第四十話「見通す眼」
「これからどうなさいます?戦いに行かれますか?」
片足で地面に降り立ち、ふらつきながら浅葱狐は魔力と能力で体勢を安定させる。
浅葱狐は炎弐に、復帰するかを聞いた。
「はぁ……今の状況を見て、行けると思うか?」
ため息交じりに、まじまじとあきれたように浅葱狐を見た。
「そうですね」
五体満足とはいえ、炎弐の魔力はすでに枯渇している。それを見て、浅葱狐は戦いに行けるとは思わなかった。
身をかがめ、灰となった死体を集めている炎弐。浅葱狐には敵だった人物との事情は掴めなかったが、何となく無地の布を渡すことにした。
放り投げた布を掴み、炎弐は灰を丁寧に包む。
「上はどうなってる?」
「リスウェル様が足止めを。茜様の護衛を任せ、私が来ました」
「そうか。リスウェルに下は決着がついたと伝えてやれ。俺は……」
全ての死体の灰を集め終えた炎弐は、腕の力が抜けるように倒れる。魔力の枯渇と緊張の緩みから意識を失ったのだ。
「分かりました」
「派手にやりますね。あのお方は」
浅葱狐とスイッチし茜を守るために敵と戦うアルスト。
分身の視界を使い、下の様子を見て、関心するように言った。
「さてと。勝敗はつきましたが、それであなたたちはどうなさいますか?アルストという者は敗れましたが……」
その言葉に敵は、動揺する様子を見せない。
構わずナイフを投擲してきたのを、リスウェルは分身を片腕だけ作り、盾にしてそれを防いだ。
「私で時間稼ぎが出来ているのでしたら、アルストを倒した方々には勝てないと思いますが」
その言葉に状況を理解したのか、敵の動きが止まり、フードの集団は一か所に固まった。
どうやら話合いをしているみたいだが、声が小さくて聞き取れない。
すぐにそれは終わり、リーダーらしきフードの人物がこちらを向いて、言葉を発した。
「不完全な神の子は観測した。我らの望みである過去への回帰に、使う肉体としては力不足と見える。ここで無理に争う必要もあるまい」
「神の子……新城茜のことでしょうか?」
リスウェルの問いには答えず、フードを被った集団は闇に潜み、姿を消した。
「ふぅ……まぁいいでしょう。勝ちは勝ちです。任務は達成ですからね」
敵の気配が消え、リスウェルは安堵し、軽く息を吐いた。
今回、現れた敵は一切能力を行使していない。隠しているのか、単に持っていないのかは分からないが、能力を使われでもしたらおそらく守り切れなかった。
そうなれば、マスターが悲しむ。
その結果がリスウェルにとって、一番の最悪だった。
「後は……」
「くッ………あぁぁ……!!」
血の染みが畳を赤に染める建物の中、茜はずっと悶え苦しんでいた。
着物の端を強く掴み、痛みに耐えている。
魔炎病はリスウェルにはどうにもできない。ただ、見守ることしかリスウェルには許されていない。
「皆様どうかご無事で」
転移門は新城茜か、緋狐と浅葱狐の二人揃って起動できる。現状、上に応援に行くことは難しい。今ここにいるリスウェルは、皆の無事を願う他なかった。
「あと、何秒や!!」
ラルが追尾する崩壊の矢を必死に避け、焦りの滲む声で言う。
「おそらくあと数秒かと……」
契約の感覚からもうじき、構築を終え詠唱段階に入ると、緋狐は読み取りラルに伝えた。
「崩壊の書の序章だと思うけど、それでも厄介……!!」
再生の魔力は広範囲には広がるが、一点に集中しにくい性質を持つ。避けられない矢を一つずつ対処し、軌道を逸らすのは困難を極めた。
その時、勇人に特異な魔力が宿るのを、名無しは感じた。不気味にさえ感じる、おそらく弓月という名の神の魔力が。
「弦を張り天を穿つ一光の矢。幻想の月を語る、偽りたる新月を喰らい、神へと至る天狐は終焉世界に月光の灯火を見せる。我が道は昇級せし世界を求めず、理不尽を滅する歪みを穿つ力の全てを神狐霊弓の意思に宿す」
白に染められた神狐霊弓に、神の魔力が宿り、二つの色が混ざり合う。
弓を握りしめ、勇人は一本の矢を掴んだ。
「冠する神の名は、弓月の神」
詠唱が終わったその時、勇人に異変が起こる。
開いた両目の瞳孔は獣のように縦長に。左目は淡い黄色に変色した。
能力は獲得時、それがどういうもので、どのような性質を持つかが生まれつき備わったもののように瞬時にわかる。
勇人はこの目が何なのか、瞬時に理解した。
(左目は真実の目。障害物を貫通し、魂を観測、相手の次の動きを微細な魔力の流れから読み取る神眼)
その目から、次のメルメアスの行動が手に取るように理解出来た。
上空への退避。地下から逃げる算段を、勇人は読めていた。
「逃さない。白夜の矢」
矢が真っ白な光を放ち、一回り大きな矢に変わる。眩い輝きで咄嗟に目を閉じるが、勇人は見えていた。敵の魔力の流れを。
動きまわり、絶えず揺れるラルの背中で、勇人は弓を構える。射形には一切のブレがなく、立ち姿、弓や矢を持ち運ぶ所作は見とれるほどに美しい。
それは、真実の目でラルの行動を完璧に予測し、体勢を無意識で動かしていることに由来している。
今の勇人の腕は、それこそ人生を賭して弓道を極めた達人の域にいた。
狙いを込め"バシュン"と放たれた矢が空中で100本に分かれ、メルメアスに向かって直進し、直撃する。
メルメアスの紫色の魔力の層に、白夜の矢が刺さり発光。影すら見えない、絶え間ない光が太陽のように辺りを照らした。
「二本……」
魔力の層を突き破り、脇腹に一本、顔の頬をかするのが一本。確実に攻撃は通っていた。少なくとも、相手と同じ土俵には立っている。
だが、二本とも決定打にはほど遠い。
光が消え去り暗闇に戻る最中、歪んだ笑みを浮かべるメルメアスの姿が微かに見え、勇人の表情が強張る。
「魔域解放」
メルメアスの目が光ると同時、膨大な魔力の奔流がメルメアスを起点に空間を駆け巡る。それは名無し達を通り過ぎ、空間が紫色に染め上げた。
この場にいる全員に悪寒が走る。
「これはッ……!!」
制御された魔力を見て、勇人は冷や汗が額に流れる。咄嗟に矢を放つが、膨大な魔力に弾かれ、勢いを失う。
魔力感知はたいてい二通りの種類がある。
目で魔力を視認する方法。外側の魔力を放出し、相手の微かににじみ出る魔力、気配と言っていいものを悟る方法。
勇人は目の前で直接魔力を見れるはずが、莫大な気配を後者から読み取った。
「第六章以降の魔術行使!!」
その言葉が耳に入った瞬間、猛烈な死の予感を強く感じ、ラルは線路から外れホームへ飛びだした。
「天に至る神々の裁きを翻し、我らは地に盤石の地獄を築かん」
メルメアスが地面に手をつき、発する言葉がトンネル内で不気味に反響する。
(魔導書系統の第六章。魔域と呼ばれる、自身の魔力を放出し制御した空間内で効果を発揮する、威力も効果範囲も下位の章とは一線を画す広範囲殲滅魔術。だとすると、魔法陣は一体どこに……… ?)
勇人の心の声が不意に名無しに伝わる。
───魔法陣。
確かに魔導書の魔術は全て魔法陣が構築され、魔術が発動する。
だが、メルメアスの元には一切の魔法陣がなかった。
これほどの効果範囲。
発動に使う魔法陣はそれこそ、街全体の大きさになる。故に地下にあるという可能性は低いだろうと名無し。
「あるなら地上か上空………」
「そうだね。それしかない。できれば発動までに魔法陣を壊したいけど」
「魔法陣を壊す?」
「そう。本体であるでかい魔法陣の囲いに、多分補助魔法陣が複数あるはず。それを壊せば魔術は制御を失って、行使には手間取る」
地上の出口から霧が階段まで押し寄せるのが見える。地上が近くなっていき、勇人は魔法陣に気づく。
「やっぱり……。師匠、上に向かってください」
『その感じやと』
「はい。あります。この街と同規模の魔法陣が」
遥か上空、霧の雲海よりも上、雲の上に紫色の魔法陣がはっきりと勇人には見える。
魔力と魔法陣の気配は少し違う。
魔力が曖昧に感じ取れるのに対し、魔法陣は紋様通りに魔力が制御されて伝わっていることからある程度違いがある。
よって、名無しにも上空に何かある程度には違和感を感じた。
ラルはそのままの勢いで、上へ上へと昇っていく。
「え?」
その途中で突如、ラルの獣魔化が解け人の形に戻った。
驚いたころには名無しは空中を飛び、緋狐に担がれていた。
「すまん!!こっちのほうが速いわ!!」
「やるなら言って……」
「言う暇がなかったんや。ほら」
地上を向いて言うラルの目線を追い、下を向いた。
確かに言う暇はない、と名無しは理解する。
黒い触手のように鋭い何かが、地下の穴という穴から湧き出てこちらを追ってくるのが見えたからだ。
「あれぐらいだったら私が」
緋狐が触手を建造物の残骸で撃退しようと、転移を使おうとしたその時、数千を超える触手が、地上を崩壊させ、地下から上空に伸びてきた。
「……無理ですね」
「先に行ってて」
流石の手数の多さに緋狐は諦めるが、勇人は空中で止まり手を掲げる。チリンと鈴の音がなるその瞬間、上空に光の矢が無数に展開される。




