第二十七話「忍び寄る脅威」
「半年前に起きた大量殺人事件。第二拠点から第三拠点に移行する際死神と空想の奇襲によって大多数の死亡者が出ました。空想はその時にいた空想の書を持つ教魔団副役功者の一人です」
死神と空想、そしてメルメアス。三人が教魔団の副役功者だとしたら勇人が関係あると言うのも理解出来るし当然だ。
「それにしても懐かしいですね。この教会。以前来た時とまるで変わっていない。若き日の私が見た光景そのままだ」
そう言い、メルメアスは背を向けた。
まるで警戒などする必要がないかのごとく。
「ここにいた子供達はもう大人になったのでしょうか」
「何を言い出すんだ!!まだ話は」
「それで私達を呼んだ理由は」
遮るように名無しが言い、念話で熱くなった勇人に釘をさした。
『勇人、これじゃあ敵の思う壺だよ。警戒しなきゃ。敵が一人だけとは限らないんだから』
『だけど!!』
勇人の過去は知らないがそれでも名無しは続ける。
『気持ちは分かる。けど、今私達を守れるのは勇人だけなの。だからお願い!!』
名無しの切実な願いに振り向き、名無しの顔に緊張からか汗が流れているのを見てハッと我に返る勇人。
自分が警戒していた分を名無しに押し付けている事に気づき辺りを見回した。
『ごめん………』
もし、今のタイミングに奇襲されていたらとゾッと肝が冷えた感覚が全身を襲い、熱くなっていた頭は冷えそして気付く。自分だけで行動していたことに。
「そうですね。単刀直入に言うとあなた方教魔団に入りませんか?」
「嫌だ、って言ったら?」
挑発の意味はなく、ただ単純な否定の場合どうなるか知ろうとした名無し。
だが、それは否定の意味だと解釈されたようでメルメアスの声のトーンはさらに低くなった。
「何故否定する……理解しようともせず…………。それは怠惰であり怠慢であり思考放棄。敵だと決めつけ自身が正義だと主張するのは傲慢に他ならない。再度考えてもらいたい。我々の目的と貴方方の目的は同じ。ならば私達は分かりあえるはずです」
声色が再び冷たくなり、脅しとも言える威圧を受け名無しは表情が強張る。
だが、それよりも目的が同じという言葉による戸惑いが頭を埋めつくした。
(自分達と教魔団の目的は同じ?)
頭に反芻した問いは解答を見つけられなかった。
前進隊と教魔団は敵対関係。
それは勇人が話した内容からも矛盾はなかった。
しかし、メルメアスは目的は一緒だと話す。
困惑で言葉が出ず沈黙する名無しの代わりに勇人が冷静な思考のまま感情に身を委ね言った。
「目的が一緒ってこっちが何を目指しているのか知っているのか!!」
「世界平和。この世界を終わらし化け物のいない世界へ戻す。そうでしょう?」
悠然と的を得たことを言うメルメアス。
だが、それなら何故敵対するのか。
その疑問は名無しだけが感じていたものではなかったようで勇人も同じ疑問を口にした。
「ああ、そうだ。じゃあ何故僕達とずっと敵対している!!」
「貴方方は星に存在する世界の異物を取りこんだこの世ならならざる者たち。私も含め貴方達はこの世界に相応しくない」
(世界の異物を取りこんだこの世ならならざる者?もしかして能力所持者のこて?だとしたら、もっと仲間になりたくないんだけど……)
つまり、世界平和のために死んでくれと。
世界が救われる根拠もなしに言っているわけだ。
目的には程遠い事を口にしたメルメアスの論理破綻した考えに名無しは理解が及ばない。困惑でしかなかった。
このずれは何なのか…………。
その答えを探ろうとした名無しの言葉は木製の扉が軋み開く音で止まった。
「駆除しなければならないのです。神の寵愛を受けるために」
メルメアスの左後ろの扉が開かれ、ローブに身を包んだ性別不詳の人間が大聖堂へ入って来て警戒を強めた。
名無しは敵は一人だと考えていた。味方から差し引いた人数からそう計算していたからだ。
だがそれは味方が味方である前提に成り立つ。
「そうでしょう?アンカール」
「何で…………」
戸惑いと裏切られたような思いをする勇人は唖然としフードを取ったまだ幼く見える少年を見続けた。
「ごめんなさい」
そう言い出す救ってほしいと頼まれていたうちの一人であるアンカールはメルメアスの横に立ち下を向いて泣き顔を浮かべていた。
「謝罪等する必要は無いでしょう。全てが終われば貴方を理解し泣いて喜び感謝、感激の称賛があなたの罪を無くすのですから」
微笑みかけ言うメルメアスに名無しも流石に怒りが込み上げてくる。
「それが教徒?恐怖で押さえつけた無垢な一般人にしか見えないんだけど」
「いえ、この方は神のご意思を理解なされた教徒です。ええ、間違いなく」
「それこそ自分勝手な傲慢じゃないのかな?」
他者に自身の主張を強要させ身勝手な正義を植え付ける。それこそ傲慢だ。
だがそんな名無しの言葉もメルメアスにとっては当然の主張だと分かっているようで平然と開き直っていた。
「はい。ですから罪を償いますよ。世界の変革が成されたその後に」
地獄の底で懺悔するという意味合いなのかは分からない。けれど謝れればいい、償えばいいという考えはどうにも違うと思った。
何を言いくるめようと事実は決して変わらない。
「それはただの」
言い訳。そう言おうとした名無しの手は緋狐に引っ張られ同時。メルメアスの方から着信音のような電子音が鳴り響く。
喜びと不安が名無しを襲った。
緋狐の方は会議の時に決めた救出が成功しこれから脱出という合図だろう。
だが、メルメアスは?
何故だか嫌な予感がした。
携帯を取り出し電話越しに誰かと話すメルメアス。
「おや、そうですか。手際が良いですね」
「それって誰から?」
時間稼ぎは終了した。無駄な会話はせずにすぐに撤退するべきだとは分かっていた。
けれど自分の勘に従って誰と会話しているのか更に踏み込んで聞くべきだと名無しは判断した。
「私の副官です。さて、」
携帯をしまいメルメアスは何もない至って普通の床を見た。
そして、驚くべきことをこの男は口にした。それは作戦が崩れる音と共に。
「貴方達は地下の三名を救出するため獣人を一人向かわした」
(──バレていた!?)
視覚は壁越しで読み取れない。聴覚からという可能性は一切物音がしなかったことからないだろう。熱源やセンサー、手錠が外れると脱走したことが伝わる仕組みだとしたら。
(いや………地下の様子に気づいた素振りは一切なかった。)
だがバレた経緯は些事にすぎなかった。
それなら何故分かっていながら阻止せず見過ごした、と名無しは疑問に行き着いたからだ。
止める必要がないのか。それとも取るに足らないのか。ばれている以上はもう茜の案にかけるしかなくなった。
名無しは逃げるタイミングを見計らう。
「今は三人を抱き抱え地上に上がろうと階段に足を乗せていますね」
全てを見透すような虚ろな目で、まるで透視でもしているかのようにメルメアスは言い放つ。
「緋狐!!」
「はい」
結局予定通りにはいかなかった。全てがうまくいくなんてことは無いと思ったがまさかバレる前兆すら掴めないなんて、と額に汗が浮かぶ。
「では何故止めないか。気分がいいので教えましょう。一つはもう既にアンカール君から知りたい情報「狐霊正殿堂」への侵入経路を入手したため」
(もしかして消えた一人はそこに!!だとしたら、炎弐の言った最悪って……)
「メルメアスさん。残念ながらそううまくはいかないよ」
アンカールがフードを被りメルメアスが見えないように自身を隠して言った。
「緋狐!!お願い!!!」
緋狐に合図し勢いよく地を蹴り、入り口方向に飛び出したアンカール。
この場にいた誰もがその動きに予測がつかず緋狐は咄嗟にアンカールの背中を反発で押し飛ばしお姫様抱っこでアンカールを抱きかかえた。
急な出来事に思考がまたもや硬直した。
「僕がごめんと言ったのはお前じゃない。少しでも裏切った仲間に対してだ。その侵入経路。一つは崩落でもう既に使われなくなった旧道。そしてもう一つは神社からの転移門。どっちもたどり着くことなんて出来ないよ!!」
勇気を振り絞りメルメアスの反対方向を向き震える声で緋狐の服を掴みながら言うアンカール。
地下で何かされたのかは爪が剥がれた右親指を見れば分かった。すぐに情報を売り仲間だと認識されたうえで機会を伺い敵のふりをしていたのだと。
「そうですか。貴方は理解されていなかったのですか。偽りの信仰はいけません。寵愛を受け賜るのは誠実な信徒で無くては我らが神の怒りに触れてしまう。いや、それは私のエゴだ。自分本位な我が考えが何たる不遜を。やはり皆諸共天に捧げましょう。その方がいい。その方が報われる」
感情の浮き沈みに釣られ、大聖堂内の空気を作る魔力が変わり肌の感覚が気持ち悪い。
さっきまでの意図して作り出したような空気とは違う。それほどまでにメルメアスの精神は揺さぶられていた。
「ですが片方侵入経路を失ったのは痛手ですね」
「崩落は無理だよ。無理。道なんて跡形も無くなってるから」
「いえ、そちらはいいのです。元々は一つの場所から向かう予定。計画に支障はありません」
とんでもない事を言い放つメルメアス。
(まさか、神社から!?いや、不可能なはず)
あの場所は緋狐と浅葱狐、新城茜しか開くことは出来ない。能力で開いている転移門を開けるなんて理から外れすぎている。
「ブラフのつもり?」
あり得ないという確証を持ち、意図を探ろうと名無しは言う。
「貴方は少し勘違いをしている。いや理解が浅いという言うべきか」
だがそれをメルメアスは勘違いだと言った。
「勘違い?」
「世界は広く、この世ならざる力は想像の範疇から外れ世の理を超える。私は見たのです!!!あれこそが絶望の世界を穿つ希望の光だと!!私が手にしたいと願う世界に到達する変革の力だと!!」
様子が変わり狂信的な全てを見えているのか怪しい目をこちらに向けるメルメアスはハッタリには見えなかった。
「茜に連絡して!!」
切羽詰まった様子で名無しは言った。
だが、
「遅かった」
「っ最悪だ………」
読みが甘かった。それだけではなかっただろう。
常識の範疇で計画を立てていた名無しは知らなかったのだ。
この世はもう既存の枠組みには囚われていないということに。そしてもはや超常の力は想像の域を超えていることに。
「貴方方が悪夢の世界で生きたいと願うのならそれで結構。我らは分かり合えない。我らはただ現実に帰りたいのだから」
その言葉には狂信的な様子が感じられなかった。
狐霊正殿堂入り口神社前
一人の外套を羽織った女性が神社の前に立ち、それを十人ほどのローブを羽織った集団が直立不動で眺めていた。
「列挙。魔流解析」
正面に立つ女性が言う
すると、形も大きさも一様でない青色の魔法陣が複数、本殿の前で展開され地面から霧が放出された。
魔力の気配とともに拡散された霧は膝下ほどの高さしかなかったが、段々と濃くなって形を形成していく。
やがて動きは止まり霧は一つの形を成した。内側は平たく滑らかに、外側は雲のような濃い霧で円形に。
もはやそれは気の所為というものではなく、ある物にあまりに酷似していた。
「霊泉転移術式」
地面に浮かぶ星の形を囲むように円。読み取れない謎の文字と謎の模様、記号が交互に描かれた黒色の魔法陣。
それは正しく転移門の魔法陣であり、
「転移門」
色が付き霧で構築されたものは向こう側に石造りの道を映す。それは正しく茜の能力による転移門そのもの。
ありえない現実が神社の目の前で起こっていた。
「では行きましょう」
平然と当たり前のように女性は言う。
そして、フードで隠れた女性とその一行は転移門の中へと足を踏み入れ消えていった。
悪意の手は確実に、そして無視できないほどに近づき、地上と地下両者を襲おうとしていた。




