第三十一話「化け物」
ナイフが首元に触れる寸前、炎が爆発した。
螺旋状に回るその一端にナイフが当たり、両者諸共火に焼かれる。
「おいおい、火傷ぐらい負えよ!!」
爆風にさらされたはずのフードの女には傷一つない。フードにも汚れ一つついていなかった。
「魔力障壁による耐熱でもやはり掠るな」
そういう女の顔は涼し気で焦りや痛みを感じた様子はない。まるで、ダメージが通っていないようだった。
だが、不可能な話ではない。
外側の魔力による放出と操作で防御すれば炎は減衰し弱まる。現に、仲間にも同じ芸当ができる者はいた。
そして、それには明確な弱点があった。
「持久戦だな!!こりゃあ!!」
炎弐の背後に通路を埋め尽くすほどの火の球が浮かび上がる。
外側の魔力による相殺。
魔力総量はもちろん無限ではない。相反する属性相性ではない限りこの攻防は攻め手が必然的に有利になる。
そして、完全に防ぐのは高度な魔力操作、もしくは過度な魔力放出が必要になる。
「火炎流星!!!」
後ろの炎がフードの女に一直線に向かい、絶え間なく火炎の塊が降り注ぐ。
その炎は地に落ちる流星のごとし。
材木は燃え崩れ落ち、地表が露わになる。
爆風で建物が揺れ、館内に爆発音が響き続ける。
その最中、内側の魔力をより熱く、芯から燃えるように自らの内側を熱し、そして循環させる。
内側の魔力による更なる身体強化。
能力獲得時に元から備わった、常人ならざる身体能力をさらに魔力の性質を組み合わせ特異な性質をその身に宿す。
「魔纏・炎!!」
全身に炎のような揺らめき燃える魔力と闘志を纏い、あたりの空間が歪む。炎の魔力で周囲の温度が高くなっているのだ。
炎弐は降り続ける流星の渦中、業火の中へとその身を投じる。炎によって視界が遮られ何も見えない。しかし、押し返す魔力を感じ取りフードの女を特定する。
揺らめき炎の色に世界が染まる視界の一端、フードの女は見る。すると、その女の周囲のみノイズが走るように見えた。
炎弐は見間違いだろうと、炎で燃えた拳で殴りかかり追撃。刹那咄嗟にフードの女もそれに気づき、両手で拳を防ぐ。
「くッ………!!」
だが、有り余る魔力と力は簡単には防げず骨がひしゃげ、折れるとともにフードの女は吹き飛ばされる。そのままの勢いで通路に転がった。
「あれで防ぐか!!やるな!!」
あの中では確実に炎弐の姿は見えていなかった。
防いだのは勘だろう。
だが、炎弐には少し気になることもあった。
(ノイズ?………見間違いか?)
炎で確かに見えたわけではない。
だが、殴った時に感じた魔力の気配は少し違和感はあった。
防ぐ時の放出するような魔力ではなく、どちらかといえば能力行使の際に感じるそれだったからだ。
「炎の魔力による身体強化………。内側の魔力は厄介だな」
フードの女の言う通り、内側の魔力は枯渇しない。魔力というよりも、身体能力そのものと言っていいからだ。
「それで、戦えんのか?」
曲がってはいけない方向へと曲がっている右手を見て炎弐は挑発する。
「この腕は現在に過ぎない」
フードの女は折れた腕を平気な様子で目線を向ける。
「あ?」
何を言っているのか分からず、炎弐に疑問が浮かぶ。だが、それが戯言でないのだと目に入る光景から知った。
青白い魔力の粒子が折れた腕に集まる。途端、腕は時間を遡るように元通りに再生したのだ。
だが、炎弐の構えは変わらない。
(何の能力だ?再生?)
傷が癒える能力は前進隊にただ一人、再生の魔力を持つ名無しだけ。数は少ないが特別例外という訳ではないだろう。
しかし、それは再生とは程遠いように思えた。
魔力は能力に影響を受け属性がはっきり出るケースが多い。
そして、その性質は能力と同じイメージ。炎を操る能力なら炎のような魔力に、電気を操る能力なら電気が走るような魔力に。
再生は温かい癒しの魔力を炎弐は感じた。
だが、この魔力の感覚はそれとは違った。
理解不能という言葉が一番似合う、例のない魔力属性。
だからこそ、炎弐はこう思う。とりあえず、殴ろうと。
何も分からないのなら、手探りでも探ろうと、炎弐は勢いよく踏み込み飛び出した。
拳はフードの女に命中する。
吹っ飛ぶと炎弐は確信していた。
「ん?」
だが、フードの女を吹き飛ばすはずだったその拳は明確に当たった感触と不釣り合いに"止められた"。
ノイズが走るような謎の現象と予想外に、衝撃がないように微動だにしない。拳は左腕で受け止められ止められた。
その事実に戸惑い、炎弐は判断が遅れる。
吹き飛びもせず、何も無かったような様子で立つフードの女は、ナイフを取り出し防いだ左手で炎弐を掴み、体を近づけ右手でナイフを突き刺そうした。
だが、炎弐は当たる直前フードの女へ向け、爆発を起こし推進力で距離をとってギリギリかわす。
判断がほんの少し遅れ、顔にはかすり傷がついていた。
間合いを取り、炎弐は動きに注視し敵を見据える。
「貴様は過去には回帰できない。故に私は倒せない」
「決めつけんな!!倒せねぇ存在なんてこの世にはいねぇ!!」
どんな格上でもさらに格上がいる。格下は知恵を持って格上わや倒す。
それに最初の一撃は確かにダメージを受けていた。攻撃が一度は通ったのだ。倒せない相手ではない。
(最初と今の違いは何だ?考えろ)
内側の魔力による身体強化は常時発動している。
つまり、能力発動は外側の魔力由来。
だとすれば、能力の使用は意識的。
攻撃に気づき、能力を使用しているのだとしたら最初の一撃が通ったのは自然だ。
そして、語られた「この腕は現在に過ぎない」という言葉、まるで時間が遡ったように再生した腕。見たことがない魔力属性。
少ない事柄から能力を読み解き、能力を考察し、炎弐はフードの女に問う。
「おまえ、時間を巻き戻せんのか?」
水滴が落ちる音は鍔迫り合いにかき消される。
激戦の最中に名無しはいた。
「その刀、意思が弱いですね」
「くそッ!!」
刀と剣の攻防が続く。
霧の中、黒と白の稲妻がバチバチと鳴りあたりに降り注ぐ。
しかし、その攻防は対等と呼べるものではなかった。見かけ上は同上にあるように見える。
だが、崩壊属性を持つ剣は勇人の刀に触れた途端刀身を消滅させ、その都度勇人は刀を魔力で構築している。このまま続けば、魔力切れを引き起こすのは勇人の方だろう。
「埒が明かない!!」
そして何より刀は幾度もメルメアスに届いている。そのうちでメルメアスの周りを覆う紫色の濃縮された崩壊の魔力の層が、攻撃を阻み傷一つつけられなかった。
「何度やろうと消滅の意思は揺るがない」
(どうする?足止めは出来てる。けど、いつまで持つか………)
焦りながらも次の手を名無しは必死に思案する。
魔導書、崩壊の書、ラルの合流、戦闘の様子から何かないかと考える。
「合流しました」
その時、空の上から声が聞こえた。
上を見上げると、狐の仮面を被る緋狐の姿が目に映った。
地面へ降り立ち緋狐は戦況を尋ねる。
「どうですか?」
「見ての通り」
「………」
チリンと鳴る鈴の音とともに、メルメアスの上から瓦礫が落下する。
だが、それも全て魔力の層に触れると同時、塵も残さず消滅した。
「手の打ちようがないですね」
どんな攻撃も無効化されている今どうすることもできない。ただ打ち合うだけに相手が飽きれば、形勢は一気に覆るだろう。
「魔導書系統は詠唱の時間と身体能力が弱みですが関係ないですね」
「………少し考えがあるんだけど」
名無しは少し屈み、ピョコンと跳ねる緋狐の狐耳に近づいてある事を耳打ちし伝えた。
「可能だとは思いますが、うまくいくかは」
「頑張って。ぶっつけ本番だけど」
「………」
不満げに頷く緋狐。
(ともかく、これが上手くいくかは今関係ない)
「腕はそれなりに立つようですが、その刃は私には届きませんよ」
「知ってるッ!!名無し!!」
名無し達がいる後ろに突然、勇人は持っていた刀を投げた。
『再生と崩壊が相反しているんだ!!その刀に魔力を込めて!!』
投げられた刀に名無しは少し驚いたが、咄嗟に受け取り、刀身を両手で持って黄金の魔力を馴染ませる。出来るだけ黄金の魔力を刀に閉じ込めるイメージをもって。
「勇人!!」
名無しが思いっきり投げ回転した刀が地面に落ちるのを、緋狐が反発で飛距離を押し上げ勇人の手に刀が収まる。
そして、振り抜かれた刀は魔力の層を切り裂き、メルメアスの胴の服と薄皮を切り裂いた。
すぐさま、連続で斬撃を入れようとするが勇人は動きを止めた。
後ろに後ずさり、布が切れ赤く線が出来た傷に手を当てるメルメアス。目つきが一層鋭くなり、こちらを見た。
「先に天に召されるべきはこちらですか」
メルメアスが片手をこっちに向ける。
嫌な予感がした。
「崩壊の書第一章三節。闇滅槍•地」」
空間にメルメアスの魔力が流れ、辺り一帯の空気が変わる。大聖堂と同じものを名無しは感じた。
落ち着かない雰囲気を感じ、そして名無しは真下から無視できない魔力の集まりがあるのに気づく。
瞬間、魔法陣が名無しの下に浮かぶ。
(しまっッ!!)
勇人がそれに気づき、反対に踏み込もうとするがメルメアスはすでに槍は構築していた。
ゆっくりと体感時間が引き延ばされたように、槍が自身に向くのを名無しは見る。
逃げ場はない槍で囲まれた絶対絶命の状況。
だが、緋狐が手を向けるのを見て、名無しは衝撃に備えた。反発が地面に展開される。メルメアスが放つより早く、一瞬で上に放たれた。
魔法陣の上にある四つの球の反発と紫色に黒く色づく槍が上から見えた。
槍はそのまま名無しを向いた。
空中では何も出来ない。それを理解し、仲間に全てを託した名無しは恐怖を感じながらも、思考を止めない。
(倒すにしても、足止めするにしても崩壊自体をどうにかしないと………)
相手は魔導書系統。
詠唱は短縮出来ても、魔力操作と術式構築で隙が生まれる。
内側の魔力も魔導書系統で優れてはいない。勇人の動きを完全に見切っているわけではなく、攻撃は届いているのが何よりの証拠だ。
(ただ、それを踏まえてもあの分厚い魔力の層が厄介)
切り裂いた魔力は元通りとなり、厚みも濃さを変わらない触れただけで死に至るような気配を漂わせる。まさに鉄壁の魔力の鎧。
再生の魔力を刀身に乗せて、切り傷一つしか与えられないのはまさに、
「化け物」




