第四十三話「戦闘本番③」
幾百の光の前に漆黒の翼を広げ、光の矢が翼に着弾。全ての矢が粉々に砕け散った。
しかし、散り散りにならずなお一柱を貫いた光はメルメアスに届き、刹那光と闇が対立する。
両者互角のせめぎ合い。
魔力の稲妻が互いの魔力に飲まれ、辺り一帯が光に照らされる。
『弓月の神、頼みたい事がある』
その隙に、勇人は弓月の神にある事を伝え、弓を構え弦を張った。
「邪魔をするなッ!!」
掠れた声で叫ぶメルメアス。
防御を強く意識し、魔力の厚みが増す。それにより一瞬押し返し生じた僅かな隙間からメルメアスは翼を戻し、自身を守るように翼を丸めた。それにより防御が厚く、より頑丈になる。
(でも……)
勇人はそれすら許容の範囲内だった
なぜなら、光の柱の中、僅かに色が明るい一本の矢にメルメアスは気づかなかったのだから。
それは、勇人の魔力とは違う神の魔力で構築された弓月の神が所有する新月の矢。
幾百もある中の一つに焦点が当てづらいことは魔力感知の方法からして明らか。当然、メルメアスに感知できようはずもない。
異質な一矢が光の柱を離れ、加速。
メルメアスへと直進する。
瞬きする間に翼を貫通し、月光の色に染まる鏃が崩壊の魔力を貫く。減速せずただまっすぐと、矢は脳天へと迫り、生身の体に直撃した。
「がッ……!!」
メルメアスは痛みに声を漏らす。
直撃した矢は、肉を抉り血を傷口から溢れさせた。
しかし、狙いは逸れていた。
崩壊の層が破られる直前でメルメアスは頭を横に振り、両手で矢を掴んだのだ。勢いを失い、逸れた矢は右目に突き刺さり、命を奪うまでには至らなかった。
矢は次第に魔力が切れ消滅。
閉じた右目から血涙が流れ、メルメアスは右目の機能を完全に失った。
頬に汗が滴り、痛みに苦悶し、失った目の瞼に手を当てる。
しかし、見開いた片目は勇人を憎々しい敵だと鋭く睨みつける。まるで命を投げ出してでも復讐を誓うようなその目に宿る深い憎悪に勇人は頬に汗が流れる。
それでも、構える弓にぶれはない。
畳み掛けるように、先ほどより僅かに小さな光の柱が闇に迫る。
「はぁぁぁぁ!!」
それが忌々しさと怒りをより顕わにしたのか、魔力の制御より出力を優先し、メルメアスは多大な魔力を放出。光を跳ね除けた。
それが勇人の狙いだと知らずに。
冷静さを失った者はやっけになり、感情に委ね行動が読みやすい。勇人は師匠のアドバイスからそう学んでいた。
上へと退避し、勇人はメルメアスから距離をとる。魔力の流れがメルメアスの次の行動を示して。
「起きろ!!幻霊蝶!!」
その言葉にメルメアスの背後に並べられた三十四個もの崩壊の魔力の塊が一回り大きくなり破裂。液体が消滅し、中身が露わになる。
現れたのは、黒を主とし紫色の紋様が目立つ巨大な蝶。羽を広げ紫色の粒子を空中にまき散らしながら飛び回り、それらは一斉に勇人へ迫る。
しかし、その半数が蝶になる瞬間、パシュンとどこからともなく放たれた矢の音ともに消滅した。それを魔力の気配から感じとり、メルメアスは背後を振り向く。
そこにあったのは紫色の炎で勢いよく燃え、体に貫かれた形跡のある蝶の姿。
半数もいきなり消滅し、何故射抜かたのかどこから射抜かれたのかさえ分からず、メルメアスの頭には正解が浮かばなかった。思考の二文字も怒りの感情に支配され遠ざかる。
しかし、この場でこれをできる人間、弓矢の能力を使う者はただ一人。
誰がやったかはすぐに、メルメアスには予測がついた。
「な、何をした!!」
上を見上げ、声を響かせるメルメアス。
勇人はメルメアスの問いに素直に答えた。
その答えは、単に魔力を込めきらず不完全な状態で蝶を解き放ったのもあるのだが、
「砕けた矢が残した塵、魔力の残滓を重ねて矢を再構築した。それだけだよ」
多量の光の矢と数十本の紫炎の矢の残骸、魔力の残滓から矢を再構築し、放ったと勇人は下を見て言う。
「ありえない!!魔力の広域支配は私の周り一帯すべてに及んでいる。魔域の影響でそれも強化されている。それを無視し、能力による恩恵を受けず手元から離れた魔力を操作するなど、まさにッ!!)
"神業"としか呼べない所業にメルメアスはゾッと悪寒がした。自身の行いが神に仇なしているのではないのかと体中の毛が逆立つ感覚を覚える。
(思えば、あの矢も以前会った神の気配と似たものを……)
「いや、違う。そんなはずがない。私は正しい。あの方に正解を提示され、それに従い生きてきた。私が、私が間違っているはずがない!!」
自身を肯定しようと必死に言葉を連ね、言い訳を探すメルメアス。それは自分自身の存在の不確定さを信仰心と正義で埋め尽くすようにして頭の片隅に残る猜疑心を取り除く。
「あの方?」
小声で呟く勇人。
気にはなったが、戦場に立つ意識がすぐに思考を切り替えさせる。
「貴様らが悪なのだ。私の前に立ちふさがる、ッ!!」
その時、言葉の途中で二つの矢が空を貫く音を鳴らし、上と下二方向からメルメアスへと迫った。
下からの矢は蝶に隠れ放たれたが、さすがに二度は食らわず魔力探知で二つを感じとり、メルメアスは翼を動かし横に逸れる。
勇人の攻撃を危なげもなく回避し、結果、二つの矢が互いの中心で衝突。
爆発し、燃えるような空気に距離をとったメルメアスはさらに吹き飛ばされ宙を舞った。
翼ですぐに体制を整え、メルメアスは上を見上げる。
「信仰心もない人間がッ!!」
すかさず向かってきた五本の矢を魔力の層で受け止め、十三体の蝶が勇人へと一斉に向かう。
素早く予測不能な動きで加速、減速を繰り返し蝶は勇人を追って紫色の軌跡を描く。
しかし、飛び舞う蝶たちを、勇人は完璧に間合いを測り、回避する。それどころか、上下左右を地面に蝶が蔓延る空の上で糸を通すように矢を放つ。
その矢は全て正確に確実でメルメアスの頭部を狙い、魔力の層に阻まれていたが当たっていた。
「なぜだ!!」
弓を手に入れる前とは別人のような魔力感知と洞察能力にメルメアスは理解が及ばなかった。
「私は神に祈りを捧げた忠実な信徒!!あの日から一日たりとも、子供たちの笑顔を願わない日などなかった!!それなのに!!」
自ら距離を詰め、無造作に魔力の塊をぶつけようとするメルメアス。
だが、互いの距離は変わらない。空を切り裂く、その攻撃を受ける者は誰もいない。
「テロ集団と同じ神正教徒だからという理由で、関係のない教会が燃やされ、三十四人の無実な孤児が焼死したあの日など実在するわけがないのだ!!!」
声を荒げ、叫ぶメルメアス。
真夏の夕方、袋にぱんぱんに詰まった芋を片手に、買い出しから戻り、笑顔で子供たちが出迎えるはずだったあの日がメルメアスには今の状況と重なって感じた。
無力感と忌々しさ。あの時の焼け焦げた教会から感じた焦げた匂いは、今もなおメルメアスの胸を締め付けていた。
「この世界は夢だ。あんな無邪気な子供たちが、理不尽に焼死するなんてありえない。能力所持者を殺せばきっと、悪夢なんて!!」
自身の顔を爪でひっかき、メルメアスの顔に浅い傷がつく。
今にも涙が零れ落ちそうな顔を浮かべ、震える声に勇人の手が緩む。
メルメアスの訴えかける悲痛な叫びが、勇人には鮮明に聞こえた。
(本当に僕はこいつを殺していいのか?)
視線がぶれ、弓を持つ手が力む。
胸に問いかけるそれは重く、勇人は答えを出せなかった。
それが、ほんの一瞬共感という感情を迷いに変え行動を遅らせた。戦場に立つ意識を遠ざけさせた。
無表情に一瞬立ち尽くしてしまった。
勇人の視界の目の前、心臓に迫るほどに"金属製の弾丸"が近づくことに今の今まで気づくのが遅れてしまった。
「え?」
反応し回避することも防御することもできない距離に迫った弾丸に勇人は思考が停止した。死が迫り心が諦めたからか、ピクリとも体が動かないことに勇人は気付く。
(ここで死……)
しかし、次の瞬間、緋狐が弾丸の前に現れた。勇人を庇うように身を挺して。
一瞬、反発を展開するが構築する前に、弾丸が反発の面を通り過ぎ、間に合わない。
勢いは止まらず、弾丸は着弾。弾丸の中にある魔鉱石が砕かれ、風の魔力が心臓の辺りを螺旋状にえぐり取りながら体を貫き、緋狐の体中央に風穴を開けた。




