第三十八話「過去を乗り越える選択」
(まだだ……火力が足りねえ。今のままじゃ全力で放っても、防がれる)
十二柱の炎流爆はためを作れたゆえの一撃。常に傷を与え続けるには、押し返されない、何があろうと消えない炎でなければならない。
(あん時の感情は、こんなもんじゃなかった)
アルストが去ったあの日。
心の底から湧き出る怒りは、今と比べ物にならなかった。
魔力は荒れ狂い、全身に力が沸き上がり溢れ出ていた。
きっと能力や魔力は、自分の意思や感情、そして求めるものに真っすぐ応じるのだろう。
「はぁぁぁッ!!!」
魔纏の炎をさらに強め、地面に叩きつけられたアルストに飛びかかろうと踏み込む。
その瞬間、霧が拡散。視界からアルストの姿が消えた。
(まずいッ!!タイミングが………)
一瞬の判断の揺らぎ。
狙いが消え、タイミングをずらされたことで踏み込みが鈍り、落下速度が減衰する。常人では毛ほどの差もつかぬ速度とタイミングの誤差。だがそれは、アルストにとって十分なつけ入る隙になる。
気配を殺す獣のように霧に隠れ、獲物が隙を見せ一撃が届く位置まで来た、その時、猛獣は牙をむくように、刃が炎弐に迫る。
二手の柄を力強く握り、無防備な脇腹目掛け、アルストは鎌の刃を振り下ろした。
魔力の壁を突き抜け、あっさりと刃が肉に突き刺さる。
「がッ……!」
寸前で炎を出し、落下の軌道を逸らそうとするも、間に合わなかった。血が零れ落ち、刃が返り血に染まる。
炎弐は痛みに苦悶の表情を浮かべ、片目をつむった。
しかし、敵は待ってはくれない。外傷により制御が不安定になり、乱れた魔力の隙から、アルストの魔力が刃を伝い迫る。
この状況で反夢を使われれば、遅れる衝撃により、突き刺さった刃が脇腹の傷を更に広げる。鎌を振り上げられでもすれば、心臓は真っ二つだ。
寸分の思考も許されない。
炎弐は刃を掴み、魔力と炎を刃に伝わせた。もちろん、アルストの魔力制御が優れていることは知っている。これは鎌を抜くための僅かな時間稼ぎと、十秒の隙を与えないためだと炎弐は痛みに耐え、体に力を込めた。
刃を伝う炎がアルストを覆う。
「まだだッ!!!」
血を滴らせ、激痛に苛まれながらも刃を抜き、武器を体へ引きつけるように、アルストに接近する。
互いが、腕を伸ばせば届く距離。それはアルストにとって有利すぎる間合い。都合が良すぎる状況に、直感でアルストは武器を手放した。
炎弐の接近で、空気抵抗に煽られフードが靡く。
それにより、アルストは炎弐の狙いに気づく。
思わず驚いて、アルストは目を見開いた。コートの裏の赤く輝く、複数の魔鉱石を見て。
(魔鉱石ッ……!!これほどにッ……最初の時点で魔力の気配はなかった。いや、その後に魔力を込めていたとすれば………魔纏はカモフラージュか!!)
アルストの脳裏に瞬時に考えが浮かぶも、時すでに遅し。
閃光が視界を埋め尽くすと同時、連鎖する爆発。爆炎と黒煙が舞い上がり、甲高い轟音と振動が地下を揺らした。
その被害は四階にまで及び、狐霊正殿堂は半壊。
先の一つの魔鉱石による爆発とは比べものにならない、ドーム状の空間が地下に出来上がり、地面には灰すら残さないほどの爆発が起こる。
「残り……3!!」
同属性には耐性ができる。今の爆発で無傷の炎弐は、焦げた匂いを感じながら、アルストの鎌を片手で持つ。
地面に仰向けに叩きつけられたアルストに、空気を対象に反発し、急降下。
鎌を上段に構える。
対するアルストも、魔装銃を懐から抜き、風の魔力弾を撃つ。しかし、途中で高温にさらされた外側の金属が融解。中身の魔鉱石が炎弐の魔力に反発し軌道を変え、弾道は逸れる。
魔力を込めた武器に落下と反発を利用し速度を上げた拳と、反夢で強化した拳。
分が悪いと踏んだアルストは回避を選択。体を横に回転させ、うつ伏せから手を使って立ち上がり、勢いよく飛ぶ。
すれ違い様に反夢で強化した拳を放ち、衝撃で炎弐は鎌を手離した。武器は狐を描き回転しながら、二階の通路へ転がる。
衝撃に体勢を崩した炎弐の体も回転しながら落下し、地面に仰向けに叩きつけられた。その場所は、丁度ドームの中央。爆発で少しだけ土が盛り上がり、全体が下から広く見渡せた。
残響の無効化まで、残り二秒。周囲の温度は2000度を超えるだろう。
炎弐は上を見上げた、最後の盤面が完成したことを悟る。
視界に映るアルストの姿が、地面に何度も叩きつけられた訓練の日常と重なって見える。
その時戦いの最中であるはずが今となって急に、炎弐は苛立ちと後悔の感情が渦巻き始めた。
もし、あの時訓練で異変に気付き、アルストを踏みとどまらせることが出来たならこうはならなかったのではないかと。
淡い願望が頭に浮かぶも、同時に理不尽な現実が突きつける。
能力を封じるすべがない世界で敵を無力化する手段はたった一つ。
───殺すこと。
炎弐は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
(このままでは先輩を殺すことになる)
ここまで戦い、殺す選択肢以外ないと分かっていながら、炎弐は殺すか、殺さないかの葛藤を胸の内に抱える。
本心が訴える感情では先輩を殺したくはないのだ。だが、願望だけでは何かを成し遂げることはできないと、炎弐は知っていた。
世界を救い、民という大多数の命を救いたいと願うのは両者も同じ。
ただ、アルストは願望のために人を犠牲にする選択を取った。
(それでも、目的のために無実な人を殺すのは間違ってるだろ!!)
無実の命を理不尽に奪う。それだけは許せなかった。
ならば、過ちを止め、終わらすのは自分しかいない。
アルストを真っすぐ見据え、炎弐は右手を天にかかげ拳を握った。
「飛べない!?!?」
アルストが追撃を入れようと、空気を足場にしようとするも、体から離れた魔力は瞬時に炎の魔力でかき消され、跳躍は封じられた。
それはドーム状の空間に張り巡らせた炎の檻が、大気中の魔力の属性を炎で埋め尽くし、今この場の空間にあるほぼ全ての魔力を、炎弐が支配下に置いていたからだった。
いつものように使えると思っていたものが封じられ、驚愕と焦りの表情をアルストは浮かべる。
「あんたをここで止める!!!!」
炎弐の横に、吹き飛ばされたはずのアルストの武器が予知動作もなく地面に突き刺さる。
(転移!?拠点に入る際の………。やはり、他にも!?)
「浅葱狐!!」
炎弐の言葉に、狐の仮面の少女が三階から床を踏み壊す勢いで飛び、浅葱色の魔力を纏いながら現れる。
「全く無茶を……!!」
少女が飛ぶ周囲の魔力は炎弐によって遠ざけられる。それでも、体は高温で溶け、一瞬で左足の膝から下が床に落ちた。
狐の仮面も溶け始め、少女は仮面を地面に放り投げた。
感情の籠った声とは裏腹に、人形のような無表情な顔と魔力と同じ色の瞳が露わになる。
「させますね!!」
炎弐とアルストの延長線上で浅葱狐は止まり、下に手をかざす。
「展開!!」
三者を包み込む浅葱色の円筒が、煌めく星のような輝きの粒とともに構築されていく。
(浅葱狐の能力は緋狐の対。魔力で作り出した円筒の上と下、蓄えられた魔力量が大きい方に、指定した一つの物体のみが引っ張られる。体の融解から考えて能力の行使は一度しか使えねぇ。この一撃にすべてをかける!!)
地面に左手を叩きつけると同時、割れた地面を赤色の魔力が這い、檻を包み込んだ。
魔力というよりまるで炎そのものの見た目をしたドーム状に構築された魔力は、檻を上部から崩壊させた。
檻の消失とともに魔力が外に流出しようとするのを、炎弐は魔力制御で必死に抑えるように右手を引っ張るように下ろし、周囲の魔力は制御に従う。
魔力も炎も熱も全てを飲み込み、螺旋状に回転しながら下へ下へと収束していく。渦の中心、炎弐の手に持つ刃の元へ。
鎌と槍両方の性質を持つ魔装武器がどんどん魔力を喰らい、刀身が赤く染まっていく。
そして、全てが収束し誘引の光円筒が出来上がると同時、武器に浅葱色の月の紋様が浮かび、刃は引力に従いアルスト目掛け飛び出した。




