第二十九話「相反する再生と崩壊」
「崩霊死壊」
人の死のさらに先、魂までをも輪廻転生さえも崩壊させる禍々しい紫色の魔力の光が視界を覆う。
「やばッ!!」
瞬間、亀裂から生じた無数の光は建造物を跡形もなく消滅させた。地上には大きな一つのクレーターが出来上がる。
「ッ痛………」
耳鳴りが鳴りキーンとした感覚と鼓膜に痛みを感じ、視界がぼやついて見える。
それは高度の急上昇による症状。
今、名無し達は霧の層を抜け、風が勢いよく吹きつける雲海の上にいた。
(緋狐の反発が無かったら危なかった)
「消音解除。第二拠点と繋いで」
探査補助アルベスの光を用い、勇人が第二拠点と通信を繋げる。
「命令受諾」
銀色の球体は緑色に点灯し命令に応じた。
「こちら島名です!!無事ですかっ!?」
声を張り上げ、焦りが滲み切羽詰まった様子で無線越しに島名の声が響いた。
「死亡者も負傷者をゼロです、そっちは?」
「よかったです。生きていて………。今は………」
何かが爆発したのような音が音声にのった。
「何でもないです。へ、平気です………」
(いや、絶対平気じゃない。完全に侵入されてる)
「現在はリスウェルと炎弐が侵入者との対応を」
「私達はそっちに行かない方がいいよね」
行かないほうがいいというより行けないのが現状だが、島名に判断を委ねる。
「はい。できれば足止めを。大聖堂一帯が崩壊したあの力が拠点で発動された場合、逃げ場はありません。救出した人たちは峡谷でリスウェルが保護します」
「了解や!!わいが連れてく!!」
「第三拠点にはすでに連絡を入れ、助けを呼びました。ですが距離が距離なので間に合うかどうか………。期待はしないでください。健闘を祈ります」
「はい。どうかそちらもご無事で」
勇人の言葉を最後に通信は終了した。
「方位確認」
金属球の上にホログラムのように映像が浮かび、方位を示した。
峡谷は南東方向。
緋狐の能力を頼りにラルは上空を走った。メルメアスが探知出来ないであろう街の外の上空を。
しかし、探知出来ないのは単なる憶測。
あれが透視であるなら位置はすぐに、
「来ます」
「もしかして………」
勇人は刀を構え、緊張を強める。
それが名無しにはっきりと伝わる。
「んな!?遥か上空やぞ!!普通探知出来へんやろ!!」
だが、そんな期待など虚しく雲を突き破り空を飛ぶ何かが遠くに現れる。
(あれが、メルメアス………?)
魂喰霊にすら見える黒く禍々しい悪魔のような翼を持ち、空を飛翔していたそれはメルメアス。
接近する飛行速度はラルを越え、すぐに追いつかれる。
「崩壊による魂への解放。貴方達に慈悲を与え白き光でその身を弔おうとしたのですが、どうやらそこまで舐めてかかっていい相手ではなさそうだ」
「崩壊の書第一章三節。闇滅槍」
魔法陣の外周に刻まれた星の紋様からメルメアスを囲うように二十もの鋭い槍が現れる。黒に近い紫色のそれはこちらを向き、狙いを定められる。
そして、それによってはっきりと確認出来た。
右手に持つ漆黒の書物と唱えた呪文。名無しが知る詠唱とは違いずいぶん省略されてはいたが間違いなくあれは魔導書系統。名付けるなら崩壊の書だろう。
その時、冷たく突き刺すような魔力を感じた。
名無しの温かく優しい包み込むような魔力とは真逆。
右左三つ、上に四つ槍が放たれ空中でぐるりと方向を変える。その槍が名無し達に襲いかかると同時、メルメアスの方に残した十本の槍がこちら目掛けて飛んでくる。
(再生の書は間に合わない。だったら………)
「勇人は右を」
「了解!!」
(魔力を使った相殺を試す!!)
相手は魔導書による能力行使。
とはいえあの大技と連続発動。魔力回路の損傷は激しいはず。
魔力回路とは身体全体に魔力を伝える魔導器官。
大技を放てば焼き切れ損耗し、魔力循環効率が下がる。
そうなれば次の能力行使が遅れ、魔力出力も低下する。それを名無しは炎弐から聞いた。
炎弐が放った火球のように名無しは不完全な球体ではあるが魔力を放つ。勇人も刀身に籠もった魔力を斬撃として宙に飛ばした。
二つの魔力は槍にぶつかる。
名無しが対応した五つは相殺し槍は消散。勇人の方は軌道が逸れ明後日の方向に飛んでいった。
ホーミングされた槍は遅くラルの速さには追いつかずゆっくりと対処出来た。
「私の方が相殺出来てる?」
(魔力出力は勇人の方が大きかったのに)
それに緋狐が答える。
「属性相性です。対になる属性同士はお互い影響を与えやすく、反発しないそうです」
(確かに反発したというより、影響を与えて消滅した感がある)
だとすると例えば、メルメアスが100の魔力、名無しも100の魔力を用いた攻撃の場合二つの魔力は100、100同士で相殺でき互いにダメージはない。
けれど、勇人の場合100で放った魔力がメルメアスの100の魔力とぶつかり50は影響を与え、50は反発するとなると結果としてメルメアスの槍は逸れる。
崩壊と再生の文字からして相反しているのだろう。おそらくこの考えで合っているはずだ。
(とは言っても魔力回路は自然修復する。今と同じのが来ても次が防げるか分からない。あの大技も次対処出来るか)
「ああ、嘆かわしい。もう一度貴方とは分かり合いたかった………」
「くそ!!このままじゃ振り切れん!!」
ラルが全速力でなおかつ緋狐の反発を進行方向に面を傾け推進力を上げてもメルメアスは執拗についてくる。
「再生と崩壊は調和し無から有を作り出す創造の力を得る。それこそ神に届きうる力を!!」
「緋狐!!下や!!!」
緋狐が手を突き出し四つの球が浮かび上がる。直後、人ひとり分の面の反発が衝撃を生み全員を地面にたたき落とした。
「何を言っても理解はされないですか………」
静かになった誰もいない空の上で言うメルメアスの目には憂いと障害をはねのけようと自らの手を汚す覚悟が宿っていた。
「縁を断絶し輪廻を壊滅の炎で焼き払い、願いは地へと堕ちる。崩壊の書第三章、崩滅の剣」
魔導書は第三章の頁を開き、本の頭上に小さな魔法陣が浮かぶ。魔法陣は魔力に釣られ紫色に光り、禍々しい気配とともに一振りの剣を召喚した。
「我が身に崩壊の力を」
崩滅の剣。
漆黒の炎が揺らめき、怨嗟の魂が剣に憑く、元々の剣の意匠は黒に塗りつぶされたその剣は、ただ黒く崩壊の黒炎を纏っていた。
体を下に向け剣を右手で構え、霧で隠れている名無し達を見る。
(次こそはひと思いに──)
「堕天」
影のような紫色の地面に垂れそうな流動的な魔力を足元に集中させ、構築した地面を強く踏みメルメアスは名無し達目掛けて飛んだ。
『緋狐!!勇人!!名無し!!こっからは別行動や!!わいはこいつらを連れていく!!お前らは』
「無理せず逃走、時間稼ぎですよね」
『おう!!その通りや、勇人!!託したで!!二人のこと』
「では」
勇人は名無しを背負ったまま、落下していくラルの背を足場にして刀を構える。
その瞬間、緋狐の反動を推進力に勇人と名無しは水平方向へと激しく吹き飛ばされ、宙を飛んだ。
「うわ!!!」
名無しは急な衝撃で掴む手が滑りそうになったが何とか耐える。
「って、前前!!!」
勢いよく飛んだ二人の目の前に、体育館のような建造物が近づくのが見える。
(このままぶつかる───!!)
そう直感した名無し。
「大丈夫」
閉じた目を開き、勇人は刀を振り抜いた。
刀は建物を捉えず、白き揺らめく斬撃を放ち建物を豪快に横真っ二つに切断した。
「っ!!」
建物にあたると思っていた名無しは勇人に隠れるように身を縮める。
一瞬にして、二人は建物の切断面の隙間から建物の中へと入った。
「ありがとう」
おんぶされた状態から名無しは地面に降り立つ。
「緋狐と合流したいけど………」
緋狐は今ラル達の落下を反発で緩めている。
ただ茜の指示で居場所は特定できるだろう。
「私達は陽動を」
その時、はっきりと嫌な予感がした。
胸騒ぎでも、これまでの単なる恐怖ではない。
純粋な"死ぬかもしれない"という明確な命の危機の直感と体中の毛が逆立ち突き刺すような感覚。
何度も死にかけたからか、戦場にいるからかその予感は曖昧なものではないように感じた。
名無しは直感に従い上を見上げる。
「上!!!」
咄嗟に名無しは魔力を上に放出した。
今度は相殺なんて叶わない。メルメアスは名無しの魔力弾を見ていた。
だからこそ魔力を掴み、迫りくる攻撃をぶつけるのではなく受け流すように軌道の流れを作る。今出来る最大出力の魔力で。
そして、名無しの直感は的中した。
視認した瞬間、建物は縦に分断され、神聖な白の服装とおぞましい悪魔の翼を両翼に持つ黒き剣を持った男が天より堕ちた。
剣は軌道を曲げ名無しの首の横を空振りし地面が割れる。危機一髪の対応は功を奏したが、未だ危機は迫っていた。




