第三十六話「信じ託される力」
緋狐の意思を汲み取り、その決定に重みを感じながらも、勇人は刀に魔力を込めた。斬るイメージよりも繋がりを作り出すイメージで。
「今から契約をします」
「私も一度、本体に戻ります」
緋狐はそう告げると、全身の力が抜けたように倒れこみ、名無しはラルの背中から落ちそうになる緋狐の肩をしっかりと掴み、ゆっくりと緋狐を寝かせた。
勇人の刀身に込められた魔力が風の渦を生み出し、仄暗いトンネルが白く輝き染め上げていく。
その頃──。
ろうそくの灯火のみが照らす一室に座る新城茜は、勇人の契約の繋がりに気づき、魔力の気配を感じた瞬間、崩れるように倒れこんだ。
「茜様!!」
茜には浅葱狐の声が遠く聞こえた。
胸を押さえ、呼吸がどんどん荒くなり、胸の奥から全身に焼けるような痛みが茜を悶え苦しめていた。
過剰な魔力が一気に流れ込み、魔力回路がオーバーヒートを起こしたのだ。
痛みに苦悶し、魔炎病の傷口が開き血が零れ落ち、着物を赤に染めるも、勇人の意思を無駄にすることはせず、契約を止めなかった。
「私はこの痛みに耐えなければなりません。多くの魂への償いと、未来の命を守るため」
血反吐を吐き、声が枯らしながら、ふらつきつつも畳に手をつき、意識を集中する。
「浅葱狐も、戻って」
茜の願いに一瞬沈黙し悩むも、浅葱狐も神の元へ行き、崩れるように床に倒れる。
魂の奥底に眠る強大な気配は二狐の意思に導かれ、茜は神の気配を強く感じた。
『後はお願いします』
『ああ、任された』
茜の言葉に神は応じた。
神の魔力が茜の魔力に覆われ、茜の体から溢れ出す。炭のような深い黒の中心に淡い黄色が混ざり合う。
茜の意思は緋狐、浅葱狐に繋がれ神にまで届き、そして最後は勇人へその意思は繋がれた。
「ここは……?」
───何もないただ白い空間。
その中に、ただ一つ灰色に染められた神社が勇人の前にポツンと佇んでいる。
「契約で茜と繋がりは作れたのは覚えてる」
勇人は今のこの状況が過去を理解しようと、過去を振り返り考え込んだ。
「みんなと居たはず……もしかして、僕って死んだの!?」
『それは違うな』
頭上から何者かの声が響く。咄嗟に見上げたが、何もいない。
「誰ですか?」
気のせいにしても、はっきりと声が聞こえた。警戒し刀を取ろうとするが、手は空を掴む。
「刀が……」
『ここは我の世界だ。それを契約で繋がったのだから、媒介とした刀は当然ここにはない』
我の世界。茜との契約による繋がり。それを聞けば奇妙な声の正体が、何者かは見当がついた。
「あなたが弓月の神ですか?」
『いかにも。我が弓月の神であり、緋狐であり、浅葱狐である』
「一つ頼みがあります」
『願いは聞いている。茜を助けたい。それは我も同じだ。だだ、一つ確かめておくべき事がある』
チリンという鈴の音色とともに、白の背景が黒に変わる。
勇人が一歩踏み出すと、地面が水面のように波紋を描き広がる。
そして異質な気配を感じると同時、目の前の水面が渦を巻き、下から化け物が現れた。
頭は何らかの動物の骸骨、尻尾は4本、体長は三人分はあるかないかというほどの巨体の怪物が、淡い黄色の魔力を纏っている姿が目の前に見える。
その魔力に勇人は血の気が引いた。理解しがたい恐怖が身を襲う。それでも目線は逸らさず、目の奥底をしっかりと見た。
化け物は近づき、お互い触れられる距離まで来たその時、口を動かさずに声を発した。
『貴様は欲楽の神を知っているか?』
長い爪で首を触れながら、弓月の神は問う。
「いや……知らない」
恐怖で顔色が悪くなり、声が低くなるも気を保ち、事実を伝えた。
『………ならばいい』
再び鈴の音が鳴り響き、白の背景に戻った。
神の姿はその時点で消えていた。
「こ、怖かった……」
『済まない。こうするやり方しか我は知らぬのでな。────契約についてだが力を貸そう。だが、一つ言っておく』
『能力とは人が求めた願いの形となる。与えた力が希望となるかは、全て貴様次第だ』
世界は鏡が割れるように崩壊していく。
『我の制御では4分が限度。能力解放、制御、詠唱を考慮すると、戦闘にかけられる時間は3分だ。それでもやるか?』
「はい!!」
断る理由なんてどこにもない。仲間を助けられる一筋の光の矢となれるならと、勇人は二つ返事で即答した。
「戻った」
瞬きをすると、現実世界に帰っていた。仮想世界に行く前と寸分違わぬトンネルの景色が目に映る。
勇人は茜と神との強固な繋がりを確かに感じ取っていた。
「これが……茜と神の繋がり」
刀身からは溢れる白の輝きと淡い黄色の魔力が炎のように纏い、空気中には炭のような黒色の魔力が漂っている。三色混合の魔力は混ざり、一つの剣に宿っていた。
「勇人、それ……」
名無しの目線の先、勇人は自身の左手を見る。
「これは……」
左手に小さな魔法陣が浮かび、淡い魔力が木片を重なるように連なって弓を構築していた。まだ、中心部分だけだが、おそらくこれが一分要するということだろう。
(これが、神狐霊の弓………)
刀の魔力は契約を通じて弓に送られている。魔力量はそこまで多くはないが、濃縮されており、場の空気を変えるほどの異質なオーラを放っていた。
「師匠はあと一分、全力で逃げ切って下さい」
勇人は立ち上がり、崩壊し続ける瓦礫の中、メルメアスを見据えた。
これまで実戦の場では、誰かの補助に徹することが多かった勇人。それはひとえに力が足りなかったからだ。
だが、今この状況で主力は自分であると勇人は理解している。だからこそ、以前までの単純な死の恐れとは別に、自分が死ねば仲間が死ぬのだという責任感が緊張とともに体を震せていた。
「勇人、一人じゃないから」
震える手を一瞥し、振り返った勇人の目を名無しはじっと見つめた。
その言葉に勇人の心の重荷は軽くなった。
「ありがとう。決着をつける」
その瞳は、真っすぐに敵を見据えていた。
狐霊正殿堂4Fフロアにて────
「下は大暴れですね。まったく……熱気がこちらにまで伝わってきます。貴方方もいい加減、諦めてはいかがです?」
一人につき四体のリスウェルが纏わりつき、喋るリスウェルの視界には二十八体の自分が映っていた。
相手は武器を持ち、こちらが武器を持っていないため、分身はすぐに倒される。だが、一瞬で変わりが現れ、敵が倒しきることはできない。
時間稼ぎとしては、リスウェルは役割を果たしていた。
「浅葱狐。応援はいりますか?っと」
伝達の紙に書いて切り、浅葱狐に伝えると、目の前にマルバツブザーが落ち「ブーー」と不正解の音を鳴らした。
「そうですか。まぁ一人ぐらいは念のため」
そう言い、自身の姿を成した小型の人形を作り出し、茜のいる方向に飛ばした。
狐霊正殿堂1Fフロアにて────
(残響と反夢。過去の事象の抽出と、過去のパラレルワールドの事象の重ね合わせ。能力の対象が俺に適応しないのは、魔纏で周囲の炎の魔力が阻害しているからか?だとしたら狐霊正殿堂全体もできねぇな。つまり、対象はあいつ自身と、あいつの周囲だけか)
「随分と繊細な能力だな!!」
足を踏み込み、無造作に炎をばら撒きながら空中を飛び、アルストに触れず拳を放つと、業火がアルストと床を包みこんだ。
だが、アルストは平然と前に出る。霧で通路を埋め尽くし、魔力を空間全体に開放。炎の色はかき消され、霧が青白く照らされた。
その中でナイフに魔力が凝縮されているのを炎弐は感じ取った。
(霧で身を隠し、魔力を解放して技の気配を阻害。だけじゃねぇな……)
魔力が最大までため込まれると同時、手に収まるほどのナイフとは思えぬ横なぎの斬撃が建物を切り裂いた。炎弐は回避せず後退。斬撃の射程範囲外へと逃走、もしくは能力効果の減衰を狙った。
炎弐は斬撃を手刀で逸らし、左手が少し切られ出血したが、次の攻撃に対処出来た。
頭を逸らし、霧から迫りくる弾丸を炎弐は悠々とかわす。
「さすがだな」
「いかにもやりそうな手だからな」
魔力による感知が当たり前になったこの世界。それ故の実銃を使うという戦略を炎弐はいかにもな手だとアルストに言った。
狙いは初撃を避け、絞られた狙いに魔力で察知出来ない弾丸を打ち込むことだったと炎弐は経験と人読みから察知し、戦略を的確に見抜き回避した。
(ありゃ、ただの弾丸じゃねえな。魔力を使わない攻撃なら内側の魔力で傷一つかねぇ。察知できなかったことから考えると、中身は毒か虫、いやドワーフの国で開発された魔力遮断を使った特性弾もあるか)
「卑怯な手とは言わないだろう?」
「ああ、戦いに卑怯もクソもねぇ!!勝った方が全てを取るだけのシンプルなゲームだ!!」
さらに炎を放出し周囲の温度を引き上げる炎弐。
「その通りだ。全力でかかってこい」




