第四十一話「戦闘本番」
「束縛の矢•天嵐の宴」
雲と霧の中間付近で勇人は空中に立つ。
嵐のように矢は放たれ、蠢く触手は次々と撃ち抜かれていく。
同時、矢の先端が崩れ、魔力が触手に入り込み、鎖の紋様が刻まれた。
紋様は螺旋を描くとともに徐々に、触手の動きを縛り、鈍らせる。
矢が完全に消費され、その圧倒的な物量で半数が制圧。
魔力の起こりはなく、次の攻撃を仕掛ける様子はない。だが、まだ多数の触手が蠢き、勇人たちに迫っていた。
『名無し。補助魔法陣の場所を教えて。僕はこいつから手が離せない。それに、さっきので魂喰霊が集まってきた』
(西に一体、東に二体……)
くっきりと輪郭が分かる程度に、遠くにいるのが見える。
西には二階建ての建物ほどのでかさの巨人。東には人型が二体。
そのうちの東の一体が槍を投擲しようとするのを察した勇人は、軽く視線を向ける。
「紫焔の矢」
人差し指から出された紫色の炎が収束し、矢の形を成して放たれた。
空を切り裂くその矢は互いの間で槍にぶつかり、音もなく燃え尽きた。
炎の矢は槍を喰らい、勇人の指へと戻り、槍に込められた分の魔力が微小ながら増す。
(消費を抑えないと。魔力回路はともかく魔力量が少ない。連射は出来ないな)
神から供給された魔力は、質は高いが、圧倒的に魔力量が少ない。
天嵐の宴のような広範囲の攻撃手段は、扱う上で得られる結果よりも魔力量の消費が激しい。
一本一本集中して矢を放つ。おそらくこれがこの能力の特性なのだろう。
そのころ、雲の上の上空では───。
「これが……魔法陣………」
街全体にまたがる巨大な魔法陣。
その内側には五つの補助陣が輝いている。個人の力で創れるとはにわかに信じ難い光景に、名無しは狼狽える。
補助魔法陣は見つかった。だが、あまりに強固で精密な制御された魔力の流れに、綻びを生じさせるのは難しい。
手をつけようにも歯が立たない。これを壊せるイメージが名無しには浮かばなかった。
だからこそ、仲間に託す選択を迷いなくとれる。
『今から私達が補助魔法陣に手を加える。加える魔法陣の形は五芒星』
現在いる位置は、メルメアスを中心に魔法陣を展開しているなら、おそらく主魔法陣のちょうど真ん中だろう。なので、星型にある五つの補助魔法陣を各個破壊するため、勇人に場所を知らせ、破壊してもらう。
「星の頂点二つを魔力の反発でそっちに知らせる。時間がないから、そこから、全部で五つの補助魔法陣を矢で射抜いてほしい」
『了解!!』
二つの頂点が分かれば、五つの頂点の推測は可能だ。
もちろん、誤差は出るだろう。
だが、魔法陣の大きさから多少の誤差はおそらく意味を成さない。その圧倒的な規模によって。
頭に浮かぶ星のシルエットの左下へ目掛け、名無しと緋狐は空を飛ぶ。反発で急加速した二人は、目星の元へたどり着いた。
「よし……」
円形で囲われ、謎の文字が刻まれた補助魔法陣。
魔法陣の中心に行き、名無しはそれに手を添える。すると、互いの魔力によって金色の稲妻が空中を駆け巡り、魔法陣の色が一瞬だけ名無しの魔力と同じ色に変化した。
『視認した。離れて』
勇人の言葉に二人は距離を置き、下へ向かおうとしたそのとき、白い光が五つ、雲海の中で輝く。瞬きする間もなく、その光は二人の横を通り過ぎた。
直後、ガラスが割れたような音とともに、衝撃と風圧が二人を襲った。回転しながら落下する体を、緋狐が体勢を立て直す。
光の先を目で追うと、五つの補助魔法陣は粉々に破壊されていた。
それにより、主魔法陣が不安定になり、いまにも壊れそうにひしゃげていた。
「すごい……!!」
目を見開き、名無しが呟く。
───しかし、破壊には至らなかった。
不完全ながら魔法陣が形を保とうと戻り始め、光を取り戻す。
次の瞬間、全身に突き刺さる不穏な気配が二つを感じる。
一つは地下のメルメアスの方から。これに関しては少なくとも予想の範疇だった。
「うそでしょ……」
名無したちが雲を通り抜け、雲海が見え始めたころ、もう一つのそれは存在を露わにした。
遠目でも分かる異質な魔力。それの周りは、天候を悪化させるように雲が黒ずみ、雷鳴が空気を響かせていた。
「いくらなんでも早すぎる」
山と山の間を通る、雲海に浮かぶ、一隻の船。ボロボロの帆と、くたびれた建材の上に佇む骸骨の影。
その不気味な姿はまさしく、
「幽霊船」
かつて、前進隊を壊滅寸前にまで追い込み、街にまたがる峡谷を作り上げた災厄。特殊型魂喰霊"幽霊船"の姿がそこにはあった。
地下から突き破り、現れる影に勇人は攻撃を仕掛ける。
真っ黒な魔力でできた、闇を纏う球体の中にメルメアスの存在を確認して。
「天嵐の雫」
地面に平行に立ち、光の矢を放つ勇人。
気配の薄いその矢は球体を貫通する。だが、メルメアスの頭上と、数センチの隙間を開け、矢は動きを止めた。
「崩壊の書。第六章連節「幻霊狼蝶」
矢の割れ目から球体に亀裂が走り、砕け散る。
その中から現れたのは、翼を背に持つメルメアスと、液体のようにどろどろとした真っ黒な三十四個の魔力の塊。
それらが、等間隔に散っていく。
「まずい……!!」
その得体のしれない何かから、とてつもなく嫌な予感と胸騒ぎを感じた。
それに加え、特殊型の存在を勇人は感知する。
(どっちにしろ、時間をかける訳にはいかなくなった)
だが、攻撃が防御を貫通したのは事実。
防御を失った今がチャンスだと、勇人は矢をつがえ、本体であるメルメアスを狙う。
その時、突如として水平方向への殴られたような衝撃が身を襲う。
(なにがッ!?)
背中に強烈な痛みを感じる。
勇人は魔力感知に意識を集中し、周りの状況を確認する。
体をひねり上空へ視線を向けると、そこには黒い霧に包まれた巨人の姿。西にいた魂喰霊がいた。
(巨大な二つの魔力に気を取られて、魂喰霊の気配が意識の外にいっていたのか……)
落下する勇人に、三つの攻撃。
魂喰霊が放つ初手と同じ槍、伸びてくる鎖に纏わる雷の魔力、メルメアスの闇滅槍が三方向から迫る。
足に魔力を集中する。
体勢を立て直し、空気を足場に紙一重で三撃を回避する。
だが、回避に合わせ、三つは方向を変える。勇人を追尾するように。
距離をとり、対処しようとする勇人。
おろそかにしていた魔力感知を広く浅く、意識する。
その時、雲の上から落下してくる仲間の気配を感じとった。
「勇人!!メルメアスから離れて!!」
名無しの言葉に勇人は上昇する。名無しの狙いはわからないが、それでも意味のない事は言わないと、メルメアスから距離を余分に取る。
上空へ上がるその途中、勇人の左右をラルと名無しが通りぬける。二人は魔力で各々の形を、ラルは爪の形、名無しは三重の薄い膜を。
イメージし形作った魔力は、ラルが物体の槍を弾き、名無しが闇滅槍を包み込み、動きを止める。
「ありがとう」
すかさず、勇人も紫焔の矢を、雷の鎖に沿うような軌道で放つ。
すると、すれすれを通る矢は、鎖に纏わりつく雷の魔力を吸い取り、ただの鎖となったそれは勇人の手で弾かれ、地に落ちた。
魔力を吸い込んだ紫焔の矢は方向転換。
上空へと向きを変え、動きを止めた闇滅槍へとぶつかり、二つは空中で爆散した。
「くッ……」
魔力の圧が空気を押し上げ、名無しが吹き飛ばされる。
名無しを担いでいたはずの緋狐の気配が、勇人を通り抜ける寸前で消えた。
当然、空中を足場にすることのできない名無しはそのままの勢いで落下する。
「名無し!!」
「来なくていい!!」
名いっぱいの声量で叫ぶ名無しの言葉に、助けに入るべきか勇人は胸の内で一瞬葛藤する。
だが、立ち止まる余裕はない。もうすでに巨人の魂喰霊が両手を強く握りしめ、勇人を地面へ叩きつけようと構えている。
であれば、せめて護身用にと勇人は自身の愛用する刀を、鞘ごと名無しに放り投げた。もし、魂喰霊が襲ってきても一撃分はそれで受け流せるという狙いで。
突然飛んできた飛来物に、名無しは驚愕の表情を浮かべる。
勇人は理解していないかもしれないが、名無しには超人的な力はない。そのまま頭にでも当たれば意識は簡単に飛んでしまうのだ。
思考外の出来事に血の気が引いたが、なんとか魔力で衝撃を抑え名無しは刀を掴んだ。
それでより冷静に頭が回ったからか、名無しは勇人の考えを深く読み取ることができた。
『そういう!?』
否、ただの護身用の刀を勇人の想像とは違う形で解釈した。
『これに魔力を込めろってこと……?』




