第二十話「生き残りの有無」
温泉は最高だった。
湯自体がいいのもあるが、何より貸切なのが素晴らしい。つい長湯してしまった。
狐の湯から出てリスウェルが言っていた例のコーヒー牛乳を飲もうと食堂に向かう。
その途中で名無しは勇人と遭遇した。
「………何があったの?それ」
勇人の服が黒く汚れ、髪がチリチリになった姿に名無しは理由を聞かずにはいられなかた。
「コテンパンにされちゃった」
なんとも言えないしょんぼり顔で言う勇人。
名無しはその面白い姿にフフッと小さく笑った。
「よくあれに一度も当たんなかったね。僕、五十は当たったよ」
髪の毛の爆発した様から戦っていたのは炎弐なのだろう。
五十は当たっていたと勇人は言うが、名無しに放った火球と勇人に放った火球はおそらくは違うと名無しは思った。
「手加減されてたからね」
「そうかな?」
手加減されていたのはなんとなく分かる。
隙なんかありまくりな状況で接近せず、遠距離攻撃しかしてこなかったのがそうだろう。触れれば終わりとはいえ、間近で確実に当てられたら一瞬で決着がついていた。
しょんぼりした勇人だが、あの火球を食らってこの傷なのだから頑丈なのだなと名無しは反対方向に歩いていく勇人をすごいと思った。
「さてと、これか」
手に持った瓶に入ったコーヒー牛乳を見て言った。
「やっぱ温泉の後はコーヒー牛乳に限る。ん?そうなの?いやそうだったっけ」
待ちわびたコーヒー牛乳の蓋を開け、名無しは豪快にごくごくと飲んでいった。
「ん〜〜!うまい!!!」
「それは何よりです」
「!?」
背後から聞こえた浅葱狐の声に名無しはびっくりし、声も出せず動きを止める。
食堂に入ってきた音はなく、気づけば後ろに立っていたのだ。心臓が止まらせられるかと名無しは思った。
「驚かせてしまって申し訳ありません」
「………いつからいたの?」
「冷蔵庫から取ったときにはもう」
全く気づかなかった。
そこまで夢中になっていたという事実に名無しは少し頭を抱えた。
視野が狭まることは良くないというのは理解していたからだ。
「そうなんだ。というかさっきの口ぶり的にもしかしてコーヒー牛乳作ってるのって…………」
「私ですね。皆にコーヒー牛乳が世界一美味しいと体感してほしくて作っています。自分も飲みますが」
そう言うと浅葱狐もコーヒー牛乳を手に取った。
コーヒー牛乳しか入っていないコーヒー牛乳専用冷蔵庫が何故あるか。その正体が分かり納得する名無し。
浅葱狐はコーヒー牛乳を仮面を外さずそのまま口元へと流した。思わず仮面がびしょびしょにこぼれてしまうのではないかと名無しは心配になるが、仮面に液体が触れる寸前でコーヒー牛乳が消滅していた。
流れるものがどこに消えるか不思議そうに名無しは興味深く観察する。それを浅葱狐は感じ取ったのか一瞬でその場から姿を消してしまった。
一人になった名無し。
時計の針から時間はまだあるが一旦茜の元へ行くことにした。
コンコンと新城茜と初めて会った部屋の戸を軽くたたき返事を待つ。
しかし返って来る言葉はなく静寂が続いた。
「外出中かな?」
一応もう一度だけ戸を叩いてみた。
すると、小さな声が部屋の方から聞こえた。何を言っているかは聞き取れなかったが多分入っていいよ的な事だろう。
遠慮等せず名無しは部屋の扉を開けた。
「はやいですね。こんにちわ〜。はぁ〜〜」
眠そうな声で茜は口に手を当て言った。
最初に会った時と同じ場所で正座に座りながら。
座って寝るのかはさておき名無しは早くも本題に入ろうとする。
「それで私を呼んだのは?」
「ゲームをしないかと思いまして」
「ゲーム?」
「はい。遊び相手がいないもので」
チェス盤を右手に持ち茜は言った。
チェス。ゲーム自体どういうものかは知っているが名無し本人はやった事はない。キングをとるゲームだというぐらいな知識量だが。
「……私がやる理由ある?」
そもそもチェスをやる理由がない。
というよりやったことがないから面白さが分からない。
正直ゲーム自体は名無しは割と好きな方なのだ。
しかし、こういう盤上のゲームは長くなるのであまり楽しかった覚えはない。
毎回毎回すぐに手を打ってしまって自分のターンが短く、相手のターンが長くなるのもありプレイしている感覚がなかったからだ。
「あなたに拒否権は残念ながらありません。ここにいる以上」
「それはどういうこと?」
「私があそこの扉を閉じろと命じたら開かないように、この建物は私が管理•運営しています」
(なるほど。要はゲームをしないと解放されないというわけだ)
そういう手を使ってくるような雰囲気の人物ではないと踏んでいたので名無しは少し驚いた。
だが、要求されている内容は"ゲームをすること"。そこまで無理な内容ではない。
そう認識した名無しは部屋の中のさらに部屋の中にある畳、茜が座っているのと同じ位置にまで上がり茜の目の前に座る。丁度建物の正面真ん中にチェスがあり左右に二人が座る構図だ。
「それは承諾したと見ていいのですか」
「そりゃあチェスやるだけだし」
「ありがとうございます。それで後出しで悪いのですがお互い何か賭けましょうか」
手に持ったチェス盤を置き茜は言った。
打算を考えたらやはりこっちが本題。そうだと分かったがそんなことよりまず………。
「未成年だよ」
「じゃあ、未成年でも賭け事オッケーにします。この街は私が統治しているので」
「えげつない………」
「まぁそんな冗談はともかく隊長の指示なのでやりましょう。勝った方が相手に何かを渡し、敗者は勝者が示す約束を一つ守る。渡すものは先にお伝えします。私はあなたにある情報と一つのマークを教えましょう」
「勝ったほう?」
「はい」
つまり敗者は情報を受け取る代わりにそれに見合う要求を一つ飲むということ。
名無しが得たいものが今の所情報で約束したいことも特にない。かと言って約束事は作りたくない。
どうするべきか。
モチベーションがマイナス方向から来てやる気が削がれるが、このゲームをしたくないという考えは扉を開けられない現状じゃ無意味になる。
名無しは逃げられない現状にため息をつき、仕方なくといった感じでゲームに向き合う。
「やるしか無い、か。情報は魔導書が具体的にどういう性能かで」
自身の情報なんておまけ程度、要求を飲ませるゲームバランスが故の副産物と分かっている名無しは適当に何の情報を渡すかを述べた。
「それでは神の名のもと絶対遵守のゲームを」
その時微かに感じた黄色の魔力の底知れぬ恐怖から来る悪寒と絶対遵守の意味からこのゲームは普通では無いことに名無しはすぐに気付く。
全身の痛覚がより感じられるように名無しは緊張し手が震える。
しかし、もう遅かった。
駒は並べられゲームはもう既に開始していた。
〜〜一時間後〜〜
「チェックメイト」
「負けた〜〜〜〜」
一般的なチェス勝負よりは短時間で勝敗は決した。勝者は新城茜、敗者は名無しとして。
最初の警戒した様子とは打って変わり、後ろに倒れ負けたことを悔しがっている名無し。
つまり、そこまで白熱しチェスというものの楽しさに溺れゲームに対し夢中になっていたことを意味する。
名無しは十分にチェスの楽しさを理解した。
「さて、じゃあ情報を」
「もう1回!!!」
負けず嫌いの名無しはもう一度勝負しようと茜に頼む。
「え?」
「お願い!!もう一回だけ!!!」
手を合わせ名無しは茜に頭を下げ言った。
賭け事の要求を受け入れられないからもう一度したいのではなく、単純に悔しいから再挑戦したいのだとなんとなく茜には分かり茜は少しだけ口元を綻ばせる。
「仕方ないですね。いいですよ」
時間がたくさんある茜はその誘いに了承した。
〜〜三時間半後〜〜
「また、負けた…………」
「打つのが早すぎるんじゃないですか?」
本人に悪意がない煽りを言われて悔しさが滲む。
確かに茜が指した三秒後には名無しは駒を動かしている。だが、考えなしにやってはいない。なんならこれでも長考しているほうなのだ。
だからこそ適当にやっていると思われるのは癪に障る。それに負け続けも嫌いだった。
よって勝負は───。
「も、もう一度………」
数字の一を手で示し名無しは無理を通すつもりで茜にお願いする。
「流石に今日はもうこれで終わりにしましょう」
「勝ち逃げは駄目だよ」
「ではまた今度の機会に」
「今度私が生きてる保証はないよ!!いつの間にかあっさり死んじゃうかもだよ!!」
「そんなにしたいんですか………」
逆に最後まで負け続けるゲームをしたいと思うのかと返してやりたくなったが余計な事は言わないでおいた。
「ともかく会議があるので本題に入りましょう」
さっきまでのゆるい空気感と一変し、シリアスな内容に入るのだと声色から分かり名無しは正座になって茜の話を聞いた。
「勝者は私です。先に約束を言いましょう」
固唾を飲む名無し。
最悪、口約束なのだから守らない選択をしようと考える。
「私が今から書くマークの記憶とそれから連想して思い出した記憶の一切を見る前の記憶に初期化する約束です」
「ん?それって意味あるの?」
マークを見さしてマークを見た記憶を無くしたら何もしていないのと変わらない。
想像もしなかった約束に驚いたのと意図が見えない無意味な約束をした茜、いや隊長に名無しは意味がわからなかった。
「はい。反応が見たいようです」
「何それ……」
「さぁ?あの人は時折過程を飛ばして結論を得るので。意味が無いことは無いとは思いますが」
「というか反応ってどうやって見るの?」
「本人が持つ能力に視覚同期があります。私のと同じで魂経由で見れるようです」
自身の目を指差し言った。
茜が包帯で目を遮られても打てていたのも茜の魂から盤面を見ていたかららしい。
ちなみに茜が駒を指すときも何故か手を使わず位置の入れ替えを使って指していた。理由は教えてくれなかったが。
ともかく隊長も生きていて何よりだった。しかし、盗み見は感心しない。手でバッテンを作り天井に向かって"見るな"と合図をした。
「それで情報って?」
茜が勝負に賭けた情報が何か名無しは聞いた。
世界が置かれている現状、能力、教魔団と前進隊、魂喰霊については大体知っている。魔力による世界の変化についても多少なりとも知っている。
二十二年前に魔力異常が観測されて植生の変化と魔力が確認されたというのは。後残す所はもう無いと名無しは思っていた。
だが、それは茜の言葉から全くの思い上がりだと理解し目を見開くほどに前提が書き換えられる事柄を前にした名無しはそれに強く希望を感じた。
「それでは開示いたしましょう。この世界に観測されている人類最後の生き残り。我々を含めた四つの陣営と二つの王家について」
それは名無したち以外に人間がいる。
たったそれだけの微かで大きな希望だった。




