第三十三話「Profile:炎弐Ⅱ」
それから炎弐とアルストの過ごす時間は多くなった。
魔導訓練と通常訓練。どちらも厳しく、時に心が折れそうになったが必死に食らいついた。
そして、時が経つにつれいつしかアルストに勝つことが炎弐の目標になっていた。
「君はどこまでも愚直だな」
組手を行い、拳を交わす炎弐とアルスト。
両者の動きは身体強化で常人を越え、空気を切り裂き、攻防一体の連打が何もない広場に響かせていた。
「正々堂々だからな!!」
炎弐の戦い方は真っすぐで、身体強化を極限まで高めた力を示すかのような戦い方。駆け引きはあったが魔力を放出するような戦い方はしなかった。
己の力で倒すと、炎弐は息巻いていたからだ。
「ここ」
炎弐の間合いから外れ、アルストは魔力を放出。濃い霧を生みだした。視界が一気に悪くなり炎弐はアルストを一瞬見失う。
その瞬間、隙を逃さずアルストは近づき腹に力を込めた拳を入れる。そして、すぐさま肘を後頭部に入れ、炎弐を地面に叩きのめした。
「がはッ……!!何だ今の」
「私の魔力の性質だ」
事も無げに話すアルスト。
「今まで使ってなかっただろ……」
「能ある鷹は爪を隠すものだ。目に見える事柄だけを見て、予測していると相手にペースを掴まれるぞ。ほら、立て」
「言われなく、がッ……!」
立ちあがろうとした炎弐の顎を蹴り飛ばし、炎弐の視界は暗転し仰向けになる。
「口よりまず手を動かせ。戦場では相手は待ってはくれないぞ」
「鬼畜かよ………」
遠のく意識の中、炎弐はもう一度立ち上がる。拳に力を入れ微かな意識でアルストに殴りかかった。
だが、炎弐は容赦なく体を投げられ宙を舞いまたも仰向けに地面に倒れることになった。
一手も当たらず今日も負けた。
「君は真っすぐで優しい」
ベンチに座り、上を見ながらアルストは呟く。
「……あんたがな」
アルストから水の入ったボトルを手渡され炎弐は地べたに座り言う。
熱心に事細かく対人訓練後、毎回アドバイスをくれるアルストは真剣で、時間を惜しまず使ってくれる。
部下を思うその姿と、国民と国を心から愛し大切に思うその立派な信念に炎弐はそれなりに尊敬の念を抱いていた。
「その優しさは国民の平和の基盤だ。真っすぐで優しい心を大切にするといい」
「俺は優しくねぇよ」
「いいや、己が考える自分と他者が考える自分は違う。人の視点や過去、考え方は千差万別だ。心内にある心情も本人しか分からず、はたまた自身の感情も時に理解し難い」
「分かりやすく言ってくれ」
「要は、君は君自身を優しくないと思っているが、私は君を優しく温かい人間だと思っているという事だ」
「それで言いてぇのは?」
「他者を拒絶し過ぎるな、という意味だ。君は、君が思っている以上に人に好かれやすい」
立ち上がりアルストは背を向けた。
「俺が人から好かれやすい?」
真逆だと、周囲の対応を見て思う炎弐。
好かれるどころか、アルスト以外で知り合いはいない。これほど話し、親しくなった人物なんて初めてだった。
偶然、たまたま自分と親しくなる珍しい人に出会っただけで、本来遠ざけられるような人柄だと思ったが、アルストは違うと言う。
「好みも私に合わせてくれたしな」
「酒はあんたに勧められて、たまたまはまっただけだ」
「まったく酔えないのにか?」
「………」
「君は優しい。だからこそ仲間を大切にしろ。そして、守ってやれ」
仲間と呼べる存在が守る対象にない炎弐に、アルストの意味が分からなかった。
「君には未来がある。これから多くの命を救うだろう。その時、おそらく苦渋の選択を強いられる。だが、後ろを向き希望を捨てることは決してしてはいけない。前を見なければ、未来は変えられないからだ」
そう言って、立ち去るその姿は大きく、まだまだ届かないと炎弐は感じた。
ある日の訓練後。
「私はどこか歪んでいるのだろうな」
いつものベンチに座り唐突に柄にもないことをアルストは言った。
いつも迷いがなく明確な考え方を持って、訓練に向き合うアルストとは思えない自責の言葉に炎弐は驚いた。
「そんなわけねぇだろ。あんたは真っすぐ向き合って教えてくれてるじゃねぇか」
「………そうだな」
今日のアルストはどこかおかしかった。
訓練でも、何か上の空で身が入っていないように見えた。
「君と私は同じだと前に言ったな」
「ん?………ああ」
忘れかけていた記憶を呼び起こし、あの時の事だと思い出す炎弐。
「あれは、違う。いや、あの時まではそうだったのかもしれないが」
その言葉は訓練の真剣な雰囲気と違い、空気が重く感じた。
「私は人々の平穏のためなら手段を選ばないような人間だ。いつか、戻れない位置まで進んでしまうだろう。だから、これ以上私に関わらない方がいい」
そう言って執務室に戻ろうと背を向けるアルストがどこか遠くに行ってしまうような気がして、咄嗟に腕を掴んだ。
「関わらせろよ。あんたはもう知らねぇ仲じゃねぇんだ………もし、道を踏み外したんならその時は俺がぶん殴ってでも止めてやる!!だから、関わらせろ!!」
怒鳴るように強引に炎弐はアルストの言葉を断る。アルストの目の奥を真っすぐ見て。
そして気づいた。アルストの目は以前のような純粋な輝きがなく、憔悴しているような霞んだ目をしていた事に。
「ふっ……そうだな。だが、まずぶん殴れるようになってから言え」
珍しく小さな笑みを浮かべ、いつものように今日の訓練は終わった。
だが、次の日、アルストは軍を去った。
たった1つの手紙を残して。
「おいおい、聞いたかあの噂?」
深夜十一時、炎弐の部屋の前の通路で、男二人の会話が壁越しに聞こえた。
「何の噂だ?」
「アルストが軍を抜けたってよ」
「え!?あの英雄が!?」
(………は?)
数秒思考が停止した。
持っていた本を落とし、炎弐は思わず立ち上がり、考える間もなく勢いよく扉を開けた。
突きつけられた現実が受け入れられず、事実を拒む答えを出すために。
「おい!!今の話詳しく聞かせろ!!」
冷や汗が流れる中、一般隊員に怒鳴りつけるように言い放つ炎弐。その怒声に二人は萎縮し、壁に貼り付けになるように追い詰められる。
「なぁ!!おい!!」
肩を掴み炎弐は、本当にそうなのか威圧するように睨みつける。
「は、話半分なんだ。たまたま、本部の長官室を通りかかった時に聞こえただけで………」
「はぁはぁ……クソッ!!」
通路を一心不乱に駆け抜け、炎弐は全速力で長官室を目指した。
(アルストが軍を去った?……そんな事ある訳ねぇだろ!!)
信じられなかった。
あんなに国を大事にしていたあの愛国主義者が軍を辞めるわけがない。まして何も言わずになんて。
まだ、噂程度で事実ではないかもしれない。
確かめるために、炎弐は荒々しく長官室に突入した。
「おい!!」
ドアを豪快に開け、中にいるこの軍で一番偉い人物に無礼に怒鳴りつける。
無礼なのはわかっていた。それでも声は大きく、口調は荒々しくならざるを得なかった。
「アルストの件だろう。彼女は軍を抜けた」
椅子に座り、後ろを向いて冷静に語る大柄の男。
その姿に、動揺は一切感じられなかった
「ッなんで………」
「詳細は君宛てに彼女が残したこの手紙に書いてある」
手紙を渡されすぐさま読んだ。
『いきなりで済まない。私は軍を抜けることになった。やるべきことが出来たんだ。対処的行動ではなく根本を変え世界を平和にするために、私は神正教の教えに従う。これから先何があっても生きていけるように、君に教えれることは全て教えた。もう会えないだろうが、遠くで君の無事を願っている。強く生きろ。アルストより』
そう手紙には書いてあった。
「納得できるかよ……」
別れの言葉を一方的に伝えられ、ついて行かせろと手を掴み、それでも断られ炎弐の心は怒りと、覚悟していない唐突なもう会えないという別れに悲しみが感情をぐちゃぐちゃにしもう何が何だかわからなくなった。
「神正教の過激派は現在、無差別テロで世界中の人間を殺し回り、国の重要施設を襲撃している。軍を抜けた点から、場合によっては彼女は法で取り締まるべき対象になるかもしれない」
「あのあいつがか?」
(誰よりも国を思っていたあいつが?)
「ありえねぇだろ!!!」
感情がかき乱され怒鳴った瞬間、それに応じるように魔力が荒れ狂い体から溢れた。部屋中に風が吹き荒れ、書類の山が宙に舞った。
信じたくなかった。理解したくなかった。夢だと思いたかった。
だが、アルストはもういない。ただ現実として否定できない事実がこの手紙にあった。
「君はどうする?」
静かな問いに炎弐はすぐには答えられなかった。
「………少し考えさせてくれ」
いきなりの出来事にくらくらする頭を手で押さえ、手紙をもう一度見た。
それでも、内容は変わっていなかった。
結局炎弐は軍に残ることにした。
神正教は世界中に広まっている宗教。広い世界でたった一人の人物を見つけられるとは思わなかった。
「あれから三年か………」
いつも訓練後にアルストが座る古びたベンチに腰を下ろし空を見た。
今でも、つい先日のようにアルストとの思い出ははっきりと鮮明に浮かぶ。
「あいつは今何してんだ?」
軍に残りアルストを追わなかったことに多少なりとも後悔はあったが、アルストの分も自分が人を救うっていうのも悪くないと思えていた。
(あの強さだし、死んじゃいねぇだろ)
アルストの強さを思い出し、わずかに笑みを浮かべた。
あの鍛え抜かれた戦闘技術と確固たる意思の強さを知っている。中途半端に死ぬことはないだろう。
「ん……?」
遠くから雲よりかは低い高度に霧のような何かがこっちに向かってくるのが見えた。
最初は雲かと思ったが、様子がおかしかった。
建物に隠れてはっきりとは見えず、炎弐は屋上に飛んで霧が漂う方角にある街を見た。
「何だありゃ!!」
炎弐の目の前の光景に驚き声を大きくする。
山をも覆う巨大な濃い霧が津波のように蠢き、凄まじい速度で遠くにある街を飲み込んでいたのだ。
もはや自然現象とは思えない、現実ではありえないようなその光景に目を疑い、炎弐は屋上に立ち呆然と迫りくる霧を見つめていた。
霧とともに張り詰めた空気が体を突き刺し、不安と胸騒ぎがした。
そして、何故だかアルストとの記憶が頭をよぎった。
「こんな時でもあいつの事か」
あの霧が何なのか。
それは分からないがそれでも生きていれば、また会えるかもしれないと炎弐は霧を真っすぐと見据え、肌身離さず持っている折り目がついてくしゃくしゃになった別れの手紙を大事に持った。




