知する。


 故に、互いに相反する魔力では魔力感知は機能しない。

 周囲の僅かに魔力を帯びた空気と同等、いやそれ以上に、名無しと再生の魔力を宿した刀は気配が薄く、そこにいるということを認識できない。


 この世の当たり前。世界の法則。

 神も世界も運命も彼を否定するかのように、少女の力は少年へと届き託されたのだ。


「何もかも私の邪魔を……!!だが、まだッ!!」


 貫通し壊れた魔力の壁は元に戻るように厚みを増す。勇人とメルメアスの間に流動的な崩壊魔力の壁が再度形成される。


 その瞬間、刀に宿った眩く光る黄金の光が真っ白な光と混じり合う。

 勇人とメルメアスの間合いを埋めるように、揺らめく光が刀と一体となる。


 光に覆われ刀身が伸び、刀はメルメアスの脳天目掛け、振り下ろされた。


「断天生!!」


 刀の魔力と崩壊の魔力が激突する。互いの魔力がバチバチと音を鳴らしながら、黄金と黒が混ざり合う稲妻を生んだ。


 直後、刀は崩壊の壁に食い込んだ。


 咄嗟に、自身の体をひねるメルメアス。それに同調するよう、崩壊の魔力の層が彼中心に回転する。


 結果、勇人の持つ刀が回転に飲み込まれるように、横に滑り始める。


「名無し!!崩壊の魔力で僕たちの攻撃を受け流すつもりだ!!」


「させない!!」


 名無しが叫び、黄金の魔力が彼女から解き放される。それは背後から伸びる二本の腕に近い何かの形を成した。


 メルメアスの回転する魔力を、名無しは掴む。

 流動的な崩壊の層を、回転の方向と真逆に押さえ、動きを鈍らせる。


 「はああああッ!!」


 その隙に、刀はまっすぐと切り裂くものを捉え、崩壊の壁を突き進む。


 神の右手と神狐霊弓は消え、霧の狼が勇人たちへ近づく。嵐が吹き荒れ、雷鳴が鳴りやまない上空で光と闇が交差し、刀は真っ黒な壁を真っ二つに切り裂いた。


 再生の魔力は消耗され、黄金の粒子が勇人の横を通り過ぎていく。


 そして、勇人の目にメルメアスが映った。

 無防備に魔力で一切覆われていない、司教のような白の服装よりも悪魔のような翼が目立つ少年の姿が。


 メルメアスに防御する術はない。確実に攻撃が入る。

 そう思うのが正しいはず。それなのに、何故かとてつもない嫌な予感というものを勇人は感じた。左目から入る情報は、今すぐにこの場から離れることを勇人に示した。


 それでも、勇人は刀を振るった。

 迷いが更なる最悪を生むと知っていたから。

 

 メルメアスは、刃が自身に届くと悟った。

 自身の残存魔力ではどうあっても、刀を受け止めることはできない。


 死の予感をひしひしと全身で感じ、メルメアスは全身から汗が噴き出る。


(私は負けるのか?こんなところで、あっけなく。違う。間違っている。使命を果たすため、神に全てを捧げた私が負けるはずがない!!)


 首を横に振り、頭の中でありえないと言葉が反芻する。

 それでも、刀は迫り、孤児たちと過ごした、幸せな記憶が溢れ始めた。


 それと同時に、あの時の後悔と憎悪、世界に対する失望感が幸せな記憶を黒く塗りつぶすように、メルメアスの心を覆った。焼け落ちた教会が視界を埋め尽くす。


(絶対に成し遂げなければいけない)


 その時、自然と手に持った崩壊の書の頁がめくれた。

 開かれた頁には、墨で書かれたかのように真っ黒な魔法陣が浮かび上がり、刹那、メルメアスの目と口から真っ黒な液体が零れ、あまりの魔力濃度にメルメアスは白目をむいた。


「私だけが救えるのだッ!!!」


 瞬間、心の中にあったストッパーが外れたかのように、今までとは比にならないまるで別人のようなどす黒い魔力が全身から溢れる。まるで生き物のように蠢めいたそれらは名無しと勇人に襲いかかった。


「崩壊の書!!最終!!」


 その時、聞こえるはずがない声が聞こえた。


『やめて!!お兄ちゃん!!!』


 ぼろぼろの服を着た、タンポポのように明るい髪の涙を流す少女の悲痛な叫びが。

 かつて、メルメアスが教会で預かっていたアルサの声が。


『そうだよ!!やめよう……もうこんなこと』


「リコレア……」


『帰ってきて!!兄ちゃんのお芋のご飯食べたいよ!!』


「アルメス………」


 見間違えるはずのない死んでしまったはずの子供たちが、メルメアスの手を掴み、泣いていた。


「どうして……」


 頭ではありえないと理解しながら、手を掴む小さな力、声、真っ白な世界でともにいる三人の子供は確かにあの日までの子供たちで、存在を否定することは出来なかった。


 その時、視界の先にあの日までのきれいな教会と、子供たちが遊んでいた野原、なにより一番大切だった三十四人の子供たちの姿が目に入った。


『お兄ちゃん、早く、早く。みんな、待ってるよ』


 桜の花びらが風に流され、野原で寝ころぶメルメアスの手を引っ張り、アルサが教会の前に立つみんなの元へ連れていく。


「そうか……僕は、僕が置いて行ってしまったのか」


 視界を遮るように溢れた涙を、メルメアスは拭った。

 教会に近づき、次第に白銀の髪と紫色の目は、昔の黒髪黒目に戻っていく。


「もう。気づくの遅い」


 ムスっと頬を膨らましアルサは上を見上げ、メルメアスを見た。


「ごめん。今、作りにいくから」


 最後の涙を拭い、少年のような自然な笑みをアルサに見せ、前を向き満天の空の下で歩みを進めた。


「とびっきりのあの日のご飯を」


 芋でぱんぱんになった袋を片手に、教会の扉を開け、あの日続くはずだった日常をメルメアスは始めた。


 溢れた崩壊の魔力が制御を失い、空気中に散っていく。

 刃は遮る障害もなくメルメアスを捉え、首に食い込み、そのままの勢いで断ち切った。


 血しぶきが舞い、頭と胴体が分かれる。

 瞬間、手の触れる距離まで近づいた狼は形を保てなくなるように消え、メルメアスの体は地面へ落下した。


 静寂に包まれる上空、しかし、勝者たる二人の心内にある感情は歓喜でも達成感でもない。更なる恐怖と焦りが全身を締め付ける。


 霧で構築された狼が消え、そこから悠々と現れる一隻の幽霊船。

 展開される千を超える魔法陣が二人を向き、今にも放たれるかの如く眩い光の球が魔法陣から現れる。


 それに加え、船首に立つ無駄な装飾もなくボロボロな服を着る一人の骸骨。長剣を腰に備え、すでにその手は柄を掴んでいた


(ここまで……か、)


 魔力切れを起こし、全身の力が抜けそのままの勢いで落下する勇人。刀は虚空に消え、眠るように瞼を閉じた

 

(結局、どうもできなかった)


「くッ……勇人!!」


 落下しながら手を上に伸ばす名無し。

 声を聞いた勇人は残りの体力で片目を開け、下にいる名無しに向かって手を伸ばした。


「名無し!!」


 二人の手は互いを掴む。

 もう、地面に衝突して助かる力も残っていない。

 千を超え壁のように迫りくる光の球に対抗することはできない。


 名無しと勇人はどうしようもない状況に死を悟り、目を瞑った。

 互いの手を掴む力が強まる。


 その時、二人を囲い守るように数多の魔法陣が金色に光って重なり、下から上へ展開された。

 それらは次第に巨大な鐘の形を成していき、光の球が魔法陣に当たるその瞬間、甲高い鐘の音が辺りに響いた。

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